|
猫は同じ夢を見るか
|
|
「あけましておめでとうございます」
あの癒し系ボイスを聞けると意気揚々と部室に乗り込んだ俺の鼓膜を震わせたのは囁くような男の声だった。
「なんだ古泉、お前しかいないのか」
「できればあいさつで返して頂きたかったですね」
そんなもの元旦のその日にしたというのになぜ一週間もたってまだ言わなけりゃならんのだ。
元旦からハルヒに呼びつけられたことを俺は忘れてないぞ。
「気分の問題ですよ」
「気分で言うなら俺は朝比奈さんに挨拶してもらいたかったよ」
「まあまあ、涼宮さんはいかがでしたか?」
いかがも何も昨日だってSOS団団員はハルヒからの集合命令を受け宿題チェックをかねた勉強会を開いたばかりじゃないか。悪い意味で主役は俺だったわけだが。まあ古泉にとってハルヒの安否確認は仕事だからな。
「今朝から無駄に元気だよ。むしろ少しは大人しくして欲しいもんだ」
古泉はなるほど、と頷きながら何かを思案した顔をする。
「なんだ、何か問題でもあるのか」
「いえ、懸念というほどでもない僕の妄想です」
どうしてこいつは無駄に気になる言い方をするんだ。そんなこと言われたら聞かざるを得ないだろうが。
「……涼宮さんはまた一年を繰り返すのではないか、などと思っていました」
何を言い出すやら、そのネタは夏休みに使っちまってるぞ。
「涼宮さんにとって4月から、いやあなたと会ってからの一年はとても楽しいものだったでしょう」
「なんで俺だけなんだ。それを言うならSOS団を作ってからだろ」
「しかし楽しい時間もいつか終わります。今年は朝比奈さん3年生となり今までどおりの活動は出来ないかもしれません」
「無視かよ……まあそうなるのかもな」
「そのとき涼宮さんは願ってしまわないでしょうか、この楽しい時間がずっと続けばいいのに、と」
「思うだろうな」
珍しいものを見た。古泉がポカンと口をあけている。このアホ面を女生徒にも見せてやりたいね。
「……それではあなたは夏休みのように繰り返してもいいとおっしゃるんですか」
苛立ちを含んだ声。まったく、何を焦ってるんだか。
「戻さない、あいつは。少なくとも俺はそう思う」
「それは矛盾しています。楽しければ楽しいほど涼宮さんは……」
「それを嘘にしたくないと思うだろうな」
「……え?」
「どんなに楽しかろうと、いやだからこそ、その思い出を大切にしたいと思うだろうさ。そして未来はもっと楽しいことがあると思うに決まってる。それが涼宮ハルヒだ」
古泉は絶句している。俺は言いたいことを全部言った。ならあとは古泉次第だろう。
「……なるほど、それは正論だ」
噛みしめるように呟く。俺を見る目はまるで眩しいものを見るかのようだった。
部屋の隅で黙って本を読んでいた長門もいつの間にか俺を見つめていた。
「あけましておめでとーみんな!さ!今日は何しようかしらね」
だからあけましては聞き飽きた、が文句を言うとハルヒの機嫌が悪くなりそうだったので黙っておく。
「たまには休みにしないか?正月からここまでまるで休みがないじゃないか」
「なに気の抜けたこと言ってるのよ!いい?あたしのSOS団の予定はもう来年まで決まってるんだから!」
古泉に「な?」と目で合図する。
古泉は苦笑いに似た顔で肩をすくめた。
正月から来年のことを考える、こんな鬼も苦笑いせざるを得ない大馬鹿野郎が今年をもう一度なんて思うはずがない。
「じゃあ新春恒例かくし芸大会と行きましょうか。まずはキョンから」
だがハルヒのめちゃくちゃを認められるかというとそれはまた別の話。
「恒例でもないし、かくし芸なんてものをいきなり用意できるわけないだろ、却下だ却下」
4月、いままでとは違う教室で今までどおりに俺の後ろの席でのんびり居眠りしてる奴を眺める。
わかったろ、古泉。こいつはこういう奴なんだよ。
ハルヒの頭を撫でてみる。手触りは極上。う、にゅ、と猫のようなうめき声を上げるハルヒ。
窓から降り注ぐ日の光は暖かな春のものだった。
|
|
|
|
|
|
|
|
|
|