消失if else
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引用URL : http://wikiwiki.jp/haruhi/?%BE%C3%BC%BAif%20else%A1%A1%A1%CA52-102%A1%CB |
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Change the world
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寒い、と思いながら教室に入る。さっさと暖まりたいもんだ。
すると俺の席に谷口が座っていた。ハルヒはまだ来ていない。いたら谷口は逃げ出しているだろうしな。
「おい谷口。なんで俺の席に座ってるんだ」
さっさと座って落ち着きたいんだよ、こっちは。
「何言ってんだキョン。お前の席はあっちだろ?」
そういって指差した先は谷口が座っていた席。こいつは何を言ってるんだ。互いに顔を見合す。
そこで聞きなれた足音。足音でわかるなんて慣れというものは恐ろしい。というかハルヒの足音が特徴的なだけなんだが。
「おい、ハルヒからも……」
絶句した。ハルヒの髪が、長かった。まるで高校入学当時のように。これまでが、なかったことにされたように。
だが異変はそれだけでは終わらなかった。
「何あんた。『ハルヒ』だなんて馴れ馴れしく呼ばないでよね」
「な…に…?」
「どいてよ。おはよう谷口」
ハルヒがにっこり笑っていた。谷口に向けて、俺ではなく谷口に向けて。
「お、おう、おはよう涼宮」
若干引き気味に答える谷口。でもそんなことはどうでもいい。
「ど、どうしたんだよ。ハルヒ…」
ハルヒが俺を睨む。冷たい目。他人というモノを見る目。
「あんたさっきから何よ。ハルヒハルヒってうっとしい。さっさと失せてくんない」
「おい、キョンだってクラスメイトだぞ。それに俺のダチだ。そんな言い方ねえだろ」
「だって…」
口を尖らせてぶーたれるハルヒ。なだめる谷口。
なんだこれ。ハルヒが、谷口に?じゃあ俺は?なんで?
悪い夢にしか思えない。なんでこんなことになってるんだ?
そうだ!ハルヒの肩をつかむ。
「お前また何かおかしなことを…うわっ」
ハルヒに思い切り突き飛ばされた。尻餅をついてハルヒを見上げる。
「あんたホントにいい加減にしてよ。谷口の友達じゃなかったら殴ってるわ」
その見下す目は虫を見るかのよう。俺はその目に恐怖よりも絶望を感じていた。
なぜならいつものハルヒにはあった眩しいまでの瞳の輝きがなかったからだ。
「大丈夫?涼宮さんたら乱暴ね」
振り向いたその先にいなくなったはずの朝倉がいた。
何がなんだかわからない。谷口の「悪いな涼宮が」と言う声を無視して言われた席について授業を受ける。
授業中にハルヒの声が聞こえる。
「ねえ谷口、今日どっかいかない?」「谷口あとでご飯一緒に食べよ?」「谷口」「谷口」「谷口」
ハルヒが誰かを親しげに呼んでいる。その事実が心をかきむしる。
ギチギチと頭が鳴る。中に虫でも入り込んだか?頭が痛い。頭痛が痛い。心で頭痛がする。
「顔、真っ青よ。保健室行く?」
休み時間になって朝倉が話しかけてきた。
教室の隅を見ると楽しそうに話しかけるハルヒと、うんざりした顔で受け答えをする谷口がいた。
視界が赤い。きっと気のせいだろう。でも、あんなものを見せ付けられるならこんな場所にはいたくない。
そうする、といって立ち上がる。
「でもふらふらしてるわよ。ついていきましょうか?」
「一人で大丈夫だ。ついてこなくていい」
むしろ一人になりたかった。 |
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Lovers
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保健室がどこだったか、それすら忘れふらふらと歩く。
そこで見慣れた顔を見つけた。
「朝比奈さん!」
ビクッとして振り向く朝比奈さん。駆け寄ろうとして目が合った。
でも目が合ってもそこにあったのは他人に急に声をかけられたという恐怖だけだった。
「…あ」
よろよろと後ずさり壁にぶつかる。なんで、この人まで。
「どうしたさっみくるっ」
鶴屋さんも現れた。
「ん?どうしたんだいっ?」
