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宣戦布告?
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引用URL:【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫 @ Wiki 4-752「宣戦布告?」 |
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δ-1
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『もしもし』こだまのように返ってきたその声は、今朝聞いたばかりの女の声だった。こいつの声を聞いて、なぜかはわからないが、俺にはこいつからそろそろ電話がかかってきそうな予感がしていたし、実際かかってみると最近同じように電話で話をしたような錯覚にとらわれた。それはいいんだが。
「佐々木か?」「正解だ。キョン、キミが僕という個体を第一声で認識してくれたことには痛快の念を禁じ得ないよ。先日涼宮さんにキミの親友だと宣言した手前、僕の声をキミのシナプスが伝達することに齟齬をきたすとなると、少々居心地が悪いのでね」それを聞いて俺の脳内42型モニターに、先日の佐々木との邂逅の映像がビュンビュンと3倍速で再生された。音声付きでだ。だがなぜか、縁日で買い求めた変身ヒーローの出来損ないのお面のような、不思議とも何とも表現しかねるハルヒの表情までもが再生され、理由もなく頭の中がチリチリした。
「ところでキミは入浴中のようだね。すまない、今さらだがかけ直した方がいいかい?」いやかまわないと答えると、「そうかい、では手短に話そう。キョン、キミは明日暇かい?」俺が忙しいということは世界の危機が訪れているか、それともコペルニクス的大転回に巻き込まれていることだろうぜ。つまりは暇だ。
「そうだろうと思ったよ。いや、失礼。実は今、僕の手元に映画の鑑賞券がある。それというのも、かつて東インド会社から発祥した市場主義経済における人類にとって重要な発明の一つである株式の恩恵を享受できうる立場に僕の父がいるのでね」つまりはどういうこった。「端的に言うと、僕はある映画会社の一株主である父から映画の優待券の提供を受けたのさ」佐々木はそこで言葉を一度切り、一呼吸おいて再び話を続けた。
「昨日キミにはやや不愉快な思いをさせた詫びということもあるし、再びキミとの友誼を厚くしたいという僕の願望もある。よければ明日、共に映画を見に行かないか?」意外な提案だが、こいつと遊びに行くというのも悪くはないな。別に躊躇することもないので即決した。「ああ、いいぜ」「そうか、承諾してくれてほっとしたよ。……では明日、いつもの駅前で午前9時に集合でいいかな?」佐々木は修学旅行の予定表でも見ているかのようにそう提案した。別に異論はない。明日ならハルヒが来ることもないだろうしな。かまわないぜと俺が返答すると、次に佐々木はまさにコペルニクス的大転回とも言うべき、予想もしなかった提案を投げかけてきた。「そこでキョン、キミに頼みがあるんだが……。明日、涼宮さんを誘って連れてきてくれないか?」
俺には一瞬、佐々木が何を言ったのかわからなかった。すまん、なんだって?「キミが驚くのも無理はないが……ではもう一度言おう。明日僕とキョン、そして涼宮さんの3人で映画を見に行かないか?」……なんと言おうか、次の日に台風と地震と大津波がやって来ると分かってしまっているのにもかかわらず、しかもそれでも決行されることになっている遠足の前日のような心境にさせる提案だ。
