涼宮ハルヒの催眠術
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いつも通りまったりとした時間が過ぎていく放課後の部室。しかし、
「はいっ、みんな注目っ!」
この穏やかなる時間をぶち壊すのは、いつも通り涼宮ハルヒである。
「今日はみんなのSOS団に対する忠誠心をテストするわっ!」
「…どうやってだ」
誰も質問をしようとしないので俺が質問する。
「催眠術よ。これでみんなの本音を聞きだすのよ!」
「アホかお前は」
「あ、何よその言い方。それじゃ、まずはあんたが実験体ね!後で後悔しても遅いんだから!」
そう言いつつハルヒはどこから用意してきたのだろうか、占いで使いそうな振り子を俺の目の前にぶら下げて、
「いい?この振り子をよく見てなさいよ?…あんたはあたしの命令に逆らえなくなーる、逆らえなくなーる…」
などと言いながら振り子の先を左右に動かす。そんなのでは3歳児すら引っかからないと思うのだが。
「…よし、まあこんなもんね。キョン、まずはあんたの名前と生年月日を言いなさい」
一応正直に答えてやった。別にこんなこと隠す必要もないしな。
「うん、合ってるわね。それじゃキョン、あんたエロ本は何処に隠しているの?正直に言うのよ」
おい、なんで俺がそんなこと言わにゃならんのだ、と思っていたのだが…
「ベッドの下だ」
…ちょっと待てっ!なぜに白状してるんだ俺!
「有希、そうなの?」
「そう」
長門は本に目を落としたまま答えた。なぜ長門に聞くんだハルヒよ。
そして長門、なんでおまえがそんなことを知ってるんだ?
朝比奈さん、お願いですからそんな目で見ないで下さい。俺だって一般的な高校生男子なんですから。
…それにしてもあんなヘッポコな動作で暗示にかかるとは思わなかった。これもハルヒパワーの賜物か?
「ふふーん、どうやら本当に催眠術にかかっているみたいね。
さあ、これからが本題よ。キョン、あんたのSOS団への忠誠心を見せてもらうわ」
実に嬉しそうな顔で喋るハルヒ。
「うーん…そうね、まずは団長であるあたしのことをどう思っているの?洗いざらいぶちまけちゃいなさい」
…すぐに思いついたのは迷惑女とか暴走女とかそんなネガティブな回答だ。
そんなことを言おうものなら団長様の機嫌が急降下するのはまず間違いあるまい。
古泉のバイトがまた1回増えそうだが、まあ古泉だし別にいいか。
「…わかった、じゃあ言うぞ?ハルヒ、俺はおまえのことが…好きだ」
部室内の時間が数秒ほど停止した。
俺の突然の告白に全員の沈黙が続く。…この雰囲気をどうしたらいいのだろうか?誰か教えてくれ。
重苦しい空気の中、最初に言葉を発したのはハルヒだった。
「な、何バカなことを言ってるのよ、キョン。どうせあたしを騙そうと…」
「冗談なんかじゃない。本気でお前が好きなんだ」
…そりゃまあハルヒのことは嫌いじゃない。だが別に好きというわけではない…はずだ。
しかしそんな言い訳を脳内で考える俺を無視するかのように俺の台詞は止まらない。
顔を赤くしている朝比奈さんと興味を惹かれたのか交互に俺とハルヒの顔を見比べている長門、
相変わらずニヤケ面の古泉が目の端に映る。
「実を言うとあの自己紹介のときから気になっていた。…ほとんど一目惚れみたいなもんだな。
あ、勘違いするなよ?言っとくが俺はお前の外見だけが好きなわけじゃない。
実際、ハルヒと話すようになってからますますお前に惹かれていったんだから」
「な、ななな…」
「お前の思いつきはいつも俺を疲れさせるし、正直SOS団を辞めてやろうかと思った時もあった。
でもハルヒの輝くような笑顔を見ていると、そんな下らん考えなんざ吹っ飛んじまうんだよな」
「あ、う、うあ……」
「俺が入院したとき、お前はずっとそばについていてくれたんだってな。
その時は意識不明で覚えてはいないんだが…あの時はありがとう、ハルヒ」
…と、止まれ俺!頼むから止まってくれーっ!
だがそんな俺の理性による制止も全く効果がなく、さらにハルヒへの愛の告白は続く。
「…他の奴らはお前のことを『黙っていれば可愛い』なんて言うが、俺はそうは思わん。
俺はな、いつでも元気一杯で無限の行動力を持っていて、誰よりも負けず嫌いで、
でも本当は誰よりも優しくて周りを元気にする笑顔をいつも振りまいている、そんなハルヒが好きなんだ」
「………」
ハルヒは顔を真っ赤にして俯いている。そんなハルヒも結構かわ…
「なに照れてるんだよ、お前らしくない。でもな、そんなお前も可愛いぜ?」
な、何今思ったことを正直に言ってるんだ俺のアホ!大体そんな台詞は俺のキャラじゃないだろうが!
