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様
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ハルヒが勉強を見に家に来た。そのついでと言ってなにやら持ってきた。
どうもアニメらしい。最近流行っているそうだ。オープニングの歌なんかがオリコンなんかでも上位に来るとか。
女の子達(そうは見えないが高校生らしい)がわいわいやっていた。
「マニア向けのあるあるネタが多いらしいわ」
マニア向けのあるあるネタとはもはやあるあるではないのではなかろうか。
「それにしても何が面白いのかしら」
持ってきた本人もよくわかっていなかったらしい。
「俺にもどこら辺が面白いのかよくわからんが、人気があるのは結構なことじゃないか?」
「面白いものを見過ごしてるみたいでなんか嫌なのよ」
まったくわがままなこった。他人が楽しんでるのに自分が楽しめないのが不満なのか。
「あったり前でしょ!SOS団はこの世のすべての面白いものを集めるんだから」
俺の知っている目的と違っている気がする。
「SOS団の目的が一つだなんて言ってないでしょ」
きっと今決めたのだろうがあえてつっこむまい。つっこんだら文句言うだろうしな。
面白さがわからないせいかハルヒがだんだん不機嫌になっていく。
「そんなイライラするなよ。絵が綺麗だからそこらへんを楽しめばいいじゃないか」
「でも…あれ?」
てーてーてれってーてー、てん♪と言う音ともになにやら始まった。
同じアニメ内の別コーナーみたいなもんらしい。
ぶりっこアイドル風となんだか聞いた声の男のアシスタントがでてきた。
しばらく見ているとアイドルが豹変した。毒舌かつ傲岸不遜。どこかの誰かを思い出すね。
アシスタントのほうは平身低頭。とにかく頭を低くしてアイドルに従っている。哀れな。
「…これよ」
ハルヒが呟いた。背中に悪寒が走る。ああきっとろくなことが起きない。
「このキャラ結構面白いじゃない。今度からあんたもこうしなさい」
まさか女のほうではありえまい。ってことはつまりこの男のほうか?
「じゃあなにか、俺はお前にですます口調で話してあまつさえ『ハルヒ様』なんていわなけりゃいけないのか?」
「…」
「ハルヒ」
「もう一回言って」
「え?ですます口調で話せって…」
「その後!」
「『ハルヒ様』なんて…」
「それよ!いいじゃないハルヒ様、あんたみたいのはそれくらい敬意を表すべきよ」
ハルヒのテンションがすごいことになった。そんなに呼ばれたいのか、こいつ。
「もう一回言って」
「…ハルヒ様」
「うんうん、もう一回」
「ハルヒ様」
「もう一回」
「ハ・ル・ヒ・様」
「もう…」
「いい加減にしろ!」
「何よの態度…って、あ!」
時計を見て慌てるハルヒ。
「時間ないわ。今日は用があるからこれで帰るけど学校でも使いなさいよ。じゃあまたね」
嵐のように去っていくハルヒ。マジかよ。
呆然としているとつけっぱなしだったアニメが目に入った。
女の子が様付けされて照れていた。
これは…使えるかもな。
教室に着くと朝から元気なクラスメイト達のざわめきに包まれる。
そんな中、俺はハルヒに挨拶した。
「おはようございます、ハルヒ様」
シン、となる教室。みんなが目を丸くしてこっちを見ている。いや、目を丸くしているのはハルヒもだった。
「…あんた何言ってんの」
「ひどいですよハルヒ様。ハルヒ様がそう言えって言ったんじゃないですか」
ようやく思い出した様子のハルヒ。
「あんた、本気?」
「本気ですよ、ハルヒ様」
ハルヒは「そうだったわね」と機嫌がよさそうだった。教室はふたたびざわめいていた、おそらく俺たちの話題で。
その後もですます口調に様付けしていた。
ハルヒは始めこそ自慢顔だったがいつしか不機嫌になっていった。
「ねえキョン!さっき気づいたんだけど」
「なんですかハルヒ様」
「うん。えっとね。あたし達は絶え間ない努力を重ねてきたけど人不足は否めないわ」
「はい。なるほど」
「だからもう少し絞込みを行って…」
「ハルヒ様はすごいですね」
「…む」
「どうしましたハルヒ様」
「なんでもない!」
部室に着く。他のみんなはもう集まっているようだ。
「みくるちゃんお茶頂戴」
ハルヒの声に答えて「はいはい~♪」と楽しそうにお茶を入れる朝比奈さん。
朝比奈さんがお茶を入れ終わったところで「俺に持っていかせてください」とお盆を受け取る。
?マークが浮かぶ他の面々を無視してハルヒの元へ。
「ハルヒ様、どうぞ」
渋い顔で受け取り一口。朝比奈さんに向かって「おいしいわ」と一言だけ声をかけた。
俺は無視か、と思うが気持ちはわかるのでおとなしく席も戻る。
「なにかの罰ゲームですか?」
