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完璧なポニーテール
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「ハルヒ!? お前、その髪……!」
「ふふん♪ やっぱり反応したわね」
やっぱりも何も反応するに決まってるだろ。
肩より少し長いって程度だった髪が今は腰まで届きそうなほど伸び、その魅力が36%はアップしそうな非の打ち所のない完璧なポニーテールを形作っている。
嫌になるほど似合っているのだが、内心それどころじゃねえ!
何故か得意げなハルヒのことがやけに気になるが、俺はとにかく昼休みを待った。
「あ、ちょっとキョン! 今日お昼は……」
待望の昼休みがようやくやって来た。ハルヒが何か言っているが、悪い、長門に確認することを最優先にしたい。
「悪いハルヒ、話は後だ!」
俺は教室を飛び出して部室へと走った。
「長門! いてくれたか!」
昼休み突入と同時に俺だって陸上部にスカウトされるかもしれないと思えるほどのダッシュでたどり着いたと言うのに、長門は既に定位置で本を拡げていた。
こいつは実は情報操作で授業を受けたフリをしているだけじゃないだろうな、ってそんな考察は今はどうでもいい。
「ハルヒのことなんだが……」
本から顔を上げた長門に、俺は今朝のハルヒの髪の毛のことを説明した。理由は解らないが、ハルヒは何らかの改変を自分に対して行ったんじゃないのか?
長門は俺の話を黙って聞いていたが、その表情は普通なら気がつかないだろうという程度の変化を見せていた。
その目に宿るのは……呆れ? それに少しの軽蔑? 何故?
「涼宮ハルヒはいかなる情報改変も行っていない」
なんだって? マジか? だって、それじゃ、あの髪は……。
「あなたが涼宮ハルヒに確認すべき」
そうなのか? しかしわけがわからない。ハルヒの髪は確かに伸びていた。それなのに長門は情報改変は行われていないという。
長門を疑うわけじゃないが、おかしい。まさか、ここは何らかの平行世界で、ハルヒの髪が長いのは当たり前だと言うんじゃないだろうな?
それならそれであのポニテ……げふんげふん、いや、やっぱり違う。ここが元の世界じゃないなら俺はやっぱり戻りたい。
いくら元の世界とそっくりだといっても、どこか違うはずだ。
「あなたは勘違いをしている」
俺の思考を読んだのか、長門が起伏のない声で言った。
「わたしも涼宮ハルヒの髪の毛は肩よりわずかに下の位置に達する長さだと認識している。しかし、今日彼女の髪の毛が長いことに、何ら異常な干渉は行われていない」
わけがわからん。ハルヒの髪が伸びたことが解っているのに、それは異常事態じゃないってことか。
「そう」
なんでまた。
「あなたは涼宮ハルヒに会いに行くべき」
長門はいつになく声の調子を強めていった。
「今すぐに」
長門は定位置から一歩も動かなかったにもかかわらず、そのいつもと違う声だけで見事に俺を追い出した。
すぐに、と言われたが俺は少し足止めをくらった。ニヤケ野郎が鞄を持って歩いているところに出くわしちまったからだ。
「何だ、鞄を持って。もう帰るのか?」
と言ってからしまった、と思ったがもう遅い。そりゃそうだ、こいつがこんな時間に帰るとすれば十中八九関わっている奴がいる。
「ええ、バイトが入りましたから」
それでもにこやかに返事をする古泉は、やはり俺に釘を刺すことだけは忘れなかったようだ。
「何があったかは既に聞いております。お気持ちは解りますが、涼宮さんのフォローをお願いしますよ」
では、と挨拶して立ち去る古泉の後ろ姿を、俺は舌打ちをしたい気持ちを抑えて見送った。
確かにさっき、俺はハルヒが何か言いかけたのを無視して教室を飛び出しちまったからな。それが原因か。
教室に戻ると、宇宙背景放射の方がまだ暖かいんじゃないかと思うほど冷たい空気をまとったハルヒが机に突っ伏して……あれ?
