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朝比奈みくるの最後の挨拶
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物事何でも始まりがあれば終わりがある。分かってはいるんだが、その事を忘れがちな高校生というものを俺は責めたくないね、何せ頭では理解していても心が理解できてない年頃なんだからさ。
まあ、そんな訳で。SOS団の解散パーティが終わっても、俺はまだどこか現実感を失った態度でぼんやりとしていた。「何ボンヤリしてんのよ、キョン」 ドン、と我らがSOS団の団長が俺の背中を痛いほど強く叩いてきた。振り返りながら苦い顔で涼宮ハルヒを睨んでやることにする。「どうしたの? まさかビール一杯で酔っちゃったとか? まさかね」 考えてみれば、俺の睨みがコイツに効果あった試しはなかったか。「別に。ただ、SOS団もこれで終わりかと思うとな」 肩を竦めてそう言ってやる。「寂しい?」 ハルヒが唐突にこちらの顔を覗き込んできた、無防備な胸元に背中がヒヤリとさせられる、おいおいハルヒ。お前頼むから他の男の前ではそんな行動を起こすなよ? いや、俺が心配しているのはあくまでハルヒが自分に気があるんじゃないか、などと考えて地雷を積極的に踏んづけようとする気の毒な男どもであって、断じてハルヒ本人ではないのだが。「まあな、高校1年のときから数えて、ほぼ丸々三年間一緒にいたんだぜ? 寂しくないはずがないだろ」 もし三年もの間、時には生死を共にした仲間たちと別れることが寂しくない、なんて言うヤツがいたら、そいつとは縁を切りたいもんだね、もちろん俺はそんなクールな連中がこの団に居るとはカケラも思っていないけれど。「ま、ね」 珍しくハルヒは否定しなかった。後片付けが終わったSOS団の部室を見ながらはぁ、と溜息をつく。 正確には文芸部部室であるところのここには、一番最初に来た時と同じく本棚、パイプ椅子が数個、折りたたみ式の長机しか残っていなかった。
SOS団の活動は本日を持って完全停止、団そのものも解散したのだ。 再起予定は今のところなし。もしこれが、高校生活途中の出来事ならそりゃもう大騒ぎだ、軽い小説が一冊書ける位のな。 だが、SOS団メンバーは全員一致で解散を賛成した。朝比奈さんも不在者投票で賛成してくれたらしい、そうでなくちゃここに来てないんだろうけど。
ここまでくれば勘のいい人間はピンと来ただろう。 そう、卒業だ。ハルヒ、俺、古泉、長門は北高を卒業したのだ。全員、大学に合格というおまけつきでね。 ハルヒと俺は同じ大学、後は別々だ。恐らく、もうハルヒが感知し得ないゴタゴタは何もかも、スッキリと、解決したのだろう(と願っている)。 少なくとも古泉は超能力が消えてしまったようだし、朝比奈さんから妙な頼みが来ることもなかったし、長門のお仲間が何かちょっかいかけてくる、ということも、この数ヶ月皆無だった。 ま、全員が大学受験に気を遣ってくれたのかもしれないけどさ。
そんな訳で今日はSOS団解散記念パーティだった。ちなみに卒業記念と大学合格記念のパーティが別々にあったことは言うまでもない。ハルヒは楽しいことは何度でも繰り返すタイプなのだ。 同時に、今日の解散記念パーティの詳細を書くつもりもない。それはまた別の出来事だし、第一俺たちが大はしゃぎしただけの話なんて誰が楽しいのかね?