「…つーか、お前は可愛すぎるんだよ!何度ハルヒのことを抱きしめようと思ったか、
あまりに多すぎてとてもじゃないが数えられないね!」
待て待て待て待て、何突然暴走しているんだよ!お、落ち着け俺、冷静になるんだ!
横目で他の団員の様子を見てみる。…朝比奈さんは首まで赤くして耳を塞いでいる。
長門はもう付き合ってられないといった感じでこちらから完全に顔を背けてさっきまで読んでいた小説の世界に戻っている。
口をあんぐりと開けて呆然としている古泉なんて初めて見た。
「ハルヒ、ずっと俺のそばにいてくれ!むしろ今すぐ結こn」
「ス、ストップ!ストーップ!!いいいいい加減にしなさいよこのエロキョン!」
さらに顔を赤く染めたハルヒが大声で俺の言葉を遮った。
「そう思うんだったらさっさと催眠術を解いてくれ!言ってる俺だって滅茶苦茶恥ずかしいんだから」
これは本心からの言葉だ。頼むから俺を止めてくれ。
ハルヒは催眠術師が暗示を解くかのようにパチンと指を鳴らす。
…あまり変化が感じられないが、どうやら俺にかかっていた恐怖の呪いが解けたようだ。
「も、もう!今日は解散!!あ、キョンは残りなさい。あたし自ら厳罰を下すから!」
顔を真っ赤にしたままハルヒはそう叫んだ。
「…キョン、あんたは団員の前で団長たるあたしを不当に辱めたの。覚悟はいい?」
3人が帰った後でハルヒは俺にこう尋ねた。
…もとはといえば遊び半分で催眠術なんぞかけたお前が悪いんだろうけども、
今回に限ってはみんなの前で暴走した俺が悪いな。…仕方あるまい、どんな厳罰でも受け入れてやる。
「いい、キョン?あんなこと言ったからには…せ、責任とってあたしと付き合いなさい!
それから、あんな恥ずかしい台詞を人前で言うのは今後絶対禁止だからね!」
「ああ、わかったよ。…ところでハルヒ、お前の返事を俺はまだ聞いていないぞ。
ちゃんと正直に答えてくれよ?…俺のことをどう思っている?」
「え?あたしはその、い、言わなくてもわかるでしょ!?まあ、キョンがどうしてもって言うんなら…
あたしも、キョンのことが…大好きよ。…こ、これでいいでしょ!?ほらもう帰るわよっ!」
その後は2人で下校した。下校の途中、俺はふと気になったことをハルヒに訊いてみた。
「なあ、恥ずかしい台詞をさっき人前では言うなっていってたけど、じゃあ2人きりのときならいいのか?」
「……!……う、うん///」
…時々リクエストに応えてやることにしよう。今度は暴走しないように気をつけないとな。 |
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派生作品
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キョンの催眠術
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ハルヒの不思議パワーのせいか、子供だましのような催眠術にまんまとかかってしまい、墓場まで盛っていくとかたく誓った諸々まで、「本心」をあらいざらいぶちまけて、一世一代的告白をやらかしちまった顛末については別に語ったので、ここでは繰り返さない。
ああ俺を殺してくれ、とか、誰か夢だといってくれ、とか、死ぬまで離さない、だとか、いった感慨やら嘆きやらが、どこかのマヌケ面から漏れでた件についても同様だ。察してくれ。
とにかくたくさんのものが音を立てて崩れ、多くのものを失ったその男は、引き換えというなら余りあるものを手にいれたのだ、とだけ記しておこう。ああ、幸せだとも。悪いか。
しかし問題はまだあったのだ。
「涼宮さんは、あなたに告白を強要してしまったのではないかと思って、不安になっておられます」
涼宮ハルヒ心理の自称第一人者であるニヤケ男がそう切り出した。強要って、「無理やり言わせた」という意味なら、そのとおりだったぞ。おまえもその場にいたろ。
「そういうことではなく・・・・・・。言わされたのは無理やりでも、言った内容と自分の本心が矛盾しないことは、われわれも、あなた自身もご存知のとおりです」
なんだ、ご存知のとおりって。
「しかし、涼宮さんは、そうではない。無論、あなたの気持ちは、彼女自身、知ってはおられた。ですが、『思ってもいないことを無理やり言わせてしまった』のではないかという疑念もまた拭いされない。そうした相立たない矛盾した思考と感情の引っ張り合いに陥っておられる、いわばこういった状態とでもいいますか。おや、どちらへ?」
トイレだ。おまえの話は相変わらず長いし、今日は冷える。
「すみません。ですが生理的欲求の充足をしばし遅延していただけないかと。ああ、つづきは長門さんにお願いします」
うなずいた長門は、いつかのような明朝体と呼ぶしかない書体で文字が書いてあるだろうもの(折たたまれたレポート用紙)を俺に突き出した。
「何だ?」
「涼宮ハルヒを催眠誘導するための手続きと暗示スクリプトを書いたもの」
ありがとよ。いつも世話になるな。って、今、なんて言った?
