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スッキリおさめる
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1年5組の国木田と言えば、無類の人格者として有名である。
SOS団という変態達と共に様々な伝説を作っているキョンと、たった一人で伝説を作っている谷口と親しくしながら
両者のどちらにも染まらず我が道をマイペースに歩く姿は、実はそれなりに周囲の尊敬を集めているのだ。彼が知らないうちに。
しかし、そのマイペースっぷりが時として仇になる事がある。彼は基本的に、その直後に自分に多大なデメリットが無ければ人の頼みを断らない。
もちろんそれもまた彼の美点の一つなのだろうが、いい加減彼は、引き受けた後じわじわとボディブローのように身を蝕む頼みがあることを学ぶべきだ。
今回の話は、そんな国木田がキョンと、1年5組どころか北高、むしろ宇宙最強の伝説メイカーである涼宮ハルヒによって最終的に酷い目に会う話である。
「国木田、ちょっといい?」
目を参考書から上げると、涼宮ハルヒが仁王立ちしていた。
「なに?涼宮さん」
この時国木田は「ああ、またSOS団絡みの頼みかな」と一瞬思ったがそれだけだった。彼は周りと違いSOS団の活動にはわりかし肯定的なのだ。
「あんた秘密守れる?」
「それなりには」
どうやら涼宮ハルヒは彼に自分の秘密を保護させたいようだ。光栄極まりないと思う国木田。
涼宮ハルヒは彼の若干煮え切らない返答に軽く不満を示したが、すぐに持ち直し
「……これ、私が作った弁当なんだけど、食べてほしいの」
「は」
流石にこれは予想斜め上だ。
「か、勘違いしないで!味見してほしいだけだから!」
必要以上に声を荒げる涼宮ハルヒ。
「味見って事は、誰かに食べさせるに値するか感想を聞きたいってこと?」
「……ま、まあ、そうよ」
素直じゃないなあ、と一瞬でその相手まで特定した国木田であった。その相手は現在教室を留守にしている。助かった。
「別にいいけど、僕じゃなくて谷口とかでもいいんじゃないの?」
「谷口はダメよ。あんな味覚障害者じゃ参考になんないわ」
それでも谷口が一応候補に挙がっていた事に密かに安堵する国木田。ちなみに、谷口=味覚障害者というのは恐らくこの前の「バルサミコ酢」事件を踏まえているのだろう。
「じゃ、頂きます」
クラスメイトによると、家庭科で彼女が作る料理はそれなりに美味いらしい。それを食べられるのだから自分は結構幸せなのかもしれない。
とにかくポジティブな国木田は弁当の蓋を開けた。
中身は普段の彼女のイメージとかけ離れた(失礼)割とこじんまりした女の子らしいメニューだった。
「ふき、菜の花、竹の子、春らしくていいね」
本当は春なのは暦の上だけなのだが、別にいいのだ。彼女は名前に春の字を持つのだから。
「味はどう?」
「もうちょっと濃い方がいいかな」
本当は国木田的にはこれくらいでいいのだが、長い付き合いから彼は濃い目の味が好みな事を知っていた。
「あと、ご飯になにか散らした方がいいかもね。ふりかけとかさ」
「ふうん」
真剣な面持ちでアドバイスを聞く涼宮ハルヒ。
「ご馳走様。全体的には凄く美味しかったから、僕が言ったこと以外は変に変えない方がいいかもね」
綺麗に食べ終わり涼宮ハルヒに返却する。
「参考になったわ。ありがとう」
そう言って自分の席に帰る涼宮ハルヒ。果たしてこのクラスに彼女に礼を言われた経験のある者がどれくらいいるだろうか。また貴重な体験をさせてもらった。
「さて…」
問題は自分の分の弁当をどうするかだ。お腹一杯で既に食べる気にならない。やれやれだ。
次の日
「国木田、ちょっといいか?」
目を参考書から上げると、キョンが立っていた。
「なんだい?キョン」
この時国木田は「ああ、またSOS団絡みの頼みかな」と一瞬思ったがすぐに打ち消した。彼はよほどの事が無い限り部外者である国木田を頼らないからだ。
「お前秘密守れるか?」
「佐々木さんのこと?」
思わず混ぜっ返す国木田。彼は確かに優等生ではあるが、たまにはジョークを飛ばしたりもする。
キョンは彼の態度に軽く不満を示したが、すぐに持ち直し
「これ、俺が作った弁当なんだが、食べてくれないか」
「は」
流石に2日連続は予想斜め上だ。
「勘違いするな。味見をしてほしいだけだ」