「……よかったの?」 くいくいと、所在なげにハルヒが俺の袖を引っ張った。よかったの、って何がだ、それからその気弱な表情は止めてくれ、正直に言って爆弾が不発のせいでしょんぼりしているようで怖い。「あたしでよかったの?」 …………やれやれ。 俺は大げさに溜息をついて、ハルヒを抱きしめた。感触が心地よい。ぶっちゃけたまらない、これが神聖な部室でなかったら良からぬ行為に走ってしまいそうだった、走らないけどな。
「お前じゃなきゃ、俺はやだね」 頼むから、これ以上恥ずかしいことを言わせないでくれ。以前、告白した直後に部室に行くと古泉の顔がニヤニヤしていて、朝比奈さんが顔を赤らめつつも泣きそうな顔をしていて、長門の全身から不機嫌オーラが発生していた時はその場で首を吊りたくなったからな。
「……ん」 ハルヒが目を閉じる。俺は仕方なくそれに応じる。 頼むから、誰も見ていませんように。それくらい気を遣ってくれたっていいと思うぞ、未来人に宇宙人に超能力者。
まあ、そんなこんなで俺は相変わらずハルヒとつるんでいた。時にぐだぐだと、時にのんべんだらりとな。 ハルヒは相変わらず俺を引っ張り回すが、いい加減三年も経っちゃ慣れるというものだ。ただ、さすがにカメルーンに行ってモケーレ・ムベンベを捜しに行こう、という提案は全力で拒否中である。 そんなところで婚前旅行というのも、さすがにあれだからな。
さて。 俺と同じ時期に卒業した古泉と長門はともかくとして。一年前に卒業した朝比奈さんはどうしているのかというと。
特に変わることなく、SOS団の集まりにやってきていた。大学生活はどうですか、と尋ねてみると新鮮だけど大変です、という言葉が返ってきた。ただ、大学の楽しみの一つともいえるサークル活動には一切参加していないようだが、それはそれで俺としてはありがたい。 何しろ我がSOS団のマスコットキャラ、笑顔でお茶を煎れてくれる先輩がいない部室は、水のない鳥取砂丘並みにうら寂しい雰囲気だったからな。毎週末に会う朝比奈さんは心のオアシスといっても過言ではない。
ちなみに朝比奈さんがいないと当然コスプレ衣装は無用の長物にならざるを得ず、それに憤慨したハルヒは最初は自分、後に長門に衣装を着せ始めていた。 しかしハルヒよ、メイド服とナース服はともかくとして、ダーリンお仕置きだっちゃな宇宙人の虎縞ビキニはひょっとして狙ってやってないか?
そんなこんなで朝比奈さんから「二人だけで会いたいんですけど、いいですか?」なんてハルヒと付き合う前の俺なら浮かれて大はしゃぎするであろう誘いが舞い込んできたのは、卒業してからおおよそ三ヶ月後くらいだった。
「すいません、遅れました」「いえ……あたしも今来たところですから」
朝比奈さんは控えめな笑顔を見せた。改めて言うまでもないが、朝比奈さんが当代きっての美少女であることは疑いようもなく、それは周囲の男たちの殺意と敵意が篭った視線が俺に集中していることからも間違いではない、恐らく朝比奈さんが恋人でも何でもないことを知られたら、ただでは済まないのだろうな。
「あの。それで何かあったんですか?」 何か、とは主にハルヒを含めた未来に関することを指す。いくら何でも朝比奈さんが俺に何かしら含むところがあって、ハルヒに対抗して立候補しました、などと都合のよい考えは思い浮かばない、妄想はしてみたがその後の俺が大変な事になりそうだったので却下した。「……はい。その、歩きながらでいいですか?」 頷いた。こうして二人で歩くなんて、実に久しぶりな気がした。「……」 朝比奈さんは沈黙を守っている。何度かこちらを振り返るけれど、彼女は何も喋らず、聞こえるのはかすかな吐息だけだ。
ここに至り、俺もそろそろ感づいてきた。 何、これもまた久しぶりながら毎度おなじみのパターンじゃないかってね。未来から何か指令が来て、朝比奈さんはそれに従わざるを得なくて、そして不本意ながらも俺を巻き込むって展開さ。「……」 朝比奈さんが時計を見た。やれやれ、これで確定だ。デートの誘いじゃなかったことが、残念やらほっとしたやら。「えっとですね、キョンくん」 はいはい、何でしょうか。 朝比奈さんの瞳がこちらを見つめている。彼女は申し訳なさそうに、そして普段の優しさをどこか封じるように固い声で囁いた。「あたし、未来に帰ることになりました」
思考が停止した。
