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ふっくらふかふか
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皆さんはちゃんと朝食を食べているだろうか?俺は基本的に食べる主義、それも和食派だ。
ところが、年明けからここ最近の冬の寒さの中、天国の如きマイ布団でいつもより余計に惰眠を貪り過ぎたために、今朝の俺は朝飯抜きだ。自業自得だな、全く。
というわけで、授業も四限目となるとさすがに腹が減って憂鬱で仕方がない。
よっぽど早弁してやろうかと思った俺なのだったが、真後ろの席のハルヒに見つかってまた面倒くさい事態になるのも癪だし、昼まで我慢するか、と溜息を吐く。
しかし、なんか静かだな。何故だろうな、ってそんなの決まってる。ハルヒの奴が今日は朝から元気がないのだ。
またロクでもないことを企んでいるのか、それとも機嫌が悪いのか、俺はワザワザ確認する気にはならなかった。どのみち、SOS団のメンバー、というか主に俺がハルヒの退屈しのぎのために、何かしなければならないのに変わりはないんだしな。
なんて思って、油断していたのだろう。
教師の声のみ発せられる静かな教室内に、二種類のマヌケな音が同時に鳴り響いた。
『グ~~~~!』
『キュルキュルキュル!』
え、同時にだって?
確かに一つは俺の腹から生じた音だが、後ろから聞こえてきたもう片方は――――もしかしてハルヒか!
気が付くと、クラスの全員が俺とハルヒの方を振り返っていた。教師も『もう少しの辛抱』とか苦笑いで無理矢理に授業を再開させる。
だが、この微妙な空気が教室内から一日中消失することがなかったのは諸君の想像の通りである。腹の虫ユニゾンが駆けていったクラス内の雰囲気は、位相を二分の一πラジアン程シフトさせてしまっているように俺には感じられた。
昼休み、ハルヒはいつもならさっさと学食目指して、暴走列車のごとく発進しているはずなのだが、どうしたことか後ろの席でぐったりと机に伏せたままだ――名状しがたいオーラを発しながら。
谷口や国木田も、警戒したのか遠くから俺に意味ありげな目配せで合図。触らぬ神に祟りなし、だな。仕方がない、今日の昼飯は俺一人でとっとと食ってしまおう。
それにしても、ハルヒはそんな俺にちょっかいを出すでもなく、後ろの席で微動だにしない。まさか寝ている……ってわけでもないな。静か過ぎてかえって不気味ですらある。
と、ふと気が付けば、俺とハルヒの周りにだけ誰もいない空間ができており、それを取り囲むように、クラスメイト連中がなにやらヒソヒソ話している。って、こっち見んな。
思い起こせば谷口と国木田コンビも、俺に変に気を利かせて近寄らなかったのかも知れん。そんな妙な期待をされても俺とハルヒの間には何もないぞ。
だが、そんな周囲の目に動揺していたのは俺一人だけのようで、ハルヒは休み時間だけでなく、午後の授業中も沈黙したままだったのだ。
これには、さすがに俺も少々心配になるというものだ。全く、一体どうしたんだろうな。
その日の放課後、俺はいつものようにまっすぐ部室には向かわず、校外のコンビニを目指しているのであった。
サボりなんてつもりではない。どういった気紛れか、俺はSOS団のみんなに差し入れでもしようなんて殊勝なことを何故か急に思いついたのだ。決して何か企んだりとか陰謀の類ではなく、純粋な俺の気持ちからの行為だ。
しかし、さすがにこの時期は温かい食品類が定番であり、人気商品でもあるのだろう。
店内のレジ脇のケース内を見ると、どうやらあんまんは数種類あるどれもが売り切れなのか一つもない。何だ、最近は甘いモノがそんなに流行ってるのか?