「一応聞いておこうか。誰が、そしてなぜ誘うんだ?」「誰がと言う質問にまず答えよう。もちろん、誘うのはキミに頼みたい。僕はいくら涼宮さんが有名でも彼女の電話番号を書き留めているわけではないし、またそこまでの間柄ではないからね」俺がどう言ったものか呻吟していると、佐々木はまるで交差点で一時停止を忘れた車のようにとどまることなく話を続けた。
「次に何のため、だが、キミがツレと称した涼宮さんに興味を覚えてね。出来れば彼女の人となりを知りたいと思ったのさ」「確かに興味深い存在だが、ハルヒは端から見ていれば笑っていられるのであって、実際に近くにいると、荒れ狂う台風の勢力圏にいるのと同じで、否応なく巻き込まれるんだぜ。無闇に関わらない方がお前のためだ」佐々木はくくっと一笑いし、「キミの忠告には謝意を表したいが、僕はむしろますます会ってみたくなったよ。君がそこまで言う人にね。すまないがキョン、頼めるかな?」
世の中には人が見向きもしないようなモノを蒐集したがる好事家がいるというし、ハルヒに積極的に関わろうとする阪中のような物好きだっている。佐々木がどういう気持ちで言ったのかはわからんが、まあそういったことだろう。それとも、昨日の橘京子や周防九曜が関わっているんじゃないだろうな?「キョン、その心配はしなくてもいい。今回の件に関しては彼女たちは無関係だ。この提案は純粋に僕の願望から来るものさ。だが形而下ではなく形而上ではあるがね」
小難しい言葉を羅列しないでくれ。俺の青カビが生えたような脳みそではフル回転させても理解するのに小一時間はかかりそうだ。あまりの混乱で、俺の灰色細胞が創作ダンスでも踊りそうだぜ。すると何がツボだったのか、佐々木は再びくくっと笑い。「いや、すまない。だが、そう言った切り返しをしてくれるのはキミしかいないな。ああ、つまらないことを言ってしまったな。では涼宮さんの件はよろしく頼むよ。それと、キミのかわいい妹さんにもよろしく」そう言い残して佐々木は受話器を置いた。どこが手短だ……? 結局長湯になっちまった。茹だりそうだ。しかも佐々木のやつ、厄介な宿題を出してくれたもんだぜ。ハルヒを誘えだって? それはなんて罰ゲームだ? 残念ながら、俺にはわざわざ虎穴に入るような趣味はないぜ。俺は長嘆息して首を振り、湯船から足を浮かせてそのまま風呂場を出た。
風呂場を出ると、手早く部屋着を着て自分の部屋に戻り、子機を手にってハルヒの携帯番号をプッシュした。回線がつながり、ワンコール目の鳴り始め、まるで西部劇の抜き打ちガンマンのようにわずか0.5秒ほどの素早さで電話に出るハルヒ。早過ぎるだろ。お前は携帯電話を監視でもしているのか?
「キョンよね。なあに? いったい何の用なの?」出るなりそれかよ。ふて腐れた面をしたハルヒが目に浮かぶようだぜ。「では単刀直入に言うぞ、ハルヒ。……明日は暇か? 別に暇じゃなければそれで良いんだが」どっちかというと暇じゃない方が有り難いぜ。俺にとってはな。だがハルヒは思ってもみなかったことなのか、3秒半ほどのシークタイムの後、やや怪訝そうな声色で返答した。「そうね。明日は特別何か用事があるってわけじゃないけど……。だったら何? また不思議探索でもやりたいっていうの? それとも小テストに備えて、勉強を見て欲しいのかしら?」そのどちらでもないさ。
「話というの他でもない、明日映画を見に行かないか? 実はチケットがあるんだが、佐々―――」「映画を見に行こうって誘っているの? しょうがないわね。あんたじゃ他に行ってくれる人もなさそうだし、いいわ、一緒に行ってあげるわ。これもあたしの団員たちへの優しさの表れよね」まるでうんうんと頷く姿が電話の向こうに見えるようだぜ。「ちょっと待て、だからなハルヒ、佐々―――」「良い? 明日の9時にいつもの場所で待ち合わせだからね。遅れたら死刑だから。じゃあね、早く寝なさいよ」「おい、待てハル―――」