ない。
髪の毛が。
「あんた罰ゲームどころじゃないわよ」
普段より1オクターブ低いドスのきいた声でハルヒが呟く。顔も上げないのだが、それにしても怖いぞ。
「いや、すまん、髪の毛がないんじゃなくて、その、ポニーテールがだな……」
ハルヒの髪の毛はいつもの長さに戻っていた。何だよ、何で戻すんだよ。こんなことなら長門に聞くのは後回しにしてじっくり拝んでおくんだった。
これだけ怒っていると次の機会はあるのか、きっとないよな。何でもっとしっかり長期記憶に保存しておかないんだよ。
俺が今朝、少しだけ見たポニーテール姿をしっかり海馬に刻み込むべくm-RNAに頑張ってもらっていると、ハルヒはようやく顔を上げた。
「あんた、お昼どうしたのよ」
何でお前はそんな不機嫌そうな顔をしているくせに俺の昼飯なんか心配してるんだよ。
「まだ食ってない」
「どこ行ってたのよ」
本当のことを答えるべきか。部室に行ってた、と言ったら何故と聞かれるに決まっている。
「いや、授業中から腹の調子が悪くてな。便所に籠もってた」
何とも情けない言い訳だと思うのは俺だけじゃなくハルヒもだったらしく、心底呆れたって顔になった。さっき長門にもこんな表情されたな。もっとも表情筋は長門が1mmならハルヒは無限大にまで動きそうだが。
「何よもう、だったら最初からそう言いなさいよ」
そう言ってプイっと窓の方を向いたので、仕方なく俺は弁当をとりだし……ん? やけに軽いな。って何で空なんだよ、俺の弁当箱!
「あら、あたしが食べたわよ。あんた遅いんだもん」
「遅いからって人の物を勝手に食っていいわけねーだろ! 返せこの野郎!」
「うるさいわね! 何よ、あたしが吐き出したらあんたそれ食べるって言うのこの変態!」
う、それは無理だ。ってここで冷静になったら負けな気がする。しかしこの負けず嫌い王選手権があったら確実に優勝しそうな団長様は、俺が食ってやるさなんて言った日には本当に吐き出しそうだ。
それにしても食えないとなるとますます腹が減った。何でこいつはいつもこう自分勝手なんだ、むかつく。本気でむかつく。
俺の脳裏にさっきのポニーテール姿が蘇る。上手く海馬に刻み込めたみたいだな、なんて安心している場合じゃねえ。反則的なまでに似合ってるのがまたむかつく。
「誰がお前が吐き出したもんなんか食うかよ。だけどお前が俺の弁当を食ったのは事実だからな」
「何よ。金払えって言っても無駄よ。だいたいあんたが作ったんじゃないでしょうが」
要らねえよ、金なんか。
「せめて『味』だけでも返してもらおうじゃねえか」
「えっ!?」
意味が分かりかねると言った顔をしているハルヒの唇を無理矢理奪ってやった。何をしているんだろうね、なんて冷静になったら負けだ。
目を閉じている俺にはポニテ姿のハルヒしか映っていない。
何か周りがうるさい気もするが知るか。
「……んんっ……ぷはっ」
さすがに息苦しくなって唇を離した俺を、真っ赤になって見つめるハルヒ。
「あ……あんた……」
ヤバイ、やっちまったにもほどがある。罰ゲームどころか久々に死刑とか言われそうだな。
「いや、その、あれだ、そう、ポニテが悪い、ポニテが」
アレは反則だ。だから俺は悪くない、反則した方が悪いんだ、普通そうだろ、な!
「バカぁ!!!!!」
真っ赤になって叫んで飛び出すハルヒはちょっと可愛かった、って俺はもう冷静になりたくてもなれないようだ。
ハルヒは結局午後の授業が終わっても戻ってこなかった。
俺1人、クラスの好奇の視線に晒され続けたのがこれ以上なく罰ゲームだぜ畜生。
放課後、部室に行くとハルヒはそこにいた。
また俺の理性を崩壊させそうな完璧なポニーテール姿で。
そういやどうしてハルヒの髪が伸び縮みするのか聞くのを忘れてたな。
「バッカじゃないの!? エクステンションつけてるに決まってるでしょ!」
なあ、えくすてんしょんってなんだ?
ハルヒが俺のために弁当を作ってきたことを知ったのは、その直後であった。
「あんたが味見したんだから……後であたしにも味見させなさいよね! 団長命令!」
団長命令なんかなくても、その完璧なポニーテールの前では俺は言うことを聞かざるを得ないさ。
「……バカップルめ」
「あの……お茶、いつ淹れたらいいんでしょう……」
●マッガーレ! |
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