haruhi-ss 俺的ベスト(おれべす)

1. 10年越しの手紙
2. 1日遅れのひな祭り
3. 25
4. 25年前の七夕
5. B級ドラマ~涼宮ハルヒの別れ~
6. DoublePlay
7. for Heroines, Kyon losing filters (AA)
8. Girl's Day 
9. HARUHI!
10. I believe…
11. imouto
12. Legend of Necktie
13. Lost my music
14. MASAYUME
15. Petit-haruhi
16. proof
17. Special Window
18. あ~ん
19. あたし以外の
20. ある『幸せ家族』
21. ある雨の日のハイテンションユッキー
22. ある女子高校生の二ヶ月間の乙女日記
23. イチバンニアナタヘ
24. ウソとホントの狭間で
25. お互いの気持ち
26. お前がいるから
27. お悩みハルヒ
28. カエルのたましい
29. カチューシャ
30. ぎゅ
31. キョン1/2
32. キョンがアンケートから情緒不安定になりました
33. キョンとハルヒの事実婚生活
34. キョンならOK
35. キョンにとって
36. キョンのベタ告白
37. キョンの弁当
38. キョンの誘惑
39. キョンの涙
40. キョンは死なない
41. ご褒美ごっこ
42. ジュニア
43. ジョン・スミスの消失
44. スッキリおさめる
45. それから
46. それは誤解で勘違い
47. ただの人間
48. ダブルブッキング
49. ツンデレの気持ち
50. どうして
51. ねこねこ
52. ばーすでぃ
53. はい、メガネon
54. パパは高校1年生
55. ハルキョンズカクテル
56. ハルキョンのグダデレ
57. はるひ の のしかかる こうげき!
58. はるひすいっち
59. ハルヒとバーに
60. ハルヒと長門の呼称
61. ハルヒの悩み
62. ハルヒは俺の──
63. ファーストキスは誰のもの?
64. ふっくらふかふか
65. フラクラ
66. フリだけじゃ嫌!
67. まだまだ
68. ミヨキチが長門とキョンの娘だったら…?
69. モノマネ
70. やきもち
71. やれやれ
72. ヨイコク
73. リスペクト・ザ・ハイテンションユッキー
74. 悪夢を食べる聖獣
75. 雨宿り
76. 花嫁消失
77. 覚めざらましを
78. 完璧なポニーテール
79. 許婚と最愛の人
80. 距離
81. 教科書と嫉妬
82. 迎えに行くから
83. 結婚記念日の怪
84. 月で挙式を
85. 月と徒花
86. 犬も食わない
87. 古泉の陰謀
88. 古泉一樹の親友
89. 孤島(原作版)にて
90. 幸せの連鎖
91. 幸運な日
92. 佐々木IN北高
93. 思い出はおっくせんまん
94. 射手座の日、再び
95. 習慣化
96. 充電
97. 女、時々酒乱につき
98. 女の子
99. 小さな来訪者
100. 小春日和
101. 少女の願い
102. 消失if else
103. 笑顔の花嫁
104. 心配
105. 新春到来
106. 酔いどれクリスマス
107. 生き物ってつらいわね  
108. 醒めない夢
109. 宣戦布告?
110. 前日の酔っぱらい
111. 素直になれなくて
112. 素敵な旦那様の見つけ方
113. 谷口のミニ同窓会
114. 谷目
115. 暖かな2人
116. 朝比奈みくる、十七歳です。
117. 朝比奈みくるの最後の挨拶
118. 長門さんとミヨキチ
119. 長門さんと花
120. 長門有希さんの暴走
121. 長門有希の嫉妬
122. 長門有希の憂鬱
123. 通行人・涼宮ハルヒ
124. 冬のあっため方 
125. 動揺作戦
126. 二度目の消失日
127. 日記と六月の第三日曜日
128. 濡れ衣だなんて言えない
129. 猫は同じ夢を見るか
130. 彼の決意
131. 不思議戦隊SOS
132. 普通の日
133. 報復の仕方
134. 北高生人気投票
135. 未来からの電話
136. 無題(Disappearance of Yuki Nagato)
137. 無題(テクニシャン)
138. 無題(ハルヒ以外の……女には…興味がねえ!!)
139. 無題(ホスト部)
140. 無題(今日は春休み初日…)
141. 無題(暑いからくっ付けない)
142. 無題(席順)
143. 無題(湯飲み)
144. 無題(閉鎖空間)
145. 無題(別視点からはバカップル)
146. 遊園地は戦場と心得よ
147. 様
148. 裸
149. 涼宮さんとキョン子さん
150. 涼宮ハルヒと生徒会
151. 涼宮ハルヒの影響
152. 涼宮ハルヒの改竄
153. 涼宮ハルヒの軌跡
154. 涼宮ハルヒの疑惑
155. 涼宮ハルヒの強奪
156. 涼宮ハルヒの決心
157. 涼宮ハルヒの結末
158. 涼宮ハルヒの催眠術
159. 涼宮ハルヒの終焉
160. 涼宮ハルヒの出産
161. 涼宮ハルヒの正夢
162. 涼宮ハルヒの喪失 
163. 涼宮ハルヒの泥酔
164. 涼宮ハルヒの転換
165. 涼宮ハルヒの糖影
166. 涼宮ハルヒの独白
167. 涼宮ハルヒの微笑
168. 涼宮ハルヒの邁進
169. 驟雨

