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無題(今日は春休み初日…)
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今日は春休み初日だ。だが例によって我がSOS団は休みでも何でもない。
俺はいつもより少し遅く家を出て、のんびり登校することにした。
まぁ、小春日和のこんな日だ。心にも余裕を持って行動したいね。
校舎から部室棟に続く渡り廊下で、文芸部室の窓に目をやるとハルヒの後ろ姿が小さく見えた。
我が団長さんはいつもの登校時間でご出勤の様だ。
「遅いわよ!キョン!春休みだからってだらけてんじゃないわよ!」
朝の挨拶も無しに、耳に優しくない高周波で喚き散らかすハルヒ。
他のメンツも皆揃って・・・いなかった。
「朝比奈さんはどうした?」
「進路指導かなんかの説明会だって。さっき顔を出してすぐに教室に向かったわ。」
「ふーん・・・・3年生ともなると大変なんだな・・・。」
俺は素直に感心していた。あの朝比奈さんも来年は卒業だ。そうするとこのSOS団はどうなるんだろう?
朝比奈さんに代わる新しい人材を育成するのか?それとも、このメンツで卒業までやっていくのか?
ハルヒや古泉は進学だろう。俺はおそらくこいつらと同じ大学には進めない。
俺はその大きく暗い壁の様な現実を、今やじんわりと認識していた。
そう、こいつらと離れ離れになる日も、そう遠くない未来に必ずやってくる。
その日にハルヒは何処へ行くのだろう?
そして俺は・・・
長門はいつもの様に洋書を読みふけっている。こいつはおそらく未来も過去もこのままだ。
古泉は俺の対面でいつもの様に薄っぺらい笑みを浮かべている。
俺は自分で煎れた茶を啜って、古泉と囲碁板を挟んで対峙してる。
そんなとき、誰かが部室のドアを弱々しくノックした。
「どうぞ」
いつもより柔らかいハルヒの声でドアが少し開くと「新聞でーす」と女子の声がして、ドアの隙間から朝刊が入ってきた。
・・・碁石を指先からこぼしたじゃないか。
なんだこれは?
何故こんな場所に新聞が?
ひょっとしてこれは、何か良からぬ予言事の書かれている不吉なあの新聞なのか?
「なにくだらないこと言ってんのよ」
俺が青ざめていると、ハルヒが自分からその新聞を拾いにやってきて、俺たちの前で広げ始めた。
「なんだ、普通の新聞じゃないか。うちでもとってる地元の新聞紙だ。でもなんで普通の朝刊が
このSOS団の部室にわざわざやってくるんだ?」
「新聞部の子に配達してもらってるのよ」
と、何を簡単なことをいちいち訊くのかと言わんばかりに答えてくれるハルヒ。
面倒なのでそれから先の突っ込みは俺の心の中でドブ川に捨てた。
テレビ欄は読まずに、いきなり社会面から読み始めるハルヒ。
そしてページを逆に辿って、どんどん前の方に読み進んでいく。
俺は、古泉が長考に入った間にチラシに目を通していた。
朝比奈さんがいれば、制限時間を計測してくれるのだが・・・。
「概ね、たいして面白そうなニュースはないわね。」
こいつの面白そうなニュースってどんなのだ?六甲の山中に大型の猿人の足跡が発見されたとか、
どこぞの田園地帯に謎のミステリーサークルが出没したとか、そんな類のニュースか?
と、ぼんやりチラシを見ていたら横からハルヒが
「なに?そのチラシ・・・・『ハネムーンは地中海』?」
どうやら、旅行業者のチラシらしい。写真には真っ青な空と海、純白色の建造物。
そんなイメージが描かれている。
「いいわねぇ地中海。イタリア、ギリシャ、トルコのイスタンブール・・・・・」
ふーん、お前でもそんな乙女な想像に浸ることがあるのか?
「そりゃあ、あるわよ。アンタは新婚旅行で行くなら何処がいいの?」
いきなり訊かれた。
「うーん、そうだなー・・・・オーストラリアとかいいかなー」
「ふーん。でも私はやっぱイタリアとかがいいわ!」
「いやほら、オーストラリアとかも面白いかも知れないぜ。コアラとかカンガルーとか・・・」
「いや!イタリアよ!水の都ベニスにローマでの休日。イタリアにしなさい!」
「なんだよそれ、俺の意見を全然反映してないぞ!」
ちょっとムキになったが、新婚旅行なら相手の意見も少しは聞き入れるべきじゃないのか?ハルヒよぉ。
「だめ!本場のイタメシは譲れないわ!」
端からは長門がしらけムードで見ている。ああそうだろう、バカップルとか言いたいんだろう。
俺はとっくに気付いていたが、ハルヒが全く気付いてないので余計に調子が狂う。
なんせ「ねぇキョン、イタリアにしましょうよ~」とか、嘆願する始末。バカ、いい加減気付けよ。顔が赤くなるじゃないか!
古泉もニヤついてないで、何とかしてくれよ!
「そうですね。オーストラリアで海外婚をしてから、イタリアに新婚旅行というのはどうでしょう?」
・・・お前にふった俺がバカだったよ。ハルヒはその御意見に感心したのか、目から鱗出してるっぽい。
そこへ、部室のドアを急に開け放って、救いの天使が登場。
「え~っ?イタリアに行くんですか~!?いつ?なんで?わわわたし、パスポートとかどうしましょう!」
朝比奈さん、今回ばかりはアナタの勝ちです。
ハルヒも、「あっ」と小声で言ったあと、ばつが悪そうに顔を背けて自分の席に戻ってしまった。
古泉はこれ以上ないほどの笑顔でそんな様子を傍観している。
長門も付き合いきれないという様子で、本を黙々と読んでいる。
「い、い、イタリアって何語ですか?私、外国語って英語以外は麻雀用語しか知らなくて・・・」
いいんですよ朝比奈さん。そんなに場を和ませてくれなくても。
いつしか、俺や古泉、ハルヒが大笑いを始め、そしてなんと長門までも薄く笑っている様に見えた。
「なんで皆さんそんなに笑うんですか~~」
こんな日常がいつまで続くのか解らないけど、俺たちの進路がどう決まってもきっと俺たちは
いつまでも一緒に笑い合っていられるんじゃないか。そう思える様な、春の一日だった。
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