にこやかに俺を見る鶴屋さん。やはり初めて会った目。この人の笑顔が、こんなに辛いなんて思わなかった。
「…す、すいません。なんでもありません」
「あ、あの!」
朝比奈さんが俺を呼び止める。
「…なんでしょう」
期待してはいけない。きっと違うから。
「よ、よくわかりませんが、元気出してくださいね」
にっこりと微笑む朝比奈さん。他人に対してもその優しさは変わらないんだな。
「…ありがとうございます。先輩」
なんとか保健室にたどり着きベットを借りる。
寝転びながらこれからのことを考える。
どうすればいいのか、こんなときはあいつの力を借りるしかないだろう。
後で部室に行くことを決めて一旦教室へ。何もかも置いたままだからな。
だが後悔した。
「ねえ谷口。お弁当作ってきたんだけど一緒に食べない?」
なんてハルヒじゃないハルヒがそんなことを言っていたからだ。
膝が震える。なんとかドアに掴まり体を支える。
「わ、悪ぃ。先に約束あるんだ。ごゆっくりぃ!」
「あ!こら!待ちなさいよ。もう!いつもああなんだから。照れなくてもいいのに」
谷口はハルヒから逃げるように去っていった。
荒い息遣い。自分のものだと気付くのに数秒かかった。
「だいじょぶ?キョン」
「国木田か…。なんで、いつから、あんな」
「谷口と涼宮さん?仲いいよね。何度席替えしてもあの二人はあの席なんだ」
「…」
「たしか中学からって言ってたよ。谷口が告白して、涼宮さんがOKしてずっとだってさ」
中学時代のハルヒは告白されたら誰だってOKだったらしい。そこは問題ないが、でも。
「でも谷口も谷口だよね。自分から告白したくせになにかそっけないというか、避けてるというか」
もう聞こえない。
「涼宮さん何度も名前で呼べって言ってるのに谷口はなんでかしらないけどずっと名字で呼んでるんだよね」
「…そうか」
「自分が下の名前で呼ばれるのも嫌がるし、何か変だよね」
「すまん、気分が悪いから保健室行く」
「あ、キョン…お大事に」
何でそうなったのかわからない。けれどもう限界だ。あんなものを見せ付けられたらきっと気が狂う。
足早に文芸部部室へ。そこには、いるはずのない、朝倉涼子が、いた。 |
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Glasses
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「あらどうしたのこんなところに」
その微笑みは俺にとって恐怖の対象でしかない。
「お前こそ、なんで」
「私?文芸部に友達がいるの」
なんだって?それはまさか…。
「あの…」
背後に小さい声。振り向けばそこには長門がいた。寸分違わず、でも一点、長門はやめたはずの眼鏡をかけていた。
「ほら、あなたがそこにいると長門さん入れないでしょう?どいてあげたら」
よろけるように道をあける。でも長門は進まずただ俺を心配そうに見つめるだけだ。
心配そうに?長門が?まじまじと長門を見る。
すると長門は顔を赤くして俯いた。まるでただの女の子のように。
「女の子の顔をジロジロ見るのはマナー違反じゃない?」
朝倉の言葉にはっとする。
「す、すまん、長門」
「…」
長門までこんなに違って…待て、じゃあまさか…。
「長門、お前あの力はないのか?情報なんとかっていう…」
不思議そうな顔をされた。本当に知らないのか。
「ねえあなた、朝も変だったけど本当に大丈夫?」
長門とは違った質の心配の目で俺を見る朝倉。
俺はそこから逃げ出した。
いつもの習性か教室に戻ってきてしまった。もういい、授業を受けてからもう一度動く。そう決めた。
体がいつもの席に行きかけたがハルヒの姿を見て急制動。元谷口の席に向かう。
一度だけ、わずかな期待を込めてハルヒのほうを見る。
目が合った。でもそれだけ。
目が合ってもあいつに俺は見えていない。
午後の授業が終わる。
とにかく何とかしないと、と思い席を立つ。
「ダ~メ。あなた掃除当番でしょ。はい」
朝倉だった。ああそうか席が違うから気付かなかった。というか掃除当番の順番は変わってないのか。
「急ぎの用があるみたいね、早く終わらせましょう」
にっこりと微笑む。こうしてみると非の打ち所のない完璧人間だな、こいつ。
仕方ない。言われたとおりさっさと終わらせよう。そう思った矢先。
「谷口!行きましょ!」
ハルヒが谷口の手を取っていた。
思考に雑音が混じる。いや雑音しかない。わけがわからない。なんで俺はあそこにいない?