何を言えばいいのか、そもそもどういう事なのか、ええと、朝比奈さんが未来に帰る? 本当か? それは本当の事なのか?「未来に帰るんですか」「はい」 なぜ(WHY)よりも先に、いつ(WHEN)という疑問が口を突いて出たのはひょっとしたら俺もこの別れを覚悟していたのだろうか。「……あと、一時間後です」 そうか、一時間後………………………………って、早っ!?「い、一時間後!? いやちょっと待ってください、それはあまりに」「仕方ないんです!」 朝比奈さんが俺に向かって怒鳴ったのは、後にも先にもこの一度だけだろう。
「仕方ないんです! だって……あたしも今日、ついさっきいきなり言われたんです! 未来への帰還命令が出てるって! 最優先命令コードで、どれだけ延長許可を申請しても全部リジェクトされました! だからっ、だからっ……あたしにできたのは、こうしてキョンくんを誘うことだけだったんです!」 朝比奈さんが走り出していた、電車の踏み切りを踏み越えた途端にカンカンと警笛が鳴り出す。 俺は多分、向こうに行ってはいけないのだ。この踏み切りは境界線であり、朝比奈さんが別れの場所と決めたものなのだから。「どうにかならないんですか! そうだ、ハルヒだって納得しないでしょう!」「全部『なんとかなる』って一点張りでした! あたしが居なくなることは、どうにでもなるって……!」「朝比奈さん! 朝比奈さんはそれでいいんですか! こんな風に、未来に帰ることが……!」 朝比奈さんの顔がクシャクシャに歪んだ。「……っ! ……嫌です! ほんとうは、ほんとうはお別れなんて絶対いや! もっとみんなと遊びたい! もっとみんなと色んなことしたい! それで、あたしっ、あたし……! キョンくんを助けたかった……!」 血を吐き出さんばかりの叫びだった。 大きな瞳は潤んで、際限なく涙を流し続けているというのに、こういう時に限って俺は朝比奈さんにどんな慰めもかけてあげられなかった。「助けてもらってばっかりで、自分じゃ何にもできなかったから! 自分じゃ何も分からなかったから! キョンくんを助けたかった! 禁則事項なんかに縛られないで、長門さんみたいに……!」 言葉の奔流は溢れて溢れて溢れすぎて、朝比奈さん自身も何を言っているのか分かってないんじゃないだろうか。そんな事を俺は思った。「長門さんみたいに……キョンくんに、頼りにされたかったんです……!」 どうにかならないんですか、そんなような事を俺は叫んだ。無我夢中なあまり、遮断棒を握り締めて前のめりになっていた気もする。危ないことをするもんだ。
「ダメなんですっ……だって……禁則事項だから! 禁則事項で、禁則事項になっちゃうから! 禁則事項しても、禁則事項で却下されちゃうから……!」 朝比奈さんは、ひたすら禁則事項を繰り返していた。多分、伝わらないことは百も承知で、でも本当の理由を伝えずにはいられなかったのだ。 だけど叫ぶたびに禁則事項という名の枷は増えていく。 未来に立ち向かうには、朝比奈さんの力はあまりに小さかった。「もういいです! もう、分かりましたから……!」「キョンくん! 最後だから言っちゃいます! 禁則事項なんて知らない! 降格されても、罰を受けても構いません! キョンくん! あたしは、あたしは! キョンくんのことが――――!」
けたたましい音と共に電車が通過した。 俺のことがどうしたってんです、涙を目に浮かべながら、何よりも伝えたいことだったんですか。 電車の通過が恐ろしいほど長く感じられる。風圧で目が痛くて、涙が出た、早く、早く通過してくれ、頼むから、早く、早く……!
通過した。
朝比奈さんの姿は消失していた。
遮断棒が上がり出すと同時、俺は地面に力なくへたり込んでいた。 消えていた。踏み切りの向こうに長く続く道には、朝比奈さんの姿も見えない、直前まであれほど叫んでいた彼女が電車が通過した間に走り去ったとはさすがに考えにくかった。
だから、それはつまり。
「……帰っちゃったのか?」 朝比奈みくるは未来に帰還した、ということになる。一時間後どころか、ものの三分で、彼女は未来に帰ってしまった。禁則事項に引っかかったのか?
落ち着け、と自分に言い聞かせる。深呼吸して、現在の状況を考える。 朝比奈さんは未来に帰ってしまった、俺は何度か彼女に未来がどんな場所か尋ねたことはあるが、大した手がかりはなかった。(海はあるが船はない、ってどんな時代なんだ?)
