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驟雨
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6月にもなると体育の時間は暑くてやりきれないもんだが、そんな俺たちのダラダラとした態度に天が怒ったのか、突然雨まで降ってきたとなったらやりきれないどころの騒ぎじゃない。
体育教師兼担任岡部が何を言うより早く俺たちはさっさと校舎の方に避難した。
「なんだお前ら、こう言うときだけ早く動くよな」
それでも別に怒ってる風でもなく快活に笑った岡部はとんでもないことを言う。
「どうせ濡れたんだから、このまま時間終わるまでグラウンドでも走ってるか? 濡れてしまったら同じだろう」
同じじゃねえよ。そんなことしたら下着までずぶ濡れで残りの授業を下着も靴下もなしで過ごさなきゃならないじゃないか。
俺たちのブーイングを聞いて岡部は更に笑った。
「冗談だ冗談だ、そう怒るな。残り時間は各自自習だ。風邪をひく前に早く着替えろ」
そう言って自分も着替えるためだろう、職員用更衣室の方へと消えていった。
「さて、俺も着替えるか」
一気に雨が降ってきたので短時間でかなり濡れている。特に頭は一度拭きたいな。とにかく6組の教室に行って着替えなければ。
ふと見ると同じくグラウンドで体育の授業を受けていた女子も自習になったらしく、ぞろぞろと5組の教室に戻ってきていた。体操服が雨で身体に張り付いていて、なんとなく目のやり場に困る。おい谷口、あからさまにジロジロ見るのは止めろ。
「キョン、どこ行くんだよ」
着替えずに体操服入れを持って教室を出ようとした俺に谷口が声をかけた。いや、別にわざわざ言うほどのこともないんだが。
「頭が随分濡れちまったからな。部室にタオルがあったから借りちまおうと思ったんだ」
「そんなのハンカチで我慢しとけよ」
「俺はお前と違って繊細なんだよ」
誰が繊細だ、と笑う谷口に手を振って部室に向かった。雨に濡れて肌寒い。早く着替えないと本当に風邪ひくな。
部室に到着して何気なくノブを回す。回しながら鍵がかかってるだろ、と内心思ったのだが、予想に反してドアはあっさり開いた。何だ、既に誰かいるのか。
中にいたのはハルヒだった。
「……」
思わず固まっちまったのは、ハルヒが下着姿で立っていたからである。さすがに驚いたらしく目を見開いて俺を見ていたが、次の瞬間眉をつり上げたのを見て我に返った。
「わ、悪い!」
慌ててドアを閉めた俺をハルヒの罵声が追ってきた。
「こんのエロキョン!!! なに覗いてんのよ!!!」
断じてわざとじゃねえ。誰かいるなんて思いもしてなかったんだからな。
ハルヒの下着姿を見るのは2度目だな。やっぱりなかなかグラマラスだったな。いやいや、それはまあどうでもいいような良くないような、とにかく俺も早く着替えないと風邪をひきそうなんだがいつになったら声をかけてくれるのかね。だいたい着替えてるなら鍵をかけろ。それ以前にお前は男がいたって平気で着替えていたじゃないか。前にバニーガールに着替えようとして俺を追い出したこともあったから、今では恥じらいを覚えるお年頃になったのかね。
ようやくドアが開く頃には身体が冷え切っており、こんなことなら教室で着替えておくんだったと後悔した。
「まったく、懲罰物だわ!」
「お前がいるなんて知らなかったんだから仕方ないだろうが」
不機嫌そうに眉をひそめるハルヒの頬がわずかに赤いのを見て意外に思う。確かに以前と違って着替えを見られるのは恥ずかしくなったのかもしれないが、それにしてもこれじゃ普通の女の子みたいじゃないか。何だかこういうハルヒは妙に可愛く見えてしまって、いやこいつは黙っていれば可愛いんだが、さっきの下着姿は……って思考ストップ! 俺は何を考えているんだ!
「とにかく俺も着替えさせてくれ。寒い」
無理矢理思考を現実に戻して、俺は体操服入れから制服を取り出すと、取りあえず体操服を脱ぐことにした。
「ちょ、ちょっと!」
何だよ、俺は着替えたいんだ、何でいちいちクレームが入るんだ。
「な、何よ、いきなり目の前で脱ぐんじゃないわよ!」
着替えさせてくれと断った気がするし、何故か俺の目の前にお前が立ってるだけだろうが。気になるなら団長席でも廊下でも好きなところに行け。
「団長に廊下出ろなんていい度胸じゃない」
と、俺を正面から見据え睨んだと思ったら、いきなり顔を真っ赤にしてそむけやがった。何なんだよいったい。
「ックション」
冷えたのに上半身裸でいたせいでくしゃみがでちまった。早くシャツを着るか…………。
「…………」
「ハルヒ」
「な、何よ」
「だからシャツを着たいんだが」
「えっ あっ!」
状況が分からないって? 俺にだって分からん。何でハルヒがいきなり俺に抱きついてるんだ?
「だ、だから、あんたくしゃみなんてするから! 寒いなら団長自ら温めてあげようと、そう、雑用が風邪ひいたら雑用係が困るでしょ!」
文法おかしいぞ。困るのは雑用係じゃねーだろ。それと、言い訳するくらいなら早く離れてくれ。このまま抱きつかれていたらさっきの光景が蘇ってきたり俺に押しつけられている感触が妙に気になったり何か頭がグチャグチャになりそうだし、てかもうこのままでいいかとか思っちまう俺はもうダメなのかもしれない。頑張れ理性。
「キョン?」
ダメでした。
俺はハルヒの背中に手を回して抱き返していた。ああもう、どう言い訳すりゃいいんだ。
「せっかく温めてくれると言うんだから、お言葉に甘えさせてもらおうか」
そう、それだけだ、他意はない。いつもアホみたいにエネルギー発散してるこいつならすぐ温まるだろ、きっと。無駄なエネルギーを有効活用してやろうと思っているだけだ。それ以外に理由はないぞ。文句あるか?
ハルヒがこつん、と額を俺の鎖骨の辺りに乗せ、俺はもう完全に理性の負けを認めるしかない。もう言い訳とか言ってられなくなってきた。
離したくないとか思ってる時点で負けは認めなくちゃな。
しかし、背中が寒いのは何とかならないもんかね。ヘックション。
おしまい。 |
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