「涼宮ハルヒを催眠誘導するための手続きと暗示スクリプトを書いたもの」
古泉は余計な話が長すぎるが、長門のは短すぎる。というか、ない。なさすぎる。
「あー、聞いていいか。誰が誰を催眠・・・誘導するって?」
「あなたが、涼宮ハルヒを」
「なぜ?なんでそんなこと?」
長門は首をわずかに傾け、自称ハルヒ心理専門官を見る。
「もちろん涼宮さんが、それを」
「望んでいるってか? それこそ何故?ホワイだ?」
「涼宮さんは、あなたの関係を公平なもの、フィフティ―・フィフティ―なものにしておきたいと考えているからですよ。わかりやすく言えば、貸し借りのない関係といいますか」
あいつは団長で、おれは団員その一だぞ。
「われわれからすると、あなたは同時にこのSOS団の最古参にして共同創設者のひとりですが。ああ、もちろん共同創設者のもうひとりはいうまでもなく・・・」
なら言うな。
「これは手きびしい。話を戻しますが、涼宮さんが催眠状態を体験することは、我々全員の利益にこそなれ、不都合な点はひとつもないかと。まず、催眠状態にあっても、人は本当に嫌なこと、意にそぐわないことを行いませんし口にすることもありません。このことは意外に知られていませんが、あなたは体験したことですでにご存知のはずです。そして、涼宮さん自身が催眠状態を体験すれば、聡明な彼女のことです、このことは涼宮さんにとっても自ずと明らかになるでしょう。涼宮さんの現在の悩み事は、これだけでも霧散する可能性が大きい」
ハルヒが本当におまえが言うようなことで悩んでいるとしたら、だがな。そんなにハルヒに催眠状態を体験させたいなら、おまえらがやればいいだろ。おれはやらんぞ。やりたくもないし、やれるとも思えん。ハルヒのトンデモ・パワーなんぞ俺には持ち合わせがないからな。
「催眠誘導は、情報改変能力その他特別な能力を必要としない。音声言語を使用できる有機生命体であれば、誰でも可能」
部室を出ていこうと、伸ばした手がドアノブをつかもうとする瞬間、後ろからの声にその手が止まる。なんだって、長門?
「しかしこの催眠誘導スクリプトは、あなたが使用することを前提に作成したもの。私や古泉一樹が使用しても効果はない」
・・・わかった。そういうことなら、この件は俺に一任、ってことでかまわないよな。
長門は小さくうなずき、古泉は「最初からそのつもりです」などとのたまった。俺は長門から、そのレポート用紙を受け取り、見もせずにポケットにつっこんだ。
「涼宮ハルヒは現在、屋上にいる」
「わかった」 |
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「やれやれ。おかげでうまくいきました。ご協力感謝しますよ、長門さん」
「問題ない」
これで彼は、十中八九、催眠にかかったあの時よりも情熱的な告白を行うでしょう。あの告白が、無理やり言わされたわけでも、ましてや催眠状態のせいでもないことを涼宮さんに証明するために。まあ、表現はいつも以上に、回りくどいものになるかもしれませんが、ようは涼宮さんに彼の気持ちが伝わればいいわけです。
「あなたの怪しげでくどい説明のために、現時点ではその確率は99%を上回った」
「いたみいります」
つまり、しつこく選択肢のひとつを強調することで、それを回避したい彼は、普通ならば選ばない選択肢を自ら選択した、という訳です。他人から強く押し付けられると、それだけいっそう抵抗せずにはおれないのは人間ならあたりまえの感情ですが、自ら選んだ選択肢は強い意思をもってやりぬこうとするのも人間の性。この人間の機微に通じた作戦を提案したのが長門さんだという事実は、未だにぼくを驚かせていますが。
「強い治療抵抗を持つ患者にミルトン・エリクソンがよく用いたReject the worst alternativeの応用」
長門さんは、なんでもこのあいだの涼宮さんの催眠術をみて、いたく興味を抱かれたらしく、催眠関係の文献を「読みあさった」もとい「読み尽くした」そうですが・・・。SOS団の仲間として頼もしく感じますが、どうかあまり手強くならないでくださいね。機関や他の勢力がいらぬ危惧を抱いてしまいますから。
「善処する」
「ところで彼に渡した催眠スクリプトですが、少し興味を覚えますね。素人の彼にもできるものなら、それほど長いものではないと思いますが」
僕がそういうと、長門さんはすらすらと美しい明朝体をノートに書きだして、それをぼくに見せてくれた。
「・・・」
自分の表情が不覚にも崩れていくのを感じます。ああ、声をあげて笑ったのなんて、ひさしぶりですよ。確かにこれは彼でないと効果がないでしょう。いや、完璧です。一本とられました。しかし、長門さん、ほんとにあまり手強くならないでくださいよ。
ぼくはそう言って、なおも少しせきこみながら長門さんにそれを返した。真ん中にこう書かれたノートを。
「I LOVE YOU, OK?」 |
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「それにしても、そんなにくどかったですか?」
「・・・すごく」 |
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