日記と六月の第三日曜日


【5月30日】


 あいつの様子がおかしかった。
 朝からなんかソワソワしていたので気になってはいたのだけど、様子がおかしい気がするというだけで、それを聞き出すのは、あたしがあいつのことを気にしているみたいでイヤだ。だから放置することにした。
 シャーペンでつついても反応が鈍い。ツッコミのキレも悪い。団活中も上の空だ。調子が狂ったので帰りにジュースをおごらせることにした。いつにも増して渋ってたな。お金ないんだろうか。甲斐性なし。
……ちょっと反省。怒ってないといいな。
 

【5月31日】


 やっぱり様子がおかしい。いつも買ってるパック牛乳も飲んでなかったし、あたしがあいつのお弁当を食べると、学食か購買に行くクセに、今日はいかなかったみたいだ。
 あたしがあいつのお弁当を全部食べきってしまうと、溜め息ついて教室の外に。帰ってきたら、いつものパック牛乳もってた。自販機にいったらしい。
 結局、あいつの今日のお昼はパック牛乳だけ。あいつホントにお金がないのかな?
 なんか、少しだけ気の毒になったので、帰りにコンビニで肉まんを恵んでやった。
 でも、みくるちゃんのおっぱいにこじつけて、あんたにはこれで十分よ……なんて言ったのは、我ながらどうかと思った。反省。
 嬉しそうに食べるバカに蹴りをいれたのも、少しだけ反省。
 みくるちゃんにはメールで謝っておいた。でも「肉まんより大きいわよ」は余計だったと思う。なにもかも、あのアホンダラゲのせいだ。
……どうしたんだろ。あいつ。
 

【6月1日】


 どうやらお金がないわけじゃないらしい。昼休みに財布を奪って中身をみてやったら、普通に入ってた。でも使う気はないらしい。
 欲しいモノでもあって節約してるのかと聞いたら「別にそんなんじゃねえ」とか視線を逸らした。
 十中八九正解をついたんだと思う。あたしのこういう勘は、ことあいつの事では外れたことがない。しかし、何を欲しがっているのかは不明。気になるなあ。
 さて、どうやって吐かせたものかと考えたけど、知ったところでどうなるわけでもないことに気づいてイライラした。
 だから五時間目に居眠りしてるところに消しゴムクラスター爆弾を投下してやった。ブレザーが消しゴムカスだらけになっちゃったので、払おうと手を伸ばしたらジト目で振り返って「やれやれ」って顔された。
……自業自得とはいえ、タイミングの悪さに情けなくなる。涙が出そうになったので寝たふりをして誤魔化した。
 団活は中止にして帰宅。お気に入りのバスキューブのお風呂で気分転換。でも、なんか気分が冴えない。自分でもバカだと思う。あ、また泣きそう。おしまい。
 