自分の席の鞄を取り教室を飛び出す。
誰かの咎める声が聞こえたが、ハルヒでないのなら興味はない。
家のベットに寝転がる。手をかざせばブルブルと震えていた。
こんな恐怖があるとは知らなかった。
皆が俺を忘れていることよりもハルヒが誰かの物であることが我慢できなかった。
「キョンくーん」
「…どうした?」
「元気ないけどなにかあったの?」
「…なあ涼宮ハルヒって誰だか知ってるか?」
「う~ん、わかんない、誰?お友達?」
「…おれにもわからない。………ちょっと外行ってくる」
「ご飯は~?」
「いらない」
ただ走った。走れば何か忘れられるんじゃないかと思って。
違う。本当は想像してしまったものを振り払いたかったんだ。
笑うハルヒ。手を取るハルヒ。隣を歩くハルヒ。腕の中にいるハルヒ。キスをするハルヒ。
そんなことと考えただけでどうにかなってしまいそうだった。
気付けばそこは長門のマンションだった。 |
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Dinner
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もしかしたらあれは長門でない誰かで、俺の知っている長門はここにいるんじゃないかと思った。
それがどんなに歪で情けないかを頭ではわかっていた。
マンションの入り口で長門の部屋の番号を押す。
「…入って」
同じような声。でも俺はこの時点で万に一つの可能性が潰えたことを理解していた。感情があったから。
部屋に通された。そこは俺の知っている長門の部屋そのものと言っていいだろう。
なぜ一人暮らしなのか。なぜこんな高級マンションなのか。どうやって生活をしているのか。
聞くべきことはいくらでもあった。でも俺が聞きたいことを知っている長門はいない。
「…」
「…」
二人ともずっと黙っている。長門は時折こちらをチラチラ見ているが、俺にはどうしようもない。
ピンポーンというチャイムの音。鍵を開ける音。「こんばんわー」という聞き覚えのある声。
「あれ?なんであなたがここにいるの?」
朝倉涼子だった。
朝倉は長門をしばらく見つめ「ふーん、そういうこと」と呟いた。
「ねえ、あなたもたべる?おでん」
にっこりと笑い、夕食に誘うのだった。
意味のわからない面子での食事。正直うまい。
それにわけがわからなすぎてどうでもいい気がしてきた。
妙に上機嫌な朝倉に理由を尋ねた。
「だって友達にやっとチャンスが回ってきたんだもん。ね~?」
長門を見る朝倉。なぜか長門は真っ赤になって俯いた。
食べ終わったので帰ることにした。
「また来てね」
朝倉は最後まで上機嫌で隣の長門をつついていた。
翌日学校に行くことにした。
まだ古泉に会っていない。長門ほどのことは出来ないだろうが何かしら知っているかもしれない。
教室に入ってもある一角は見ないようにしていた。
心が折れる、なんてものの実演なんて御免だからだ。
古泉がいるはずの教室。覗いて見ると…いた。
クラスメイトらしき女子と話している。
「古泉」
古泉が振り返る。やはり他人を見る目だ。
諦めたほうがいいかもしれない、と考えていると本人が近づいてきてしまった。
「何か御用でしょうか?」
物腰は変わらない。少しだけ安堵する。少し話をしてみる。
古泉は俺に、というかSOS団に関する記憶がないようだ。それは朝比奈さんもか。
まてよ、じゃあなぜハルヒと長門だけあんなに変わっていたのだろう。
「どうなされました?」
「あ、いやすまん。あー、涼宮ハルヒって知ってるか?」
「…はい、有名人ですから。文武両道、眉目秀麗。今は谷口氏との仲が半ば公認となっている涼宮さんですよね?」
相変わらず説明くさい。しかし、妙に詳しいな。
「多少の憧れがありまして、まあ勝ち目のない戦いですが」
「谷口か?」
「ええ、何せ涼宮さんが積極的ですから。僕には手の出しようがありませんよ」
見えないように拳を握り締める。やはり聞くのも辛い。
「ところで超能力に興味ないか?」
「え?超能力?」
その呆けた顔だけで十分だ。
「悪い、邪魔したな」
そういって教室から離れた。 |
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You can't do it
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昼にも色々行動してみたが何の収穫もなかった。
朝比奈さんに未来についての話題を振ったが「?」という顔をされた。
やっぱり違うのだ。
放課後、文芸部に向かう。ここが最後の希望だ。
ドアを開けると今日は長門一人だった。朝倉は苦手なのでちょうどいい。
「なあ長門」
「…なに」
感情がある。あの長門とは違う。
「何かヒントとかないかな」
「ヒント?」
「俺はどうすればいいかわからないんだ」
たぶん人に泣き言を言ったのはこれが初めてだ。
「私にはわからない」
「そうか、そうだよな」
「でも私はあなたにここにいて欲しいと思ってる」
そして長門は語り始めた。
俺と初めて会った日のこと。図書館でカードを作ったこと。ずっと見ていたこと。
「あなたが困っていることはわかる」
