「バカキョン!」
またハルヒがイライラしている。カルシウムが足りていないんじゃないか、こいつは。
「おいハルヒ」
「…」
俺と顔をあわせようともしない。完全にへそを曲げちまった。もうほっとくしかないな。
苦笑いする古泉の前に座りゲームを再開する。
そこに朝比奈さんがお茶をもってきてくれた。ハルヒなんかとは違う天使の降臨である。
「ダメですよ、キョンくん。女の子には優しくしないと」
そりゃあ朝比奈さんのような方なら喜んで優しくして差し上げるがハルヒにまでそれを求めるのは少々酷な事ではあるまいか。
というかまずハルヒを女の子扱いするのが難しい。
「そんなことないです!」
頬を膨らませる朝比奈さん。相変わらず小動物系の可愛らしさ満点だ。
「もう知りません!」
しまった。こっちまでへそを曲げられたらこの部室に俺の心休まる場所がなくなってしまう。
「すいません。謝りますから機嫌直してください」
拝むように頼むと朝比奈さんは「じゃあ…」と一拍溜めてから言い放った。
「涼宮さんに『可愛い』って言ってあげてください」
「え」
「なんで嫌そうなんですか」
そりゃそうだろうとは思うが朝比奈さんには強く言えない。
しかしなぜ朝比奈さんはハルヒに優しいのだろうか。いつもあんな目に遭わされているのに。
きっと心が天使のようだからだな。万人に優しいとはこれは本格的に女神かもわからんね。
「はい、じゃあ行ってきて下さい」
ぐいぐいと背中を押される。その非力さがまた可愛らしいが俺を地獄へと押す手であると考えると笑ってもいられない。
だがその手の感触が悪いものではなかったのでつい逃げるのが遅れた。
気づいたときにはハルヒが「何よ」と半眼で睨んでいるところだった。
「あーそうだな…」
「言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」
「…可愛いな」
「え」
「可愛いな」
「え、え?」
「そのカチューシャ」
「え…な、カチューシャ?」
「ああ、いつもつけてるみたいだが悪くないと思うぞ、それだけだ」
さっさと席に戻る。やれやれこれで朝比奈さんも満足だろう。
「なんで涼宮さんに言ってあげないんですか!」
なぜか怒りのボルテージは収まっていなかった。迫力はまったくないがむしろ可哀想で自分が悪いことをした気分になってしまう。
「ハルヒは可愛いなんて言われて喜ぶタマじゃないですよ」
「む~」
このまま睨まれるのも悪くないかもしれない。そういう意味ではお前に感謝かもな、なんてことを思いながらハルヒに振り返る。
するとハルヒはそわそわしていた。
しきりにカチューシャに触ったり、どこからか取り出した手鏡で位置をチェックしている。
何をしてるんだ、あいつは。
まさかいまさらカチューシャを褒められて嬉しいなんてことはあるはずもない。
あの涼宮ハルヒがそんな女の子らしい感情を持つはずがない。
俺みたいな平凡な男にちょっと、それも自身でなく装飾品を褒められたくらいで舞い上がるなんてことあるはずがない。
カチューシャを撫でながらどこか嬉しそうに顔を赤くしてるなんてのはハルヒらしくない。
そんなのは見ているこっちが恥ずかしくなる。だから家に帰ってからやってくれ。
朝比奈さんはニコニコ、古泉はニヤニヤしている。
「言っておくがハルヒのリアクションと俺には何の関係もないぞ」
二人はまだ笑っている。ハルヒはいまだにカチューシャをいじっている。
なんというかものすごく居づらい空気だ。マイペースな長門が羨ましい。
ハルヒのエンジンがかかったのはそれから約30分後。
それまでの間針のむしろで責められる気分を味わった俺は今後うかつにハルヒを褒めるのはやめておこうと誓うのだった。 |