【6月2日】


 なんで謝れないのかわからない。自分でも意固地だと思う。本当に情けない。
 でもあいつは気にしていないみたいだった……あいつが「いつものこと」なんて考えているんだと思うと、胸が締め付けられる。
 あいつの中で、あたしの評価が下がっていくんじゃないかと思うと切ない。バカみたいだ。
 今日もあいつは憂鬱顔だった。なにかを悩んでいるんだろうか。背中がいつもより丸いので、すぐわかる。つくづく、わかりやすいヤツだ。
……相談してくれないのかな。
 なんだかあたしも憂鬱だ。団活中も観察していたけど、みくるちゃんのお茶をガブ飲みしていた。お腹空いてるんだろうか。まだ成長期だもんね。
……明日は少し早起きして、自分でお弁当を作ろう。自分のと、少し余分に。
 少し気が楽になってきた。おしまい。
 

【6月3日】


 朝、あいつはいつも通りになっていた。どうも何かが解決したみたいだ。
 国木田と谷口と色々話していたけど、断片しか聞き取れなかった。でも谷口が妙に偉そうにしてたのが気になる。あいつも珍しく谷口に頭下げてたし。
 頼み事? あたしよりも男友達に相談するようなこと? エッチな事なのかしら。
 だとしたら……気になって仕方がない。どんな話なんだろう。
 昼休みになると同時に襟首捕まえて、一緒にお弁当を食べた。5時半起きして作った唐揚げを「夕飯の残り」と言い訳した。我ながらバカバカしいと思う。
 おかず用とご飯用の二つで持っていったんだけど、おかずはともかくご飯は理由が思いつかなかったので、あいつのお弁当を奪い取って一気食いしてやってから、あたしのを食べさせた。
 ブツブツ言いながらも全部食べてくれた。すごく嬉しい。
……味はきけなかった。あいつのお母様の味を研究して、似せたつもりだったんだけど。どうだったんだろう。
 でもご飯粒一つ残さず食べてくれたので、よしとしよう。すごく嬉しかった。
……飲み物を用意してなかったのは失策。飲みかけのペットボトルをあげようかと思ったけど、恥ずかしくてできない。無理。逆なら出来るんだけどな……。
 団活中もあいつは上機嫌だった。お茶を何杯もおかわりしながら、なんか書いてたみたいだけど、なんだろう。
 さて、もう12時だ。寝よう。明日は7時に起きて不思議探索。服は既に出してある。雨が降ったら、新しく買った傘とカーディガンを持っていこう。
 

【6月4日】


 信じられないことだ。何の事情も説明せずに、来週からしばらく団活を休ませて欲しいだなんてワケがわからない。
 解散後に呼び止められたときに、なにかを期待したあたしがバカだった。
 情けない。本当に情けない。
 勝手にすれば、としか言えなかった自分が本当に情けない。しかも怒鳴り声で。
 もう子どもじゃないんだから、色々な事情があるのなんてわかってる。みくるちゃんや古泉くんが休むときは、なんともないんだから。
 なのに、あいつのことになると、なんでこう冷静さを欠くんだろう。
……まだ涙が出てくる。未送信のメールが5件。消した回数を含めれば20件以上だ。
 謝りたい。最後に見たあいつの顔が頭を離れない。気まずくて、悲しそうな顔してた。
 だめだ。今日はもうおしまい。涙がとまんない。
 
 キョンごめん。ごめんなさい。キライになんないで。やだよ。
 
 02:14 追記 あしたTELする。忘れないこと。勇気をだしなさい、自分。
 

【6月5日】


 そろそろ付き合いもそこそこ長くなってきたけど、一つ新発見があった。忘れないように覚え書きにしておくことにする。日記はこういうときにも便利よね。
 
 ☆顔を見なければ、少し素直になれる。
 ☆そういう時は、おふとんの中で話すこと。
 ☆泣きそうになったら、トイレだと言って保留にすること。
 
……まとめてみるとワケがわからないけど、将来の自分がこれを読み返したときに理解できればいいと思う。それでいい。別に誰に見せるわけじゃないもんね。
 あいつから聞いた事情は、結局まだよくわからない。でもバイトしたいということ、既にバイト先は決まっているということはわかった。大収穫。
 短期だということで納得も出来たので、よしとしよう。これは超大収穫。
 それにしても、あいつの欲しいものってなんだろう?
 お小遣いが足りないわけじゃないだろうし、貯金もしてあったみたいだし。
 それで買えないモノ?
 しかもこっそりバイト?
 色々可能性はあるけれど、今は考えがまとまらないから保留。
 