古泉が話しかけてくる。そりゃまあ気になるだろうな。軽くあらましを話してやる。
「なぜそんなことを?涼宮さん自身忘れていたようですし、なぜわざわざ」
「敬意のない尊称なんてのはただ距離感を感じるだけってことだ」
「…つまりあなたがあのような呼び方をすることによって涼宮さんは距離感を感じると?」
「そうだよ、昨日まで普通に話してた奴が急に敬語になってたら気持ち悪いだろ?」
「それであなたに何の徳があるんですか。涼宮さんとの距離は開く。ついでに言えば閉鎖空間発生の可能性も高まる」
「あいつにわからせるためだよ。下手なわがままはろくなことが起きないってな」
古泉はクスリと笑いながら「あなたは優しいんですね、その上心配性だ」なんておかしなことを言っていた。
パソコンとにらめっこしているハルヒの元へ近づく。
「ハルヒ様、なにか見つかりましたか?」
不機嫌そうに睨みつけてきたハルヒが泣きそうな顔に見えたのはおそらく錯覚だろう。
「なによ、別にあんたなんかに用はないわ」
こいつは自分が言ったこと引っ込めるのヘタそうだからな。仕方ない、手を貸すのは少しだけだぜ。
「なんつーか『様』付けってのは疲れるな、…ハルヒ」
はっとした顔で俺を見つめるハルヒ。名前を呼び捨てされたくらいでそんな嬉しそうな顔するな、バカ。
「っ!しょうがないわね、あんたが嫌って言うなら『様』をつけなくてもいいわ。あたしは別にいいけど」
「…ま、いいか。そんなとこだろ、勘弁してやる。ありがたく思えよハルヒ」
「な!?何よその上から見るような言い方!あたしが許してあげたんだからね!」
「はいはい。わかったよ」
「『はい』は一回!…………………キョン」
「なんだ?」
「……………もう一回言いなさい」
さて何のことだろうか。まあ思いつくのは一つだ。はっきりと言ってやろうじゃないか。
「ハルヒ」
ハルヒはぷい、と顔を背けた。顔が赤いのは気のせいじゃないよな? |
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様 アフター
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昨日は散々名前を呼ばされた。
調子に乗りすぎたなあいつは。
「答えるほうも答えるほうですけどね」なんて古泉は言っていたがどう考えたって言わせるほうが悪いだろ。
今日は少し厳しくいこうかと考えながら学校前の坂を上る。
いつも坂を上っている間だけハルヒの能力が欲しくなるな。
「おいキョン」
振り返れば谷口がいた。
谷口は熱い目で俺を見つめ、肩に手を置いてきた。
「なんだ気持ち悪い」
「お前は…お前はついに身も心も涼宮の奴隷になっちまったんだな」
「いや、あれは…」
「言うな!言わなくていい!俺はわかってる!何も言わなくていいんだ!」
なんなんだこのテンションは。
ああそういえばこいつの声、あのアシスタントの声に似てる。そんなことに今気づいた。
「キョン、俺はお前を応援してるからな。こんなことでくじけるんじゃないぞ」
古泉ばりに顔を近づけてくる谷口。暑苦しい。
「何やってんのアンタたち」
聞こえたのはハルヒの声。
「うぉ!?涼宮!?」
身構える谷口。
やれやれ、と思いながら「よお、ハルヒ」と声をかける。
谷口の怪訝そうな顔は「うん。おはよキョン」というハルヒの声で驚愕の顔へと変わった。
「変なふうになってるわよ」
とハルヒが服を直してくれた。そこまでしなくてもいいのに。
「いいでしょ。あたしが勝手にやってるの」
谷口は硬直したままだ。仕方ない、置いていこう。
「キョン、今日はお弁当?」
「いやパンでも買って食うつもりだ。珍しくお袋が寝坊してな」
「ふーん、じゃあちょうどいいわ。パンは買わないでいいから」
「なんでだ?俺に飯を食うなってのか?」
「バカ、そんなわけないでしょ。…今日はお弁当作りすぎちゃったから分けてあげるって言ってるの」
ふむ、パン代が浮くのも助かるし、なによりハルヒの料理の腕は悪くない。
「じゃあ遠慮なく頂くよ」
「それでいいのよ。変な遠慮なんかしてたら分けてあげないつもりだったんだからね」
本気だろうか。いやたぶん照れ隠しだろう。
「で、言うことあるんじゃない?」
なんだろう?何か面白いことでも言えと言うのだろうか。…わからん。普通にいこう。
「ありがとうな、ハルヒ」
ハルヒはまた、ぷい、と顔を背けた。正解かどうかくらい教えてくれてもいいと思うがね。
そんな会話をしたあたりで背後から谷口の声が響いた。
「な、なんでだぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーー!!!!!」 |
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