切っちまいやがった……。ハルヒのやつ、俺と2人で行くものだと思っているんじゃないだろうな……?しかもそんなに嬉々として切ることもないだろうに……。だが考えても仕方がない。なるようになれだ。とは思いつつ、まるで目的地も聞かずに突っ走ってしまうタクシーに乗ってしまったような、言いしれぬ不安でいっぱいだった。俺は両手を広げ古泉のように肩をすくめ、部屋の壁に向かってそこに誰かがいるかのように溜息を投げつけた。結局、明日のことに思いを至らせ、それに苦悩しつつも普段よりやや早めにベッドに入った。あまり眠れなかったがな。翌日、波状攻撃のごとく襲い来る睡魔に負けそうになり、妹の実力行使で名誉の戦死を遂げてしまいそうになりながらも、普段より心持ち早めの起床と相成った俺は、身支度を調えると一段一段踏みしめながら階段を下り、ダイニングへと向かった。ダイニングのテーブルに着くと、妹はすでに口いっぱいにパンをほおばって間抜け面をさらしているところだった。みっともない顔はやめなさい。「キョンくん、今日はハルにゃんとデート~?」そううそぶく妹に即座にハリセンでツッコミを入れたいところだったが、面倒なので黙殺した。
それに、下手に答えようものなら勝手について来かねない。こいつには前科がありすぎるからな。タイミングよくトースターの焼き上がりのブザーが鳴ったのをこれ幸いにと、焼きたてのトーストを妹から受け取りそれをかじった。未だ脳がよく働いていないせいか、ハルヒが見ていればおそらく罰ゲームをありがたくも授かるであろう表情でトーストをくわえながら、今朝のニュースをぼんやりと眺めた。そうして一度ブルブルッと頭を振ると、眠気覚ましを兼ねた苦めのコーヒーで残りのパンを流し込み、朝恒例のイベントが終了だ。
それからしばらくソファーでくつろいだ後、時間になったので今日薄くなることが約束されているマイ財布をポケットに突っ込み、ショルダーバッグを引っ掴んで玄関に向かい外へ出た。そこで玄関前に用意していたママチャリに跨り、目的地に向けてゆっくりと発進させた。
穏やかな春の匂い立つ風が吹く中、いつもの不思議探索とは違いゆったりとしたスピードで駅前にたどり着いた。そのまま自転車を駐輪場に預けると、佐々木かあるいはハルヒが待っているであろう公園に向かう。俺は昨日と寸分違わぬその風景を瞳から俺の脳に流し込みつつ、ゆったりとした足取りで公園に到着した。そこでは、予定の時間より20分も前だというのに佐々木がすでに待っていた。律儀なやつだ。ああ、そういえばそうだな、佐々木はこういう女だった。しかし、どうやらハルヒはまだのようだ。俺は佐々木に近づくと、舞い散る桜の花びらのように手をひらひらとさせて合図した。
「やあキョン、約束通り来てくれたね。しかし、君が先に来るとは意外だったよ。まさに青天の霹靂だ」そこまで大げさに言うこともないだろうに、親しい仲とはいえなかなか失礼な発言ではある。すると佐々木は手を口にやり、くくっと一笑いするとさも楽しそうに俺を仰ぎ見た。「これは失敬。親しき仲にも礼儀ありとはいうが、僕はキミに対すると、どうもあまり考えることなく気安く発言してしまうようだ」
まあ、久しぶりに会った今でもあの頃と同じように気安い会話が出来ると言うことも悪くはないがな。しばらくの間俺たちが談笑していると、佐々木が不意に俺の背後に向かって微笑みかけ軽く会釈をした。なんだ、背後霊でもいるのか? と思ったのもつかの間、突如シベリアの永久凍土に放り込まれたかのように猛烈な寒気と怖気がゾクゾクと俺の背筋を襲い、わけもなく血の気が引いた。
「キョン、いったいこれはどういう事?」振り返ればハルヒがいた。ハルヒは顔つきこそはっきりとした喜怒哀楽は示していないものの、ハルヒが周囲にまとわりつかせている空気というか雰囲気は、明らかに異質のものだ。……やっぱり勘違いしていやがるぜ。ハルヒのやつ。「よ、よう、ハルヒ。今来たのか」何をどもっているんだ俺は……?