 あいつの声が何度も耳の奥で繰り返されるので、全然頭が回らない。
 多分、今あたしは酷いニヤケ面になってる。キョンのアホンダラゲのせいだ。
 ああ、許してくれたのが嬉しい。満足できるほど素直に謝れたわけじゃないけど。
 
「ありがとな、ハルヒ」
 
 文字にするだけで声が再生される。頬が緩むのがわかる。どうしよう。
 ケータイの機能に通話録音があればいいのに。
 
 
 なかった。しかも今調べても意味はないことに、たった今気づいた。
 舞い上がりすぎだ、あたし。今日はおしまい。寝る。
 

【6月6日】


 朝はハイテンション。今はローテンション。
 朝一番で、あいつにお礼をいわれた。ふんぞり返って聞き流してから、トイレに駆け込んで幸せを噛みしめた。うう、阪中に顔見られたかも……迂闊過ぎだ。
 でも、あいつのいない部室は火が消えたみたいだった。
 それにしても、あいつったら本当に誰にも言ってなかったのね。
 バイトのことは秘密にして欲しかったみたいだったから、しばらく休むっていってたとだけ、みんなには伝えておいた。
 あたしがつまんなそうにしてたのを察してくれたのか、みくるちゃんが気をつかってくれて、甘い紅茶をだしてくれた。
 あの子は本当に、そういうところを察するのが上手なんだと思う。だから大好き。沢山甘えたくなる。SOS団の宝物。あたしの宝物だ。
 紅茶を飲んで、あいつの席に目をやったら、なんか泣きそうになったので、みくるちゃんの胸に顔を埋めるセクハラをした。いつもより嫌がらなかったな。
 顔をあげると、にっこりと笑われて恥ずかしくなったので解散。
 あいつに電話をしようと思ったけど、やめた。まだ我慢。我慢できる。
 

【6月7日】


 席に着くと「墜落したUFOとか見つかったか?」とか言われた。
 まったく突然の事だったので、最初は全然理解できなかったんだけど、そういえば、そんな絵描き歌があったわよね。
 あたしとしたことが、そんなことも思いつかないくらいに昨日は上の空だったらしい。本当に不覚だわ。
 独特の抑揚で「あっちいってこっちいっておっこちてー」なんて歌うあいつが可愛くて仕方なかった。ニヤけそうになったので、バッカじゃないのと言ってトイレに避難。
……阪中に聞かれたかも。トイレって小声で歌っても響くのね。失態だわ。
 いざとなったらJ・Jを犬質にして阪中を……できるわけがない。
 う~……聞かれてないよね……?
 
 団活中に古泉くんが、あいつがどこでバイトしてるのかなんて話題を振ってきた。みんな心当たりがないらしい。
 早めに解散すると、有希が本を貸してくれた。有希も優しい。本当に大好き。
 でも「彼なら大丈夫」ってどういうことだろう。気になる。何か知ってるのかな。
 本は、喋る犬の話と飼い主になった男の話だった。まだ半分くらいまでしか読んでない。
 ママ曰く、映画にもなってるらしい。DVD借りて部室のPCで観ようかしら?
 提案しようとケータイを手に取ったら、短縮1にかけそうになった。困ったクセだ。
 
……まだ、我慢。
 
 おふとんに入るまで、ケータイは枕の下に封印しておこう。
 

【6月8日】


 つまんない。
 あいつは元気そうだった。よく寝てたけど。昼休みも寝てた。
 起こさなかった自分を誉めよう。いつもより眠りが深かったみたい。
 授業中さされそうだったから、つついたんだけど起きる気配ゼロだった。
 慣れないバイトで疲れているんだと思う。
 団活も早々に終わりにした。
 あたし最悪だ。みんなに八つ当たりみたいな態度をしたと思う。バカみたい。反省。
 