淡々と喋るキョン。
「味見って事は、誰かに食べさせるに値するか感想を聞きたいってこと?」
「……ま、まあ、そうだな」
素直じゃないなあ、と一瞬でその相手まで特定した国木田であった。その相手は現在教室を留守にしている。助かった。
「別にいいけど、僕じゃなくて谷口とかでもいいんじゃないの?」
「谷口はダメだな。あんな味覚障害者じゃ参考にならん」
それでも谷口が一応候補に挙がっていた事に密かに安堵する国木田。ちなみに、谷口=味覚障害者というのは最早1年5組の常識らしい。
「じゃ、頂きます」
中学時代、家庭科で彼が作る料理はそれなりに美味かった。それをまた食べられるのだから自分は結構幸せなのかもしれない。
とにかくポジティブな国木田は弁当の蓋を開けた。
中身は普段の彼のイメージとかけ離れた(失礼)かなり大ざっぱな男らしいメニューだった。
「レトルト製品が多いね」
しかし、たかがレトルト製品でも作り方によって微妙な差異が出る。その点彼は合格だった。
「やはり手作りを入れた方がいいのか?」
「レトルトとは雲泥の差だからね」
まあ、手作りであろう玉子焼きは充分美味しいから良しとする。
「あと、おにぎりに具が多すぎるね。もっと減らした方がいいかもよ」
「ほう」
真剣な面持ちでアドバイスを聞くキョン。
「ご馳走様。全体的には凄く美味しかったから、僕が言ったこと以外は変に変えない方がいいかもね」
綺麗に食べ終わりキョンに返却する。
「参考になった。ありがとう」
そう言って自分の席に帰るキョン。それにしても、彼も弁当を作るとは…弁当の交換でもするのだろうか。
「さて…」
問題は自分の分の弁当をどうするかだ。お腹一杯で既に食べる気にならない。2日連続なんて誰も予想出来ないさ。
それからが国木田の受難の始まりだった。彼らは1日おきに国木田に弁当を食べさせてきたのだ。
相手がいない休み時間を見計らって。どうしても相手が教室を離れている時は国木田を空き教室まで引っ張っていった。
しかし、そんなスケジュールなのにお互い相手が自分と同じことをしていることに気づいていないらしい。自分が如何に弁当を作るかで頭がいっぱいなのだろうか。
そのたびに国木田は弁当を批評してやる。そして更にそのたびに弁当は彼のアドバイス通りの変貌を遂げるのだ。
そんなもんだから彼らの弁当はドンドン美味しくなっていった。国木田はいつしか自分の分の弁当を持って来なくなった。
そして、1ヶ月ぐらいするとサイクルが3日になった。1日目に涼宮ハルヒが国木田に弁当を食べさせる。
2日目にキョンが食べさせ、3日目にはついにお互い弁当を交換するのだ。後は繰り返し。
どうやら3日目に自分が食べさせた弁当の反省を兼ねているらしいのだが、なぜ示し合わせたように2人違う日に持ってくるのか。
恐らく、涼宮ハルヒはまず国木田にアドバイスを聞いてから自分で実践、キョンはまず自分でじっくり考えてからアドバイスをもらう、という性格の差ではないだろうか。
しかし、何故彼らはお互い共通して自分の適例を遥かに超えたサイズの弁当を作るのか。
最初は美味しいから問題なく食べていたが、段々と苦痛になってきた。人間の胃の限界はそんなに簡単に大きくならない。
しかし、国木田は一回も味見を断らない。苦しい目に会いながらも味見を止めない。それこそ何故なのだろうか。
「うっぷ」
「大丈夫かよ国木田」
谷口が心配そうに話しかけてきた。
「お前最近ちょっとふっくらしてきたな」
「うん、3kg太った」
それでも傍目には見た目がたいして変わらないのが国木田クオリティだ。
「お前もお人好しだな。辛いなら止めちまえばいいのに」
「いいんだよ。好きでやってるんだから」
そう、好きでやっているのだ。ふと窓際の席に視線を移す。
そこには、お互いの弁当を食べながら笑いあう涼宮ハルヒとキョンの姿があった。とても楽しそうな笑顔だ。
量を多めに作る理由は考えてみれば簡単だった。この幸せな時間を少しでも長く味わいたいからだ。
そのために、自分が出来る限りの手伝いをしてもいいだろう。
「いつまでもお幸せに…」
美味しい弁当を食べられ、それが無い日には楽しい笑顔が見れる。自分はなんて幸せ者なんだろう、と国木田は考えていた。
終わり。 |
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