未来に行って無理矢理連れ戻す、という考えも浮かんだが即時却下した。 敵地にズカズカと乗り込むほど俺は阿呆じゃない、それならむしろ未来が一つ困るようなことをしでかせばそれでいいってことさ。
だが、ハルヒはダメだ。 ハルヒの変態的パワーはとうの前に失われている。今更それを掘り起こすほど俺も愚か者じゃないね。それに、ようやく楽ができると喜んでいたあのスマイル男に多少なりとも申し訳ないからな。
……となると。 くそ、長門に頼るしかないか。 しかし長門に頼るのは……。
「キョンくん、キョンくん」 ああすいません、今ちょっと考え事をしているんで静かにしてもらえませんか、朝日奈さん…………って、おい。
「大丈夫、立てますか?」 朝比奈さん(大)が、いつもとはちょっとだけ異なる、どちらかといえば少しだけ困ったような笑顔で、俺に手を差し出していた。
さて、まず何から話すべきだろうか。とりあえず、朝比奈さん(小)を未来に帰還させたのは、あなたの命令ですか?「はい、朝比奈みくるはこの時間に未来に帰る。これは絶対的な強制力を持つ規定事項でした」 それにしたって酷いんじゃありませんか、いくら何でもこんな唐突な別れはあんまりだ、抗議するに足る理由が即座に1ダースくらいは見つかりますね。「ええ、この時のわたしもそう思いました」 なら、どうして。 朝比奈さん(大)が悲しげに顔を歪ませた。ひょっとすると、自分は触れてはダメな場所に手を突っ込んだのかもしれない、と躊躇する。「でも、これは規定事項だったんです。こうしなければ、彼女は今のわたしじゃなくなってしまうから」「今のわたし?」「そう。今のわたしです」
どういう事か、いまひとつ分からない。 モタモタしている間に、再び遮断棒が下り出していた「先ほどまでいた朝比奈みくるは、ひどく後悔します。いつか未来に帰ることは確実だったけれど、その時までに少しは胸を張って仕事をこなしたかった。長門さんみたいにキョンくんを助けたかった……ってね」 それは朝比奈さんも叫んでいたことだし、彼女にとって日頃からの悩みの種であったことだからよく分かる。「それで、わたしは一念発起します。がんばって仕事をこなして、誰よりも働いて、もう一度この時代に戻って来るだけの権限を得ようって」 朝比奈さん(大)は悪戯好きな少年がするような笑顔を見せた。「その甲斐あって、朝比奈みくるはこの一ヶ月後くらいに戻ってきます」 ……その発言の意味を理解するのに、秒針が一周くらいしたのは仕方がないと思いたいね、俺は愚鈍な元高校生現役大学生なんだからさ。
「戻って来る……んですか?」「はい、大事なのはわたしたちがその気になれば、いつでも自分の意志と関係ないところで自分の運命が決定してしまう――それに気付くことですから」 彼女は過去の自分が去った場所を眩しそうに、悲しそうに見つめていた。「今回のは言ってしまえば、警告みたいなものだったんです。未来のわたし、つまり今のわたしからの」
何だかややこしいことになってきたが、三年間ハルヒたちによって鍛え上げられていた俺の頭はどうにかこの事態に食いついていた。
「一ヶ月後のわたしは、もう恥ずかしくて照れ臭くてキョンくんの顔をまともに見れないかもしれませんが、許してくださいね」 ああ、それはもちろん。 俺だって「永遠の別離」と思っていたのに、ひょっこり戻ってこれた時の恥ずかしさくらいは想像つくね。
しかしまあ、何だ。とにかく、良かった。 あれが「最後の挨拶」だとしたらあんまりだったからな。
「最後の挨拶?」 きょとんとした表情で朝比奈さん(大)が俺を見た。 シャーロック・ホームズですよ、朝比奈さん(大)。実際には彼もまた、最後の挨拶の後に(猛烈な抗議を受けて)ひょっこりと戻ってきたのだが。
「ふふ。そうなんですか……それじゃあ、彼女の代わりにわたしが最後の挨拶をしましょうか」 別にいいですよ、あの時一瞬でも感じた喪失感はたまらないものがありましたから、あんなのハルヒが消失して以来だ。