長門が近づいてくる。
「でも私には何も出来ない。だからせめて」
袖をきゅっとつかまれた。
「あなたの隣にいたい」
なぜ俺はここにいるのだろう。あれは全て夢だったのかもしれない。
違和感もある。けれどその多くはハルヒに関したことだ。
俺はハルヒのことなど、どうとも思っちゃいない。むしろ迷惑をかけられてると思う。
ここにいる長門はいつもの長門と違う気もするけど長門は俺を見てくれてる。
いくら俺だってわかってる。長門は少なからず俺に好意をもってくれてる。
ここで長門と二人で本を読んで過ごすのも悪くない。
むしろ俺の望んだ穏やかなる日常って奴じゃないか。
朝比奈さんや古泉、鶴屋さんは変わっていなかった。
能力なんて元々気にしてない。また友達になれるだろう。
ここで長門と過ごして、たまには古泉たちとも遊んで、それは悪くない未来だ。
想像しにくいが長門と付き合うことになるかもしれない。
長門のことは嫌いじゃない。むしろ好きだ。
感情がないように見えてその実いろんなことを考えてるってことは知っている。
眼鏡の奥で長門の瞳が俺を捉えて離さない。
気弱そうなこの長門がこんなに人の目をじっと見るなんてどれだけの勇気がいるのだろう。
机の上に入部届けが置いてあった。
俺に渡すつもりだったのだろう。
俺は長門から離れ椅子に座ってペンを持つ。
長門は俺をじっと見ている。
あとはここに名前を書けばいい。
だってしょうがないじゃないか。ここから抜け出す方法が見つからないんだから。
俺の人生はいつだってそうだった。
ないものは諦めてきた。
じゃあ諦めたっていいじゃないか。
そう、ないものはないのだから |
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But I can
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『なければ作ればいいのよ!』
ガツン、と頭の中で声が響いた。
なんで、お前は、いつもいつも、俺をムリヤリに引き戻すんだろうな。
わかっていた。さっきの未来の中にはハルヒはいなかった。
今のハルヒはきっと仲間になってくれないだろうから。
でもそれだけが理由じゃない。
今の、他のやつと一緒にいるハルヒを俺は見たくなかったんだ。
見ないようにしないと気が狂ってしまいそうだったから。
でもきっとそんなこと無駄だ。だって今だってあいつの顔が浮かんで離れないんだから。
「ごめんな、長門。俺はここにはいられない」
「え…」
驚きに目を見開く。
「…どうして」
絞り出すような声。心が締めつけられなかったかというと嘘になる。
「俺は涼宮ハルヒが好きで好きでしょうがないみたいだ。だからこんな世界は許せない」
長門は何も言わない。そりゃそうか。ずいぶんおかしなことを言っている。
「でもな」
長門には悪いと思っている。ここまでしてくれたのに、こんなにがんばったのに。
「お前のことは嫌いじゃない。…ついでに言えばお前はやっぱり眼鏡がないほうが可愛いよ」
呆然とする長門の横をすり抜け、部室を出た。
やらなきゃいけないことができたから。
とりあえず二人に話しをしてみよう。
「谷口!」
帰ろうとしている谷口を捕まえ、そのまま人通りの少ない場所まで連れて行く。
「おいおいなんだよ。愛の告白とかは勘弁してくれよ」
谷口は変わっていない。だから頼める。
「今日の夜、ハルヒをこの学校に呼び出してくれ」
谷口は驚いている。
「いきなりな上にわけのわからない頼みですまない。でも何も言わずに聞いてくれ」
「…あー、なんだかわからんが涼宮を呼ぶのか?」
「そうだ、あとお前はここにいないで欲しい」
「おいおい、人の彼女を夜中の学校に一人呼び出すってか?どう考えたってそりゃ…」
「変な事はしない!ただ…ただ…」
いろんな感情が混ざるけれど谷口を真っ直ぐ見る。
「話を聞いて欲しいんだ」
「…キョンもそんなマジな顔するんだな。…わかったよ。呼べばいいんだろ」
「ホントか!」
「ああ、…なんつーかさ、俺もなんか変だって思ってたんだ」
「変?」
「わかんねえけどよ。ここにいちゃいけない感じって言うのか?なんかムズムズしてたんだ」
「抽象的だな」
「でも共通してんのは涼宮のことなんだよ」
「ハルヒの?」
「今も付き合ってるってのがおかしいんだ。玉砕覚悟でいって、玉砕してるはずなのに。…何言ってるんだろうな、俺」
「いや、聞かせて欲しい」
「そうか?じゃあ…俺と涼宮がくっついてこようとするのもおかしいし、弁当作ってくるのだってもってのほかなんだよ」
もしかしたらそれはハルヒの反抗かもしれない。ハルヒの誰かの攻撃に対する反抗。
「一番おかしかったのは涼宮がお前を突き飛ばしたときだ。なぜかそんなことあるわけないって思った」
なぜか嬉しい。
「もったいないよな。あんな美人が恋人で、俺、まだまともに手すら握ってないんだぜ」
「3年間付き合ってて?」
「うるせえ、なんか嫌だったんだよ」
「…バカだな、お前」
「どうせバカだよ、俺は」 |
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Family name