「キョン、どうして佐々木さんがここにいるわけ?」声が冷たい。まるで太陽系の果てのように冷え冷えとしている。「ハルヒ、お前が何を誤解しているのかはわからんが、昨日俺は佐々木と一緒に映画を見に行かないかとお前を誘おうとしていたんだぜ」「はぁ? どういうことなの。あんた、あたしを映画に行かないかって誘ったじゃない」
「そもそも、それがお前の早とちりなんだ。だいたいお前は人の話を聞かなさすぎる。頼むから最後まで俺の話を聞いてくれ」しかし、俺とハルヒのそんな諍いをしばらくは静観していた佐々木までもが、胡乱な表情で口をはさんだ。「キョン、キミはいったいどう言って涼宮さんを誘ったんだい? これではどうも、僕が君たちのデートの邪魔をしてしまったように見えるじゃないか」
「佐々木、お前は何を言っているんだ。俺はこいつを誘うとき、きっちり説明しようとしたさ。だが……」と言いかけたところでハルヒがそれを遮って口を出す。少し頬に朱が差して見えるのは俺の気のせいか?「そ、そうよ。佐々木さん。あたしは別にそういうつもりじゃなくて、キョンがどうしても映画に一緒に行って欲しそうだったから、仕方なくつきあってんのよ。だから、デートだなんてとんでもない誤解よ。天地がひっくり返ってもありえないことだわ!」
そこまで言うこともないだろう。さすがに凹みたくなるぞ。たとえハルヒが相手でもな。しかし勝手なことを言う女だ。そもそもハルヒが俺の話もろくすっぽ聞かずに勝手に早合点して電話を切っちまったんじゃないか。俺のつぶやきを耳にした佐々木はくくっと笑い、俺の耳に口を近づけ囁いた「そうかい。それを涼宮さんはキミと二人きりで出かけるのものだと思ったわけだね」まあ、そういうことだ。
佐々木はそれを聞いて頷くと、今度はハルヒに向き直り、その透き通った瞳でハルヒを見つめた。そして佐々木はハルヒに簡単に事情を説明すると、すかさず、「ごめんなさいね、涼宮さん。キョンがきっちり説明しなかったせいで勘違いさせてしまって」佐々木の女言葉での謝罪にハルヒは一瞬戸惑い、なぜか俺を一度ねめつけた後すぐに佐々木に向き直り、そしてかぶりを振った。「ううん、佐々木さん。あなたが謝ることはないわ。悪いのはこのバカキョンだから」待て。俺か? 俺が悪いのか? いや、どう考えても悪いのは勝手に勘違いしたハルヒだろ。まるで犯人はヤスとでも宣告された気分だぜ。だがそんな俺の心の叫びにはまるで斟酌することなく、ハルヒと佐々木は笑顔を向けあった。今度は佐々木が再び口を開く、「涼宮さん、よければ私たち3人で映画を見に行かないかしら? それともキョンと2人きりがいいのなら、私はここで失礼してもいいけど」「そ、そんなわけないでしょ。別にキョンと2人が良いってわけじゃないんだから……いいわ、佐々木さん。みんなで一緒に行きましょう」佐々木はすかさず首肯。
ともかく、これで丸く収まったな。ハルヒが単に佐々木にうまく乗せられたようにも思えるが、気にしないことにした。ともあれ、俺たちは連れだって駅の改札へと向かうことにした。
俺たちは私鉄を利用してここらで一番の大都市に向かった。電車の終点でもあるそのターミナル駅を後にすると、お目当ての映画館へと足を進める。その間地下に潜り階段を上るなど、複雑な道のりを経て歩くこと10分少々、さすがに地下街のジャングルにも飽きが来たところ、俺たちはまるで姫がとらわれている塔を探し求める勇者一行のように、やっとのことで目的地に到着した。本日の目的地であるその映画館では、常時3本ほどの映画が上映されており、今回俺たちが入館するのはそのうちのひとつの劇場で、そこではどうやら恋愛ものの映画をやっているようだ。それにしても、恋愛否定組の2人にしちゃ似合わない選択だが、これしかなかったのか?