【6月9日】


 一日中雨続きだし、最悪の気分だ。情緒不安定。
 今日もあいつは一日中グッタリしていた。
 話しかけても上の空だし、休み時間は机に突っ伏してるし。
 そんなキツいバイトなんだろうか。そこまでして欲しいものってなんだろう。
 質問が喉まで出かかる。でも我慢した。まだ我慢。
 団活も中止。
 昼休みのうちに、あいつ以外の全員にメールを送っておいた。
 あいつのいない部室になんかいたくない。
 本当に情緒不安定だ、黙ってると涙が出そうになる。
 あいつの元気な声が聞きたい。困ったように笑う顔がみたいよ。
 

【6月10日】


 あいつは今日は元気そうだった。昨日はバイト休みだったのかな。
 昼休みは一緒にお弁当を食べた。谷口が邪魔しにきたけど。本当に空気読め。
 頭の中にメモしたことを文字にしておく。あいつとバカ口の会話。
「キツそうだな」「まあな、でも昨日は休みだったから」「まぁ頑張れよ」
 あたしの推理だと、多分谷口が絡んでるバイトなんだと思う。これは間違いないだろう。
 キツいバイト、肉体労働? 短期だといっていたわけだし、これは当たっていそう。
 昨日は休み。木曜定休? 色々ありすぎてわからない。シフトかもしれないし。
 情報が足りなさすぎる、全然わからない。
 でも、あいつが元気にしてたし、一緒にお昼ご飯食べられたから、あたしも元気。
 
 あいつのいない部室はイヤだったけど、昨日一昨日とまともに団活しなかったので、今日はちゃんと部室に行った。
 あたしの酷い態度をみんな気にしてないみたいだった。本当にありがたい仲間だと思う。我が儘でゴメンね。
 そろそろ夏休みの予定も決めたいんだけど、あいつがいないとダメだ。
 古泉くんが土日の予定を聞いてきたけど、何も決めていなかったので、考えるフリをした。あいつを抜いた四人で不思議探索なんて、あんまり気が乗らないしね。
 すると「決まっていないなら、どうでしょう。別のモノを探索しては?」と古泉くん。
 なにを言い出すのかと思ったら、彼のバイト先を探すんです。もちろん内密に。こちらが見つけても、彼には見つからないように、なんて言い出した。
 すごい名案だ。古泉くん最高だと思う。全員に拍手を促して、明日は社会科見学ということになった。
 でも、なんであいつがバイトで休んでいる事を知っているのかと思って、自分が口を滑らせたのかと思い返したりしたんだけど、実は古泉くんはあいつのバイト先を偶然見つけたらしい。
 なんで早く言わなかったのかと問い詰めたが、頭を掻きながら「プライバシーですからね」なんて笑った。なに言ってんだか。自分で言い出したんじゃない。
 でも、素晴らしい提案だったので帳消し。
 どんな仕事なのかと聞いたが、明日になればわかりますよ、だって。ちょっとイライラ。古泉くんは見た目も悪くないし、爽やかだし、好青年な紳士だけど、時々あいつとヒソヒソ話してるのが気になる。
 まさか……とか思ったりしたこともあったけど、まぁそれはなさそう。
 でもなー……多分彼は気づいてるんだろうな……あたしの気持ちとか。
 う~……。まぁいい、いざとなったら彼のゲームコレクションを物質にして……そんなことしなくても、余計な事は言わなさそうだけどね。うん。
 
 久しぶりに日記を書くのが楽しいけど、明日があるから早めに寝よう。
 わくわくする。はやくおふとんに入って、有希とみくるちゃんにメールしよう。
 あいつ、どんな事やってるんだろう? 楽しみだ。眠れないかも。
 

