「なんで駅までついてくるんだ。どっか出かけるのか?」
「別に」
「用があるんじゃないのか。お前の家はこっちじゃないだろ」
なによ、そんなにさっさとあたしを追い払いたいわけ。キョンのくせに。
「家まで送っていきなさいよ」
「なんで俺が遠回りしてまでお前の足にならなきゃいかんのか」
いつもの交差点で別れるときまだ話の途中だったんだからしょうがないじゃない。話が途中で終わると気持ち悪いでしょ、最後まで聞きなさいよ。
「……やれやれ、だ。どうせダメだと言っても聞かないんだろ」
そう言って溜息なんて吐くくせに、仕方ないなという顔で笑うなんて、卑怯よ。
普段はしかめっ面ばっかりなのにふと見せるキョンの軟らかい表情にあたしは弱い。不覚にも鼓動が早くなる。
あんな顔するなんて、卑怯だ。
おかげで、あたしの精神病は悪化する一方で、治る気配すら見せないじゃない。
結局それからあたしは毎日キョンに家まで送らせることにした。自分でもバカみたいって思うわ。
ほんの少し、一緒にいる時間が延びるだけなのに。さっさと別れて家に帰った方が早いのに。
今日も帰り道はいつも通り駅前の駐輪場まで一緒に来た。
キョンは既に習慣になってるみたいで、文句も言わずに当たり前の顔をして自転車を出そうとしている。
キョンはどう思ってるのかしら? あたしがこうやってバカみたいに一緒にいようとしていることに気づいてるのかしら?
自転車の鍵を外しているキョンの横顔はまったくいつも通りで、やっぱりあたし1人でバカみたいに思ってしまう。
ほんと、バカ。キョンのバカ。なんであたしばっかりこんな気持ちになってるんだろ。
そう考えたら何だか悔しくて、キョンだって少しはあたしのせいで焦ったりすればいいと思って、キョンに思い切り抱きついてみた。
「おい、自転車が出せない」
キョンは焦ってるわけでもなく、ただ少し驚いただけみたい。ああもう、ほんとにあたしばっかり。
「……あんたが悪いのよ」
「何がだ」
何がだ、じゃないわよ。
どうしてキョンなんかのせいであたしはこんなに感情が揺れるのかしら。
どうしてキョンはあたしのせいで心を乱したりしないんだろう。
悔しい。
「いいの、とにかくあんたが悪いの!」
一方的に決めつけて、悔し紛れに早く自転車出しなさい、と命令した。
出せなかったのはあたしのせいなのに、キョンは溜息を吐いただけでなにも言わずに自転車を出すと
「ほら、早く乗れよ」
なんていつもの顔して言う。何だか負けてるみたいでやっぱり悔しい。キョンに負けるなんて。
そうよ、ほんとにいつも通りでなんでもないなんて顔していたくせに。
あたしを家まで送って、その日に限って自転車から降りたかと思うといきなり抱きしめるなんて、ほんとにキョンは卑怯だわ。
「えっ、ちょっと、キョン!?」
心臓が一気に鼓動を早める。もう、なんなのよ。
なんであたしがキョンなんかにこんなに振り回されてるのよ。
「焦ることないだろ。さっきの仕返しだ」
バカ。やっぱりキョンが悪いんだからね。あたしの精神病は、もう一生治りそうにないじゃないの。
それから、キョンはあたしを送った後に抱きしめることもあっさり習慣にしてしまった。
そうなってしまってから、新たに習慣が追加されるのにも時間が掛からなかった。
……やっぱりキョンは卑怯だわ。ずるい。
唇に残る感触に戸惑いながらあたしがそう呟くと、キョンはめずらしく笑顔で言った。
「そうかもな」
終わりやがれ。 |