「たまにはこういったジャンルも良いだろう? キョン。自分の主義主張とは全く真逆のものにも関心を持つということは、個々の感性の幅に厚みをもたせるものさ」そう言いつつ、佐々木とハルヒがずんずんと入り口へと進んでいく。そこで佐々木が例の優待券をバッグから取り出し、受付のもぎりのバイトに引き渡して中へと進んだ。
館内が暗闇に包まれて約2時間、上映はつつがなく終了し、俺たちは劇場を出た。ああ、映画の内容だが、俺は途中で新大陸を探し求めるコロンブスのごとく船を漕いでしまっていたので、ほとんど覚えていない。なにしろ内容と言えば、古泉のごとく人類の敵のようにツラのいいやつと、朝比奈さんにも似た可憐な一輪のヒナギクのような女性との恋愛模様だ。気分のよいであろうはずがない。やれやれ、古泉が朝比奈さんを口説いているところを想像してしまったぜ。まったく、むかっ腹が来る。明日古泉に一発お見舞いしてやろうか。チケットを提供してくれた佐々木には悪いが、見ていられなかったな。
もしハルヒか佐々木に感想を聞かれれば、適当に「よかった」とでも答えておくか。それでごまかせるとも思えんが。俺は護送中の容疑者のように二人に両側を固められ、映画館を後にした。普通の男なら両手に花だと喜ぶんだろうが、相手が相手だからな。俺たちは映画館の外へ出たあと、これから昼飯でも食いに行こうかと足を地下街へと再び進めていると、ハルヒが道路沿いの植え込みの近くで立ち止まり、おもむろに口を開いた。「キョン、映画どうだった? 感想を100字以内で述べなさい」さっそく来たぜ。つうか、記述式の問題かよ。
それでもさっき考えていた感想を口に出してみる。「ああ、中々よかったんじゃないか?」だがハルヒは俺に続きを言わせず、下手人を裁く名奉行のように即座に切って捨てた。「嘘ね。あんた、1ミリ秒も考えずに用意していた答えを出したでしょ? わかってんのよ。キョン、あんた映画が始まって15分ぐらいからずっと寝てたでしょ」ばれてたのか……。しかも、佐々木が歩兵の援護を行う砲兵のようにさらに追い打ちを掛ける。「その後クライマックス寸前で目を覚ましていたみたいだけど、ラブシーン直前で再び意識レベルがゼロに限りなく近づいたようだね。キョン、僕はキミに仮眠室を提供したつもりはないのだが、それほど環境の良い寝場所だったかい?」
俺の行動が逐一二人に監視されているような気がするが、まあいい。だが幸い二人は特段怒ってはいないらしく、俺をからかっているだけのようだ。「すまん、佐々木。なにしろ座席の座り心地はいいし、劇場内は眠気を誘う暗さだったもんでつい、な。悪かったよ、せっかく誘ってくれたのにな」本当の理由は言わないでおく。俺の弁解を聞いて、佐々木は少し表情を緩めると俺を悪戯っぽい目線で捉えながら、「薄々予感はあったよ。映画に行く前からね。僕が言うのも何だが、キミが関心を持ちそうな映画ではなかったからね。僕の選択ミスかな」それなら別の映画にしてほしかったのだが。
「でも、悪くはなかったわね、あの映画。ちょっとご都合主義が過ぎるところもあるけど、及第点はあげられそうだわ」などと、おべっかを使えない辛口の映画評論家のようなことをのたまうハルヒ。さらにハルヒの批評が続いた。「なかなか的を射た批評ね」そう言うと佐々木は、ハルヒに対して微笑みかけた。俺は堪能したがね
往来で談笑するその二人の姿は、実にほほえましい情景で、しかも黙ってさえいれば絵になりそうな美少女と言えなくもない二人が並んで立っているのだ。そのせいか、他の通行人たちがこの二人と、そしてなぜか俺に対しても好奇の視線を無遠慮に投げかけている。これではどうも、尾てい骨の辺りがむずむずして仕方がない。アイドルのマネージャーにでもなった気分だ。ハルヒはアイドルって柄じゃないが。
だが俺は、これ以上衆目にさらされてしまうと羞恥心を感じる程度にはまともな人間なんだ。瀬戸物のような不導体のハルヒと違ってな。俺としては、ここから逃げ出したい気分で一杯だ。そこで耐えられなくなった俺は、ハルヒと佐々木の二人を促し、再び地下街へと足を踏み入れることにした。
俺たちは多くの人が行き交う地下街でひとしきり飲食店を物色し、あれでもないこれでもないと迷ったあげく、ハルヒの鶴の一声で、卵料理を出す店に入ることになった。こいつも意外に、普通の女性が好むものを食おうと思うんだな。トンカツなんかをガツガツ食い散らかしそうなイメージがあるが。俺の思いこみ、というか偏見か?