【6月11日】


 どうしよう。まだ顔がニヤけてしまう。こんなに笑ったのは久しぶりだ。
 ママにまで「なんかいいことあったのね」なんて言われてしまった。相変わらず疑問形じゃなくて、断定なのが気になるけど。まぁ親子だし、わかっちゃうわよね。
 でも、肉体労働だとは思っていたけど、あいつがあんな格好で、あんな仕事してるとは思わなかった。しかも意外なほどに似合っていたのが……ダメ、まだニヤける。
 疑問の大半は氷解したと思う。あとは理由だけだけど、まぁそれはいずれでいい。
 あいつのバイト先は工事現場だった。正確には建築現場。
 下っ端で、鉄骨だとかなんだとかを、一生懸命運んでた。
 スソがふくらんだぶっとい黒ズボン(ニッカボッカだっけ?)に、同じ色のチョッキ。中はTシャツ一枚で腕まくり。頭にはタオルを海賊みたいにかぶって、海軍手して。
 なるほど、木曜日は雨だから休みだったわけだ。雨じゃ工事できないもんね。
 谷口建設っていうシートがかかってたから、谷口のお父さんかなんかの紹介なんだろう。
 
 あいつってば、職場の人達に呼びかけられるたびに「はーい!」と大声で返事してた。かわいい。すごくかわいい。
 有希のデジカメの望遠で観たら、男っぽくてドキドキした。あいつのくせに、かっこいい。見たこともない表情してた。あんな顔もするんだ。新発見
 あいつが団活休みなのが、今はありがたいかも。月曜日に有希にメモリーカード持ってきてもらうことになってるから、部室のパソコンに取り込もう。
 口実は……いいや、後で考える。あー楽しい。なんて楽しい日だったんだろう。
 古泉くんが「似合いますよねえ」とか言ってたけど、本当にそう思った。
 でも、みくるちゃんも「男らしいですよね~」とか言ってたし、有希もコクコク肯いてシャッター切りまくってたのは、ちょっとなー。まぁいいけどね。
 見つかっちゃいけないから、覗いてたのは10分くらい。そのままみんなでお昼ご飯を食べながら、デジカメのメモリを見ては笑って、色々な話をした。
 一番盛り上がったのは、あいつがなんの為にバイトをしているのかってこと。
 
・古泉くん案は「バイクとか免許の資金かもしれませんね」
・有希案は「パソコン」
・みくるちゃん案は「誰かへのプレゼントとか」
 
 なるほど、どれも一理ありそう。あたしは「あいつまだまだガキだから高いゲーム機でも買うんじゃないの?」とかいっといた。ホントはわからない。
 でも古泉くん案だったら、とっても素敵だと思う。乗せてもらいたい。
 みくるちゃん案で、それがあたしに……だったら最高に嬉しいけど、特になにかあるわけじゃないから、まぁそれは夢見過ぎだと思う。
 とにかく、今日はすごく楽しかった。明日はオフにしたけど、一人で行こうと思う。休み……じゃないよね? 雨が降らないことを祈ろう。
 
☆メモ
・おにぎり(食べやすいようにラップでつつむ)
・からあげ(立ち食いできるように楊枝つき?)
・おしんこ(キュウリの漬け物があったはずだから、それで ※楊枝?)
・飲み物(絶対忘れないように! 甘いのがいいのかな? それともお茶?)
 