「いいえ。これが、本当に本当の最後の挨拶ですから」 その言葉に、俺は首を傾げつつ朝比奈さんを見つめる。 朝比奈さん(大)の笑顔が、なぜだか無理矢理なものに感じられた。「過去のわたしは、先ほど言った通り一ヶ月後に戻ってきます。だけど、現在のわたしは、これでキョンくんと会うことはありません。……二度と」 冗談を言わないでください、などとはとてもじゃないが言えなかった。言える雰囲気ではなかった。
「キョンくん、わたしは未来から来ました。だから、キョンくんがこうなる事はわたしにとって完全な規定事項でした」「こうなる事?」「……キョンくんと、涼宮さんが一緒になるということです。ええ、どんな分岐点を踏み越えても、結局キョンくんは涼宮さんを選ぶんです、何度も、何度でも」 沈黙する。 普段は人並に回るはずの舌がよく回らない。照れ臭いのやら恥ずかしいのやら、心のどこかで納得するやら、俺の感情はぐるぐると混乱の一途を辿っていた。「だから、あの時言ったんです。わたしと、あまり仲良くしないでって。そうすれば、あんな辛い想いをしないですむと思いましたから」 あの発言はそういう意図を持っていたのか。俺はほとんど気にしていなかったけれど。「だけど、やっぱりダメでした。……当たり前ですよね、仮にあの時の警告をキョンくんが律儀に受け取ったとしても、わたしの気持ちはきっと変わることがなかったろうと今なら確信できますから」 朝比奈さんは時計を見るなり走り出し、踏み切りを乗り越えた。 まさか、と思ったのもつかの間、警報が鳴り出していた。「朝比奈さん!」「キョンくん、一ヶ月後のわたしはその後も頑張ります! そして考え続けます! どうしたら、あなたにこの想いを伝えられるかって!」
「禁則事項をどうやったら潜り抜けるかって、それをずっと考えてました! その後、どんな罰を受けても平気な時間帯は、今日この一瞬だけだったんです! これ以降、わたしがキョンくんの前に現われることはないから! だから、どんなにこれが禁則事項でも、降格されたって恐れることはないから!」 朝比奈さん(大)が大きく息を吸った。
「キョンくんっ! わたし、あなたのことが、大好きでしたーっ!」
先ほどの朝比奈さん(小)の姿がオーバーラップした。同じ時間に存在しながら、違う姿と歳を経た朝比奈さんは、ただひたすらに泣きじゃくっていた。 泣きながら叫んでいた。
「大好きでした! 好きで好きでたまりませんでした! あなたと付き合う日を夢に見ていました! あなたと仲良くする涼宮さんと長門さんにヤキモチ焼いてました! でも、本当に本当に大好きだったんです!」
そして、朝比奈さん(大)は涙を拭うこともなく、微笑んだ。 見るもの全てを、恋に落としそうなあの笑顔――。
「これが、わたしの――禁則事項でした」
電車が通過し、遮断機が上がったときには予想通り、朝比奈さん(大)の姿は掻き消えていた。
ああ、今度こそ朝比奈さん(大)とはお別れなんだろうな、と考えて頭がグラグラした。ヘビー級ボクサーのパンチでも受けたみたいに、世界がグルグル回っていた。 朝比奈さん(大)の直球すぎるほどの告白が、胸に突き刺さって離れない。
ちくしょう、卑怯だぜ朝比奈さん。多分、俺はもう二度と彼女のことを忘れることができないだろう。あんな胸にくる告白、誰が忘れるものかね。
報われることもなく、成就することもなく、おまけに「することさえ」許されなかった告白。
それを、この時間一点に絞ることでどうにかやってのけたのだ。禁則事項を打ち破って。
凄いぜ、朝比奈さん。 あなたは確かに、あの瞬間未来を超越したんだ。運命をマジシャンのように乗り越えてしまったんだ。
……この後、俺は未来人と思しき人に会うことはなかった。未来人だけでなく、超能力者や宇宙人、異世界人とも会うことはなかった。
ただし、元SOS団の連中だけは別だ。 あいつらに別れを告げる方法なんて、未だに発見されていないもんでね。
<了> |
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