テーブルに着いた俺たちはメニューをためつすがめつし、各々が好きなものを注文した。しばらく談笑していると、注文の料理が運ばれてきたので俺はスプーンを手に取り、一口それを運ぶ。うん、なかなかいける。ハルヒと佐々木も満足そうだ。すると佐々木は俺に向かってある提案をした。
「キョン、よければキミのを少し交換してくれないか?」ああいいぜ、と言って俺は佐々木の、そして佐々木は俺の皿から互いに一口掬って自分の口に運ぶ。これもなかなか美味いな。「…………」「どうしたハルヒ?」なぜか表情が失せている沈黙のハルヒに声を掛けてみたが、あわててかぶりを振った。「なんでもないわ!」ハルヒはなんとも表現しがたい表情で、だがことさら感情を消しながら俺たちを見つめていたが、すぐに何もなかったかのように振る舞った。わけがわからん。
その後昼飯を食べ終えた俺たちは、若い女性向けの服を扱っている店へと足を運んだ。俺は激しく遠慮したかったんだがな。女性向け店舗の中で男が一人で待っているという状況は、針山に座禅を組まされているような居心地の悪さを感じるものだ。我慢大会か罰ゲームか、どっちでもいいからそろそろ勘弁して欲しい。
いいかげん耐え切れなくなりそうになったころ、試着室から佐々木が真新しい服に身をつつんで出てきた。白地にグレーチェックのサマーニットで、チュニックタイプというらしい。らしいと言うのは佐々木がそう言っていたからだ。もちろん俺が知っているわけがない。「キョン、この服はどうだろう。キミに意見を求めたい」俺に聞かずにハルヒにでも聞けばいいのにと思いながらも、「ああ、よく似合っているぜ。お前のその細身の体には、そういった服が似合うのかも知れないな」
そう答えると、佐々木はやや複雑そうな表情で、「ほめてもらうのは光栄だが……。キョン、キミは今、僕の身体的特徴を遠回しに貶さなかったかい? これでも多少は身体的数値は増しているんだがね」なんのことだ? 俺にはまったく覚えがない。「分かっていないのか。いや、それなら良いんだ。それでこそのキョンだものな」佐々木は頷きながら俺を見上げ、そしてくくと含み笑いをした。何やら俺がバカにされたような気がする。だが俺は気の利いた言い回しが思い浮かばず、呆気にとられた表情のままだった。
「…………」ここでもそうだ。すでに買い物を終えたハルヒは、沈黙したまま俺たちのやりとりを見つめていた。なんだろうな? 「ハルヒ、トイレにでも行きたいのか?」我ながら間抜けな質問だと思う。「違うわよ、バカっ!」案の定こういう切り返しに合うんだ。途端にハルヒからはやや怒気を含んだ視線が感じられて、頭の中の火災報知器がイタズラ押しされたようにジリジリと鳴った。妙な汗が噴き出してきた。不穏な空気を感じとった俺は、佐々木がレジをすませたのを見計らって二人を促し速やかに店を出た。そこでとりあえず、茶店にでも入ってハルヒの機嫌直るのを待とうと思い、一休みしないかと俺が提案して、適当に見繕って落ち着いた雰囲気の茶店に入った。しかし俺と佐々木が中学の頃のことを話していると、見てもわかるほどにハルヒの表情が変化していき、ストローをくわえたまま仏頂面で俺たちに視線を固定させている。そして時折『ズゾゾッ』とストローで氷を吸い、穴を穿った。