【6月12日】


 書く前から今日の日記は長くなりそうな気がしている。
 あとで腕のマッサージをすることを考えておこう。
 
 とりあえず今の気分から。
 最高! 最高! 最高! 超最高!
 夜から雨が降ってきたけど、全然憂鬱なんかじゃない。こんなに幸せな気分になったのは、本当に久しぶり。ここ数ヶ月で最良の週末だったんじゃないかしら。
 昨日も楽しかったけど、今日は本当に楽しかった。すごく楽しかった。今も余韻が残ってる。思い切りニヤけちゃう。でもおさまらないから続けて書く事にする。
 朝は6時に起きて支度をはじめた。少し曇りだったけど、天気予報の降水確率の数字を信じる事にして、キッチンで活動開始。一時間後には、結構しっかりしたお弁当ができていた。
 日曜の朝はゆっくりしているママが、何事かと覗きにきて、にやにやしながら寝室に戻っていったけど、小さな出来事に過ぎない。
 身支度をして出発。あいつの職場までは、自転車でゆっくり行って1時間弱。念のためケータイのGPSにセットしておいたから、迷う事はなかった。
 しばらく時間を潰してから、11時くらいに到着。
 バレないようにそっと覗くと、今日もあいつは働いてた。頑張ってた。えらいと思う。だから、これは団長としての応援。節約の手助け。
 言い訳を色々考えてはいたけど、どうにもまとまらない。今更ながら、自分の行動力にびっくりしたり呆れたりもした。
 でも、ここまできて引き返すのはバカだと思い、あいつのケータイにメールを送る。電話はダメ。仕事中だから迷惑になるしね。
 文面はこうだ「バイトがお昼休みになったら、絶対に電話しなさい。かけてこなかったら死刑」……我ながら相変わらずだと思う。
 でも、強い口調と言葉で対応しないと、いくら究極的世紀末的致命的宇宙的に鈍いあいつでも、あたしの気持ちに気づくかもしれない。だから、今はまだこれでいい。
……そう言い続けて、そろそろ1年になるんだけどね。
 近くの喫茶店で有希に借りた小説の続きを読んで待っていると、12時1分に着信。これじゃ叱り飛ばせない。
 開口一番は「俺だ、なんかあったのか?」だった。まぁ急に連絡してきたら、そう思うわよね。
 あたしは極めて冷静に、大事な用事があるから、今すぐこの喫茶店に来るようにと伝えた。なんでそんなところにいるのかと問われたけど、無視して切る。
 それから慌てて会計を済ませて店を出ると、あの格好をしたキョンが、それこそ鳩が豆鉄砲喰らったような顔であたしを見てた。
 それから、どんな説明をして、お弁当をつきつけたのかは、実はよく思い出せない。かなり口からでまかせを言ったし、強引な論理展開(そんな高尚なもの?)をしたと思う。
 昨日偶然通りかかったとか、学校であんたがお腹空かしてて寝ながらお腹鳴らしてて煩かったからとか、なんかもう、滅茶苦茶。思い出しても顔から火が出そう。
 最初はなんだかんだ言ってたけど、結局キョンはケータイをいじって、多分職場の人に連絡して「メシは今日一人で食いますんで。すんません」とか言って、電話なのに頭下げてた。
 相変わらずおっさんくさい。けど、かわいい。
 でも、この時は大いに反省。そうだよね。そういうキョンの都合とか全然考えてなかった。本当に反省。舞い上がりすぎ。でももう済んだ事。一応謝ったし。大丈夫って言ってくれたし。でも反省。
 
 それから二人で現場近くで並んで、お弁当を食べた。
 あたしは食べるつもりなくって、そのまま帰る気だったんだけど、結局どっちにしようか迷って2本持っていったペットボトルを見て「お前も食うんだろ?」とか言われたから仕方ない。不可抗力。多めに作っておいて良かった。
 レジャーシートがあるわけじゃなくて、予想通りの半立ち食いだったから、楊枝もラップおにぎりも大正解だった。
 学校や週末の団活で見るときよりも、勢いよくモリモリ食べてくれた。すごく嬉しい。やっぱり体力使うもんね。お腹空くよね。
 あたしは、おにぎりを2個だけ。バスケットの中でちょっといびつになっちゃっていたのを、素早く選んで食べた。セーフ。
 食べ終わると、唐揚げにつけておいた楊枝を加えたまま、両手を合わせて「ごっそーさんッス!」だって。なんか体育会系になっちゃってるのが、おかしかった。
 
 まだ昼休みは一時間半あるからってことで、そのまま二人でぶらぶら。喫茶店に戻ってもよかったんだけど、歩こうっていわれたから仕方ない。
 その間に、あいつはなんでバイトしてるのかとかも、全部話してくれた。
 これはあいつの新しい面を発見した、大事なところだから、しっかり書き残しておきたいと思う。
 