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「どういうことよ。何であんたがいるの。谷口は」
夜の学校。校庭でハルヒとあった第一声がそれだった。
なぜかハルヒはポニーテールにしていた。長い髪だとやっぱり映えるな、なんてことを思った。
「落ち着けよ。ハルヒ、お前に話が…」
「馴れ馴れしく呼ぶなっ!」
「…わかったよ」
一つ思いついた。
「俺はお前のこと名前で呼ばない。代わりにお前は俺のことを『キョン』って呼んでくれ」
ハルヒは疑問符を浮かべていたが「まあ谷口もそう呼んでるし…」としぶしぶOKした。
「で、なんなのよキョン」
そう言った途端ハルヒは不思議な顔をした。俺の希望と期待が入った憶測なら『あまりに言い慣れている違和感』だと思う。
「話を聞いて欲しいんだ。俺の、もしかしたら夢かもしれない話を」
「はぁ!?なんであんたの夢の話なんか聞かなきゃなんないのよ」
「俺は3年前この場所で一人の女の子と出会ったんだ。その子の名前は涼宮ハルヒ」
ハルヒがビクッと立ち止まる。
「そして俺はそのときジョン・スミスと名乗っていた」
ハルヒの目が真剣なものとなった。
俺は事細かに手伝った内容を話した。
ハルヒは黙って聞いていた。自分の記憶と照らし合わせるように。
「…と、まあこんなところか」
一通り話し終え、ハルヒを見る。ハルヒは俯いていた。
「…嘘よ、ジョンなんているわけない。いるわけないもん!」
突然子どものように喚きだした。「嘘、嘘」と繰り返し呟いている。
お前は、そこを変えられたのか。お前の行動の根幹たるそれを。
どこの誰だか知らないが効果的なところを攻撃するもんだ。
ハルヒの支えを潰した。だからSOS団は作られなかった。
なぜハルヒを谷口に惚れさせたかはよくわからない。SOS団結成のきっかけを潰したかったのだろうか。
でも素直に恋人同士にならなかったのはハルヒの抵抗だろうと思う。
意にそぐわない気持ちを抱かされていることに周囲に違和感として伝えていたのではないか。
それゆえ谷口も踏み込めなかった。
谷口が人の気持ちを正しく理解できる純情な馬鹿野郎だったかもしれない。
あいつはちょっと間が悪いがいい奴だから。
しかしこういう解説みたいなものは古泉に任せたいもんだ。
俺なんかじゃ論理が破綻しているにも程がある。
さて、まだいやいやしているハルヒに決定的な言葉を告げよう。
「世界を大いに盛り上げるジョン・スミスとしてはお前に期待してたんだけどな」
その言葉を今ようやく思い出したようにハルヒは顔を上げた。
「え?なんで、あたし、なんで忘れてたの?言われたのに、あたしもやってやるって思ったのに、なんで?」
ハルヒは混乱していた。今にも泣き出しそうなほどに。だから
「なあ涼宮、学校に入ろうぜ」 |
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First name
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「ここからは夢ってことになるかな、お前と初めて出会ったのはこの教室だった」
ハルヒと一緒に教室に入る。今の記憶がどうなっているかは知らない。けど俺の思い出を語る。
今思えば、大切な、大切な記憶。なにせあの楽しい時間の始まりなんだから。
「お前の第一声には驚かされたよ。『東中学出身、涼宮ハルヒ。ただの人間には興味ありません。この中に宇宙人、未来人、異世界人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上』だったかな」
ハルヒはただ黙って俺の話を聞いている。一言一句聞き漏らさないように。
「あの時な、なんていうか世界が変わったんだ。色を持ったとでも言えばいいか。諦めちまった俺の前に決して諦めないお前が現れたんだ。あんまりに眩しくて、それからずっと気になってた」
ハルヒを見る。綺麗な目だと思った。揺れるポニーテールにも負けないほどに。
「自分を納得させたくてお前に否定的な意見ばかり言ってたんだ。けどお前は諦めなかった。まあただの意地っ張りだったかもしれないけどな。それでも俺はお前から目が離せなかった」
それが幼くて一途な思いの成れの果てだったとしても俺は心のどこかでそうなりたいと願っていたのだろう。
「そしてお前は言った『なければ作ればいい』ってな。きっかけは俺かも知れないけれど考えのもお前だし実行したのもお前だ」
ハルヒは俺の顔から目を離さない。見慣れた顔。ずっと見たかった顔だった。
「それが俺達SOS団の始まりだ」
夜の校舎をハルヒと一緒に歩き、文芸部部室へと向かう。
「お前は来た事がないかもしれないがな、俺にとっては我が家みたいなもんだ。なにせSOS団の部室だからな」
部室の前に人影、古泉と朝比奈さんだった。
「こんばんわ」
「あ、あの、こんばんわ…」
「二人とも、どうして。昼は来るなんて言ってなかったのに」
そう、思い出してもらう為にこの二人にも声をかけたのだ。結果はけんもほろろだったが。
「それが、なぜか行かなければならないと感じたんです。理由はわかりません。けれど行かなかったら確実に後悔する、と」
「わ、わたしもです。なぜか行かないとって思って。ううん、行きたいって思ったんです」