しかし何に対して怒っているのか、ハルヒは自分でも分かっていないように見受けられた。もちろん俺にもわからない。わかるはずがない。ただ俺と佐々木が思い出話しに花を咲かせていただけじゃないか。何の問題もないはずだ。ハルヒを不機嫌にさせる要素はないのだからな。佐々木は気づいているのかいないのか、平然としているが、これ以上はまずいと俺の動物的本能が告げている。いや、経験則と言っても良いのかも知れない。まるで虐げられることが予想されている少数民族のように紛争の匂いを嗅ぎ取った俺は、敵国に送り込まれた使者のごとく適当な理由を並べ立てて茶店を後にした。ともあれ、俺たちは今日一日、楽しいひとときを過ごしたことを手みやげに、再び私鉄の電車に乗り込んで、北口駅前まで戻ることになった。
電車を降り立ち、北口駅の改札を出た俺たちは、最初の集合場所である駅前の公園に解散場所として向かうことにした。ハルヒは支線でそのまま帰ればよかったのだが、一度そこに戻りたいということらしい。それほど余分な電車代があるのなら、たまには俺にもおごって欲しいもんだ。まあ、気まぐれなハルヒらしいが。俺は二人に先んじて駅の階段を下り、預けていたママチャリを引き取りに向かった。地上に降り立つと、やや風が強めなのか公園に植わっている緑なす木々が揺れている。そういえば少し寒くなってきたか? 俺は引き上げてきたママチャリを押しつつそう感じた。だが遅れて公園にたどり着き、俺を待っているハルヒはその強風に身じろぎひとつせず、仁王立ちで、また彼女の極小スカートも翻ることなく、まるで5キロの錘を下げているかのようでこの風にも揺らめく程度だ。
この重力スカートを解明できればノーベル賞でももらえそうだ。佐々木はといえば、そのサラサラとした髪の毛を抑えながら風に耐えている。佐々木もミニスカートだが、例によって捲れ上がることはない。別に期待しているわけではないが。念のため。俺はその様子を目の端にとめながら、ママチャリを二人が待つ公園まで運んできた。
ハルヒは俺の到着とともに不機嫌そうな表情を続けつつ顔を見据え、やおら口を開くと、「じゃあ、そろそろお開きにしましょう」その一言を言いたいがためにわざわざ公園まで来ることもなかろう、と思いつつも俺と佐々木はうなずき、それぞれ体を帰り道の方向へと向けた。そこで俺がママチャリのサドルに跨り漕ぎ出そうとしたところ、佐々木が思い立ったような表情で俺に近づき、「キョン、よければキミの自転車に乗せていってくれないか? あのころのように」気のせいかも知れんが、ハルヒの表情が険しくなったように感じた。いや、見てはいない。いわゆる心眼というやつだ。少し躊躇したが、佐々木を乗せるくらいは訳ないだろうと考え直し、佐々木に頷きかけるとママチャリの荷台からホコリを払い落とした。「すまないね」といいながら佐々木は俺の後ろに座り、俺のサドルに手を添えて体を固定する。「…………!!」だが、またしてもハルヒの体から滲み出ている、どんよりとした雷雨でも降り注ぎそうな空気が、俺の肌をタワシでこするようにガシガシとまとわりついてきた。
その雰囲気に俺は振り返ることも出来ず、ハルヒ向かって「じゃあな」の言葉だけ置き捨てて、手をひらひらと振りつつ自転車を発進させた。
公園を後にした俺は、ほぼ1年ぶりに佐々木を荷台に乗せ、帰り道をゆったりとしたスピードで走り出した。口には出せないが、後ろに座っている佐々木は1年前より重くなったように感じる。成長の跡が感じられたようで、まことに喜ばしいことではあるが。だが、漕ぎ始めてしばらくの間は佐々木は考え事をしているのか何も話しかけてはこなかった。何を考えているんだろうな。失礼な振る舞いをしたハルヒに憤ってでもいるのか?
