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無題(閉鎖空間)
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閉鎖空間。
この灰色の空も何回も経験すると、なんだか見慣れたものになりつつあるな。
適当にぶらぶらとSOS団部室前の廊下を歩いていると、ようやく例の赤い発光体がやってきた。
「やあ、どうも」
お前も毎度毎度ご苦労なこったな。
「まったくです。我ながら。」
丸いままで苦笑するとは器用だな、古泉。で、今回のも今までのと同じタイプなのか?
「ええ、そうです。過去5回と同じ現象でしょう。外見上はあの1回目のときと同じ閉鎖空間ですが、外の世界が崩壊する兆しは全くありません。
完全にあなたと、涼宮さんだけがこちらの世界に転移している状態です。」
やれやれ、ハルヒの奴はなんだって俺をこんなところにやたらと閉じ込めたがるのかね。
「本当に理由をご存知無いのですか?」
どういう意味だ。
「脱出方法は今までと同じだと思います。」
だからなんだ。
「いえ、お互いにもう少し素直になれば、わざわざ閉鎖空間を発生させる必要も無いのではないかと。」
お互いにってなんだよ。俺はハルヒの奴に呼ばれて嫌々ここに来ているだけであってなあ。
「・・・そういうことにしておきましょう。まあ、機関としては歓迎すべき事態です。この閉鎖空間なら神人が暴れたりする気配もなさそうですから。」 俺の安眠については考慮されないのか?
「明日に差し支えないよう、ほどほどに。としかアドバイスできませんね。・・・ではもう行きます。これ以上いると、あまりにも出歯亀すぎるので。」
言い終わると、発光体古泉は逃げる様に窓の外へと飛んで行ってしまった。
さて、あまり長く待たせるとハルヒの奴がまた不安がりそうだ。そろそろ部室の中へ戻ってやるとするか・・・。
「もう!毎回毎回どこほっつき歩いてんのよ!」
あまりお行儀のよろしくない事に団長専用机に直接腰掛けたハルヒが、制服から伸びるすらりとした足をばたつかせている。
あんまりバタバタさせるんじゃない・・・見えちまうぞ。
「まあ、いいわ。で、そろそろ始めちゃう?」
そうだな。やらないことにはここから出られないらしいし。
「ふうん?」
ハルヒは腰掛けていた机から、ぴょんっと飛び降りると、不敵な笑みを浮かべてきた。
最初のときはお互いに軽くパニックったもんだが、回数を重ねてくるにつれて余裕が出てきたようだな。
俺は部室の道具入れからマットを取り出すと、テーブルの上に広げた。
「あんたも段々コツがつかめてきたんじゃない?あたしに比べればまだまだだけど。」
言ってろ。今日こそは俺の方から攻め立ててやる。
「ま、お手並み拝見といくわ」
ハルヒは俺と向き合う位置に腰を降ろし、マットに手を伸ばす。
これから何をやるかって?
もちろん将棋だよ。
あいにくと今は旅行のときなんかに持っていく、携帯用のしかないけどな。
持ち運びやすいように、ゲーム盤は布製のマットに五目が引かれたものになっている。
あとはプラスチックでできている、将棋用の駒。
今のところの勝敗は俺の1勝4敗となっていて、ハルヒに負け越してしまっている。
コイツはコンピ研のゲームではあれほど弱かったくせに、どうなっているんだろうね。
あの時みたいに王将でこっちの本陣まで直接突っ込まそうとしてくれれば楽勝なんだがな。
「前回もあたしの勝ちだったから。あんたの先手でいいわよ。」
そうやって余裕の笑みを浮かべていられるのも今のうちですよ、ハルヒさん。
もうお前の試合運びは大体把握できたからな。そろそろ反撃と行こうじゃないか。
ふう。
危ないシーンもいくつか在ったが、今回は俺の勝ちだな。
「んーーー。納得いかないわねえ。」
唸ったって勝敗は変わらないぞ。これで勝敗は2勝4敗だ。
「なによ。まだあたしの方が勝ち越してるのに偉そうに。」
今回の勝ちは俺の方だ。負けたのはお前の方なんだから、解ってるよな?
「解ってるわよ・・・。もう、エロキョン。」
ハルヒが俺の前に立ち、ゆっくりと顔を近づけてくる。その熱っぽい視線に、思わず体に力が入ってしまう。
「あんた、ずいぶん緊張してんじゃない。」
お互い様だろ、お前も。
「ちょっとやり難い。・・・眼つむって。」
はいはい、分かったよ。
と、俺が眼をつむるや否や、痛いぐらいに俺の両肩を鷲掴みにして、いきなり唇を重ね合わせてきやがった。
ちょ、お前・・・。まったく、お前らしいよ、ハルヒ。
そんなハルヒがたまらなく愛おしくなった俺は、ハルヒの背中に廻した腕に少しだけ力を込めた。
ま、負けた方が相手にやるという取り決めだったからな。
後は自分の部屋の布団で眼が覚めて、フロイト先生が御登場するいつものパターンだ。
だが、そうなるまでのあと少しの間、この柔らかな感触をもう少し味わっていたっていいだろう? |
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