肉まんはあるものの残り三個、しょうがない、種類はバラバラになるが、後二つは適当に選ぶことにでもするか。
飲み物は特に購入しなかった。なに、そんなもの買って帰らなくても、我らが朝比奈茶があれば、少なくとも俺は幸せいっぱいだ。
というわけで、文芸部室前。
ノックと共に「はぁ~い」と麗しのヒーリング・ボイスが返ってくるのを確認して、俺は室内に――ここも妙な雰囲気だ。
宇宙人未来人超能力者が一斉に俺の方を見る。何だよ、一体。
古泉は俺に静かに接近すると、声を潜めて囁いてきた。
「ご到着早々すみませんが、何かご存知ではありませんか?ええ、勿論、涼宮さんのことですよ」
さあな。あと、毎度言わせるな。息が多いぞ。ワザとやってるんじゃないのか、お前。
朝比奈さんはメイド服の端を握って、困ったような表情で縋るようにこちらを見つめている。
長門も、読んでいたらしい本から顔を上げ、俺のことをその二つの限りなく透明に近いクリア・ブラックの瞳で見据えている。
で、肝心のハルヒは、団長机で教室にいたときと同じように力無さそうにうなだれていた。
おい、ハルヒ、どうしたんだ?今日一日元気がないじゃないか。
「…………何でもないわ」
そう呟くハルヒの声もいつものパワーはどこへ行ったのやら、といった具合だ。全く、しょうがないな。
「――そうだ。実はさっき、コンビニで肉まんとか買ってきたんだが、ハルヒ、お前も食うだろ?」
一瞬の間。生唾を飲み込むような音が聞こえた気がした。だが、俺の気遣いの言葉も効果なく、ハルヒは心底どうでもいいといった感じを繕って
「いらない」
と一言だけ返答した。
やれやれ、後から「やっぱりよこせ」なんて言っても知らないからな。
とりあえず俺は、残りの三名に買ってきたものをおすそ分けする。
肉まんを手にした朝比奈さんは、
「うわあ……ふかふかでとっても美味しそうですね。キョンくん、どうもありがとう」
と満面の笑みで応えてくれた。ああ、もうそれだけで俺は十分に元を取りました。
長門にはカレーまんを手渡す。お前のことだ、それなら嫌いってわけじゃないだろ。
「…………」
無言でミクロの頷きを返す長門である。気のせいか、その目はどことなく、喜びに満ちた光をたたえていたように思えるのは、俺の欲目というものだろうか。
ほれ、古泉。お前はピザまんでも喰ってろ、このニヤケ野郎。
「お心遣い有難う御座います。しかし、あなたもよくご存知でしたね、僕の好物がピザまんだということを。いやはや、さすがです」
と、ピザまんを片手にご満悦の古泉だった。中々にシュールな絵であるのだが、この光景を皆さんにお届けできないのが実にに残念である。え、そんなの見たくない?奇遇だな、俺もそうさ。
朝比奈さんが、
「せっかくだから、今日はジャスミン茶でも淹れてみようかな。えへへ」
と笑いながら、お茶の準備を始める。
俺は残った肉まん二つを手にハルヒに再度声を掛ける。
「なあ、ハルヒ。本当にいらないのか」
「しつこいわね。食べたくないからそういってるんじゃないの」
憤慨したように声を荒げるハルヒ。と、同時に
『グキュルルルルル~~!』
と、無情に鳴り響くハルヒのお腹の音。
真っ赤な顔のハルヒに、俺は訊く。
「ハルヒ――まさか、お前ダイエットでもしてるのか?」
「!」
図星かよ。
渋々話し始めたハルヒによれば、正月明けで久しぶりに体重計に乗ってショックを受けたということだ。調子に乗ってお雑煮とかお節料理を食いすぎたのだろう。なんというお約束な理由だろうか。
それに、ついこの前、朝比奈さんと長門からそれぞれの体重を教えられて、自分が一番重かったという事実が拍車を掛けたらしい。とうとう耐えられなくなって、絶食を決意した、とのことだ。
「それにしてもやることが極端過ぎるだろ。第一、食物の消化ってのは普段の生活リズムの中でも相当カロリーを消費する部分なんだ。何も食べないと基礎代謝が低下して、かえって痩せにくくなるんだぞ」
「わかってるわよ、そんなこと。……でも」
アヒル口で不満そうなハルヒ。
「だいたい、そんな無茶したら、お腹とかそういう減って欲しいところの脂肪は落ちずに、減って欲しくない部分から無くなっていくって聞くぞ」
「ううっ――」
「一体どれだけ増えたか知らんが、俺が見てる限りでは全然見た目では変わってないぞ。毎日見てる俺が言うんだから間違いない」
「……キョ、キョン」
「お前はスリムだし、他の女子連中から見ても羨ましがられるぐらいなんじゃないのか。それに、着痩せしてるっていうのか、出るところはちゃんと出てるし、バランスも完璧と言っていい――と俺は思ってる」
「やだ……キョン、ちょっと」
「そういえば、どちらかというとふっくら柔らか、ってのが俺はいいかもな。抱き心地もいいし。お前も――」
と、そこで俺の長々とした演説は
「アホ、バカー!このエロキョン!」
と叫んで俺の顔面に見事なストレートを決めたハルヒによって遮られることになった。
何だよ、お前もシャミセンを抱いてみれば、俺の言いたいことは解るだろう、って言いたかっただけなんだが、なに逆ギレしてるんだ。
『グ~~!』
再度の腹の虫の抗議。ハルヒはよっぽど恥ずかしかったのか、耳まで真っ赤になった顔で
「解ったわよ――そんなにあんたが食べて欲しいってんなら、仕方がないから食べてあげてもいいわよ」
と言って、俺の持っていた肉まんを両方とも奪うと、モソモソと食い始めた。って俺の分までかよ……まあ、しょうがない奴だな。
なんだかんだで機嫌を取り戻したらしいハルヒは、帰り道を歩いている間も、俺に対して妙にちょっかいを出してきやがる。何のつもりだお前。
「別に。食後には身体を動かした方がいいからそうしてるだけよ。なにか文句でもあるの、キョン」
そう言って後ろから俺を羽交い絞めしてくるハルヒ。おいおい――まあいいか。
俺は黙ってハルヒのされるがままになっていた。全く、さっきの肉まん二個の貸しを、俺の背中に払ってくれるなんてのは、何かの冗談なのだろうかね。
「あのぅ、おかしいんです。さっき、肉まんをいただいて、ジャスミン茶でお口直しまでしたのに、口の中が……こんなに……甘ったるいなんて」
「奇遇ですね。僕も同じです。今ならハバネロソースを直に口にしても全然平気かも、とか思ってしまいますよ」
「……甘口…………カレーあんまん」 |
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