佐々木はそれを気配で察知したのか、俺が緩やかな勾配をえっちらおっちらペダルを踏み込んで上りつつあるときに口を開いた。「キョン、別に僕は彼女の態度に対して怒りを覚えたわけではないよ。実はね、今日僕は涼宮さんと共に行動していて、一つ感じたことがある。そのことを考えていたのさ」こんな息の切れそうな状況で話しかけてこなくてもとは思いつつ、「それはなんだ?」「僕と涼宮さんには一つの共通点があることが分かったよ」
何を言いだすんだ……。お前とハルヒじゃ性格も考え方もまるで違うだろう。
それを聞いて佐々木はくくっと笑うと、「表層的には確かにね。彼女は動的、例えるなら興味津々に対象物に好奇をぶつける猫かな。それに対して僕は内向きの思考で籠の鳥だね。それは静そのものだ。確かにそうだ」何を言いたいのかわからない。ハルヒの精神分析でもやろうというのか?
「だがね、彼女と僕とは共通する点が一つある。今日、彼女を見ていてよくわかったし、身につまされもしたよ」聞こうじゃないか。その共通点とやらを。後ろで頷くような気配がして、佐々木が話し始めた。「涼宮さんの心の中には、こんなものはまやかしだとは思いつつもそれが積もり積もってどうにもならない感情が、まるで崩れる寸前の土砂のように堆積しているのさ。だがそれを肯定するには彼女の主義が許さないし、かといって否定ももはやできない。今も彼女は知らぬふりをしながら、いや、頑として認めずに土砂崩れしそうな山道を通り過ぎているのさ。本当は崩れそうなことを知っているのにね。……本当に、一年前の僕と同じさ」
口を挟むべきか否か、そもそも俺には理解しかねる話だ。「すまないね。だが、キミはわからなくてもいい。それでも聞いていてくれないか?」俺は佐々木の確固たる意志のようなものを感じ取り、黙って頷いた。「最後にもう一つ、僕の中にもあの頃の揺らめきが蘇ってしまったよ。一年前に胸の奥にしまって置いたはずなのにな。改めて再認識してしまったよ。ふふっ、キミたちと一緒にいたせいかな。本当はこれも予想できたことなのだがね」佐々木は自嘲気味にそうつぶやいた。だが俺は言うべき言葉も見つからず、ひたすらペダルに回転運動を与えていた。佐々木は少しの間沈黙し、そして意を決したように再び口を開いた。「キョン、明日涼宮さんに会ったら伝えてくれないか?」ああ……いいぜ。なんて言うんだ?「『あなたから取り戻す』と、そう伝えて欲しい。ああ、キミは理解できなくてもいいよ。理解できればなおさらよかったのだがね」俺は相変わらず佐々木の言う内容の10%も理解できず、それでも伝言を伝えることを承諾した。
その後は会話をすることもなく、俺は太陽が沈みゆく赤らんだ空を背にして佐々木を自宅まで送り届けた。途中からサドルを掴んでいた佐々木の手が、俺の腰に回されていたことに気づかないふりをしながら……。
その日の夜から翌日まで、いろいろとやっかいな事が我が身に降りかかってきた。まずはその日の夜、ハルヒから怒りの電話だ。
「キョン、彼女のどこが親友なのよ!? あれじゃあ、まるで……」まるで、なんだ?「うっさい。バカキョン!」そう喚いて切りそうになったところあわてて呼び止め、佐々木から言付かっていた伝言を伝えた。ハルヒは10秒ほど沈黙し、「……これは……ううん、何のことかよくわからないわね。でも、無性に腹が立つわね。……それじゃ、もう切るわよ。それからあんた、明日打ち首だから」打ち首かよ。やけに具体的だな。
そして翌日の学校―――
「あなたは僕に死ねとおっしゃるのですか?」神人退治(通常の倍ほどを相手にしたそうだが)で一睡もしていない古泉に問い詰められ、「…………」全てを見透かしているんだろう、氷室から出たばかりのように凍り付きそうな視線でまんじりともせず俺を見つめ続ける長門。朝比奈さんはと言えば、俺がなぜ責められているかまるでわからず、キョトンとした表情で俺たちの諍いを見守っていた。
これではハルヒが来ても誰も擁護してくれそうにないな。
打ち首決定だ。
俺は朝比奈さんから給仕されたお茶をすすりながら、嵐の前の静けさというやつを満喫した。あの日の夜、佐々木から再び誘いを受けたことは、決してハルヒには漏らさないようにと誓いながら……。
終わり |
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