いろんなことを話した。ハルヒのこと、朝比奈さんのこと、古泉のこと。部室であったいろいろなこと。
部室を出て校舎を回る。いろんな場所に俺達の思い出があった。
3人とも神妙な顔で聞いていた。でも思い出し始めているという手ごたえはあった。
長門がいないことが気になったが、あいつなら大丈夫だと信じよう。
そうして体育館へ向かおうとしたときに気付いた。
学校の周りに薄い膜があって、空の色もおかしい。まるでハルヒと初めてこの空間に来たときのようだった。
「どうしたの?」
「後で話す。いくぞハ…涼宮」
手を取ろうとして思いとどまる。たしかそういうルールだ。宙に浮いた手がハルヒの手に掴まれる。
「え?ハル…じゃない涼宮。どうしたんだ」
「…名前でいいわ」
「え?」
「名前でいいって言ってんの!ていうか名前で呼びなさい!」
心なしか顔が赤い。その表情は紛れもなく俺の知っている涼宮ハルヒだった。
「ハルヒ」
口に出して震えた。心も体も。正直泣きそうだった。
「ハルヒ」
「うん」
「ハルヒ」
「…うん」
「ハルヒ」
「しつこい!」
そうだ、いつものハルヒだ。
「行くぞ、ハルヒ」
強く手を握って歩き出す。
体育館で文化祭の話をした。いきなり出てきたバニー姿のハルヒにどれだけ驚かされたか。しかもうまいもんだから…。
「あんたあたしの歌うまいって思ってたの?」
「あれだけ体育館の中の人間みんなが盛り上がってたら認めざるを得ないだろうが」
って待て。こいつ今、ライブのことを知っていた?自分では気付いていないようだ。…まあいい。
古泉の劇のことや朝比奈さんの喫茶店のことも話した。
二人とも何か悩んでいた。ハルヒの閉鎖空間も相まって思い出しかけているのかもしれない。 |
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Repair the World
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そのまま中庭へ。
「ここで来年の文化祭の話をしたっけな。そういえばあの時のお前はバカみたいだったぞ。自分で投げた草が…」
「言うなバカ!」
ハルヒに途中で止められた。やっぱり思い出してるのか。
「次で最後だ。行こう」
俺達は校庭に向けて歩き出した。
「なあハルヒ、聞きたいんだがまだ谷口のこと好きか?」
「え?そんなわけ、あれ?そうに決まって、あれ?う、くっ」
頭を抱えたハルヒの瞳から輝きが失われる。
よく見ればこのハルヒはハルヒに見えない。
改めて自分がどれだけハルヒの目を見ていたか理解する。
谷口の言う違和感もハルヒのこんな目のことを言っていたのかもしれない。
ハルヒをこんな風にした奴を許せそうにない。どんな目的であろうと。
「ハルヒ、さっきのは気にするな。俺だけ見ろ」
ハルヒの肩を掴み、目線を合わせる。
「あ?う、うん。えと、なんだっけ?」
「頼みがあるんだ。とりあえず校庭の真ん中へ行こう」
あの時は周りで神人が暴れてて大変だったな、なんて思い出しながら歩みを進める。
ふと学校の外の灰色の世界に人影が見えた。
なぜこんなところに、偶然なのか?と思って目を凝らす。
そこには朝倉だった。
恐ろしく無表情で右手をこの空間の膜に当てている。
その無表情はいつか殺されそうになった時とは別物だ。
あのときは無邪気さみたいなものがあった。ミスマッチさが余計に不気味だった。
だが今は、単に殺そうとしているようにしか思えない。
俺が武術の達人か何かだったら殺気とかそういうものを感じられたのではなかろうか。
でも一切動かない。だから止まっているのかと安心しかけた瞬間、世界が揺れた。
もしもあの朝倉が長門のような能力をもっているとしたらこの閉鎖空間を破ることが出来るのかもしれない。
ここはハルヒの心の中みたいなもんだ。それを強引に破ったら?嫌な想像が頭をよぎる。
どうやらそんなに時間はないらしい。
「ハルヒ、夢の話も次で最後だ。俺とお前は『ここ』で二人きりだったんだ」
「『ここ』?」
あたりを見渡すハルヒ。
「見ればわかると思うがここはまともな空間じゃない。お前が作ったんだ」
「…はぁ?」
「細か説明は省く。一つ言えるのはお前には世界を変えちまうとんでもない能力があるんだ」
この状況を打ち破れるとしたらハルヒの能力以外にはありえないだろう。
そして誰かに操られてたなんて知ったらハルヒはきっと怒るだろう。それに賭ける。
ハルヒの能力をどうしたかは知らないが、ちょっとやそっとのことでおさえられるこいつじゃない。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ。一体…」
「はいストップ。省略すると言っただろう。ここで大事なのは誰かが勝手に俺達、特にお前を変えてしまったということだ」
「なんですって…」
「誰が、どうして、は俺も知らん。でもお前は嫌われてたみたいだ。記憶を消した上、心をいじって勝手に好きな人を作らされてたんだからな」
「じゃあ…」
「谷口にはかわいそうだがあれは本当の気持ちじゃないと思う。なにせ谷口ですら違和感を覚えていたからな」
「許せない…」
「俺だって許せない。人の気持ちを勝手に操作するなんて間違ってる」
「…どうすればいいの?どうしたら元に戻せるの?」
「それは、お前がやるんだ」 |
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You love me
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「あたし?だからどうやるのよ!」
「お前がどうやって世界の改変なんてやってたかなんて知るか」
「頼りないわね…」
「でも見たことはある。その時のきっかけなら、できる」
世界にヒビが入ってきている。朝倉のやつ本気かよ。
「さっきも言ったがお前とここで二人きりになったことがある。その時の脱出法だ」
ハルヒの肩を掴む。ハルヒが俺を見ている。
「…そういえばお前、ポニーテールだな」
「え?あ、うん」
「どうしてだ?昨日は違ってたろ?」
「…なんとなく、そうしたいって思ったの。自分でもわかんないけど」
「…自惚れかもしれないけど、お前、俺に見つけて欲しかったのかもな」
「な!なんでよ、別に、あたしは…」
「ハルヒ、俺、実はポニーテール萌えなんだ。今のお前のポニーテールは反則的なまでに似合ってるぞ」
「え?…あ…」
霧が晴れたような、朝日が差し込んだような、そんな目をハルヒはした。ずっと見てきた俺だからわかる。
ハルヒの口が「キョン」と小さく動いた。
その口を俺はいつかのようにふさいだ。
前とは違い、その場で世界が巻き戻ることはなかった。
ゆっくりとハルヒから口を離す。
「あ…う…あ」
ハルヒは泣いていた。
「キョン、キョン、キョン、キョン!キョン!!キョン!!!」
俺にしがみつく。なぜか俺も泣いている。
なぜだろう。そうか、俺は嬉しいんだ。ハルヒがハルヒでいてくれて、嬉しいんだ。
「遅すぎる。こんなんじゃ人をバカだなんて言えないぞ、ハルヒ」
「うっさい!うっさい…バカキョン…」
そんなに抱きつくなよ。そんなにされたら俺も抱きしめたくなるだろうが、いやもう遅いけど。
世界が壊れかけている。けれど怖くはない。ハルヒなら、いやハルヒと俺なら怖いものなんてない。
ハルヒがそばにいて、俺を見てくれているこの安心感。認めざるを得ないだろう。
「ハルヒ、俺は、お前のこと…」
「待って、あたしから言わせて」
ハルヒは胸に手を当て
「キョン」
手を広げてまるで告白するように
「大好き」
告白した。
ハルヒの腕が俺の首に回され、キスされた。
こっちからは2回したけどされるのは初めてだな、なんて思っていた。
世界が歪み、正される。拡散し収束し、破壊し創造される。
きっと朝比奈さんや古泉、長門も元に戻る。
なぜ朝倉がいたのかはわからないが、そいつの思惑は大はずれだ。
俺とハルヒは無敵だ。今までもきっとこれからも。
世界が戻る。ぐるぐるまわる。
その途中で塞き止められた。
世界が止まる。 |
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Snow
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「よかった。間に合ったわ」
にっこりと笑う朝倉涼子がそこにいた。ただし、それは獲物を前にした殺人鬼の笑みだ。
「…なんで、だ」
「壁は強固だったけどね。元に戻る一瞬だけ空いたの。だからそこの時間にもぐりこんだの。涼宮さんは止まっていてね」
ニコニコと笑っている。ハルヒは凍りついたように止まっている。俺は自分の声が震えていることを隠せない。
「あなたと一緒だと涼宮さんはどんどん普通になってるんだもの。だから色々変えたのに、あなたのおかげで台無し」
はぁ、と物憂げな溜息。これは、あの朝倉ですらない。朝倉の姿をした別物だ。
「もうこの流れは止められない。だからせめてあなたは殺すわ。元の世界に戻ったらきっと涼宮さんすごいことになるでしょうね」
想像もしたくない。やっとお互いの気持ちがわかったってのに。
「ちょっと強引だけどしょうがないわよね。今回だって長門さんの処理が妙に遅くなっていた隙をついた偶然みたいなものだったし、2回目はできそうもないもの」
「長門が?」
「そう。何らかのエラーが蓄積していたみたい。何があったか知らないけれどこっちには好都合だったわ」
エラーの蓄積?あの繰り返す夏のせいだろうか。それ以外にあの長門がまいるような出来事は思いつかない。
「『この世界』ならいくらだって試せたのに。一度破られたらもう修復は出来ない。まさかあなた一人でここまでするなんてね」
「…なんで俺はいじらなかったんだ?ハルヒや長門を変えたお前なら簡単だっただろ」
「長門さんがあなたをかばったの。代わりに自分が変えられるのに。何考えてるかわからなかったわ。だってあなただけ正常でも何も出来ないのに。本当に性質の悪い不具合が発生したって思ったわ」
長門が俺をかばった?なんで。
「でもそれこそが正解だったのかもね。この結果を見れば」
朝倉は虚空からナイフを取り出した。
「じゃあね、今度こそ、死んで」
前の朝倉なら「死んで」のあとに「♪」がついてたぜ。この殺人鬼。
もうだめだと思った。以前だってダメだって思ったから。でも前は助かった。どうしてだっけ?
思い出した瞬間、音のない世界に雪が舞い降りた。
「な!?」
まるであの日の焼き直し。
夢の日が焼き直しなら、長門を信じたあの日もまた焼き直しとなった。
突然現れた長門はあの日のように右手で朝倉のナイフを止めていた。
違うのは左手、空いていたはずのその手には眼鏡が握られていた。
長門は驚いて硬直している朝倉の腹にその眼鏡を叩き付けた。
どんな魔法か、食らった場所から朝倉の体が消えていく。
「ここに来る前から準備していたの?はは、やっぱりあなたには敵わないわ。あんなに厳重にプロテクトをかけたのに」
「違う」
「違う?なにが違うの?あなたの勝ちでしょ?」
「わたしだけで勝ったわけじゃない」
長門はそのまったく動かない瞳の奥に何かを宿して告げる。
「勝ったのはわたし達。あなたなんかにわたし達は負けない」
まるで青い炎のようだった。
朝倉は消えた。長門は膝をつく。
「っ!大丈夫か長門!」
抱き起こす。ここまであの日の焼き直しかよ。
あの攻撃は長門にとってもギリギリのものだったのだろうか。長門は身じろぎ一つしない。
「大丈夫」
ようやく聞いた声は自らの無事を示すもの。辛いだろうにこいつは何時だってこうだ。
「無理なら無理って言っとけ」
「大丈夫、思い出したから」
長門は続ける。
「大丈夫、あなたもわたしも涼宮ハルヒも朝比奈みくるも古泉一樹も、世界も、みんな大丈夫」
気付けばゆっくりと世界の再生が始まっている。
こいつは何時だって俺達を助けてくれる。
自分の意思でSOS団を守る為に。
だって長門はSOS団の一員なんだから。
長門はじっと俺を見ている。
さっき告白されたばっかりで悪いが他の女を褒めるぜ、ハルヒ。
「やっぱり眼鏡はないほうが可愛いぞ、長門」 |
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I love you
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目が覚める。
カチカチと時計が鳴っている。
周りは暗い。心臓の音だけがバクバクいっている。
携帯電話をみれば午後二時。
少し時間は遅いが俺のすることは決まっている。あれが夢であろうとそうでなかろうと。
ハルヒは1コールもせずに出た。携帯を握り締めて待っていたのかもしれない。
まったく俺が電話しなかったら一晩中待ちぼうけだぞ。
制服を着てハルヒを待つ。体感的には長い長い時間の後ハルヒがやってきた。何も言わなかったのに制服だった。
夜の学校で制服で二人きり。3度目ともなれば焼き直しでなくアンコールとでも言うべきかもしれない。
「よう」
「…ん」
なにか言いたそうなハルヒ。でも前ふりなんていらない。
「1回目はうやむやのまま」
「え?」
「2回目はお前が言ってからだったな」
「あ…」
明るい顔、こんなハルヒの顔が見たかったんだ。
「だから3回目は俺から言おう。好きだ、ハルヒ。俺とずっと一緒にいてくれ」
「あ…うん!」
ハルヒは泣きながら笑うという器用な真似をして俺の胸に飛び込んできた。
そして見つめあい
「もう絶対忘れないから」
「もう絶対離さないから」
そう誓ってキスをした。
翌日以降みんなに俺達が付き合いだしたことを告げた。
みんな祝福してくれたし、それで俺達の間になにか起きるというわけでもなかった。
あの夢のことは話題にすら上らない。
いつもどおり部室に集まったし、休みの日にはみんなで出掛けた。
記憶の消失に人格改変、そんな目に合ったって俺達はどうにかできたんだ。
だったらきっと大丈夫。
俺達はSOS団なんだから。
「ほらキョン、遅いわよっ」
眩しいくらいに笑うハルヒを俺はいつだって追いかけるのだ。 |
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