 キョンがバイトをはじめたのは、欲しい物があったから。
 でも、それは少し高くて、貯金や自分のお小遣いで買えない事もないんだけど、それはしたくなくて、どうしたものか迷っていたんだそうだ。
 欲しい物っていうのは、みくるちゃんの予想が的中。プレゼントだった。しかも、自分のお父さんへの。恥ずかしながら、あたしは父の日が近い事を、その時ようやく思い出した。
 買おうとしていたのは、お酒。ウイスキーで、ちょっと高級品らしい。
 まだあいつが小学生だった頃に、いたずらで戸棚から落として割ってしまったものと同じ物だってことだった。
 父の日にお酒をプレゼントってのは理解できるし、その説明からもなんとなく想像はついたけど一応、どういうこと? って聞くと、あいつは口を滑らせたって顔をしてから、照れたように「弁償だよ。弁償」って困ったような顔で笑った。
 つまり、子どもの頃に割ってダメにしてしまったウイスキーの事が、ずっと頭の中に引っかかっていたあいつは、自分でバイトできる年齢になったから、それを父の日のプレゼントとして贈ろうと考えたんだって……。
 ダメだ。思い出すと本格的に顔がニヤけてしまう。キョン、かわいすぎる。
 小さいキョン、どんな子だったんだろ? 今度アルバムとか見せてもらいたいな。
……鼻血でるかも。
 照れくさそうに話す横顔に見惚れてたの、気づかれなかったかな。
 古泉くんのバイトがどんなものなのかは知らないけど、まぁ彼は別として、確かに一年生の内からバイトをするのは難しい。15歳じゃ雇ってくれるところの方が少ないしね。
 で、雑談中に「バイトをしたい」って言ったら、谷口が紹介してくれたとのこと。やるじゃない、バカ口のくせにって思った。もちろん本人になんか言わないけどね。
 
 とにかく、そんな事情で急に短期のバイトを入れることになったそうだ。
 仕事の事も少し話してくれた。別に技術があるわけじゃないから、やることは雑用。資材を運んだり、ときどきセメントを混ぜる手伝いをしたり、道具を片づけたり。
 放課後は7時まで、土日は集中して夕方までだそうだ。時給は内緒だっていってた。まぁ肉体労働にしちゃ、そんなに高くないのかもね。雑用だし。
「そんなわけで、ここでも俺は雑用係やってるってわけだ」なんて笑ってたけど、肉体労働はおろか、まともにバイトをしたことのないあたしは、それでもえらいって思った。働く理由もね。
 こんな風に家族想いだから、妹ちゃんにもあんなに懐かれているんだろうなって、なんか納得した。あいつ、かっこいい。すごく。
 
……それに引き替え、あたしはダメなやつだ。照れを隠そうとすればするほど、ニヤケ面を隠そうとすればするほど、その反動で言葉がキツくなる。いい加減なんとかしないと……。
 なにしろ、あたしは話を一通り聞くと、
「いい社会経験だから、みっちりしごかれて現場での雑用係の真髄を掴んできなさい。団活を休んでるんだから、それくらいの目に見える成長がないと許さないわよ」
 なーんて言いながら、空になったバスケットをひったくって、帰ってきてしまったのだ……酷い自己嫌悪。
 まぁ、駐めておいた自転車に乗ってから振り返ると、キョンはいつもの「やれやれ」って顔で手を振ってくれたんだけどね。
 久しぶりに見たあいつの表情。ああ、来てよかったと想った。
 
 
――ああ、手が痛い。
 
 さすがに今夜は書き過ぎだわ。えーと……もう、三ページ目じゃないの。
 あたしはペンを放り出すと、壁掛け時計を見上げた。うわ、もう一時半?! 書き始めたの十一時だったのに……。愕然としながら手元の日記帳を見る。
 見慣れた自分の文字が、ちょっとだけ乱雑に書き連ねられている紙面。ページをめくって今日の一ページ目に戻す。強く書きすぎたせいで、ページの裏表がデコボコだ。あたしってば、テンション上げすぎ?
 でも、今日はそれだけの出来事があったのだから、これでいいのだ。
 昔見たアニメキャラの口調を真似ながら、そんな風に独りごちたあたしは、もう一度手をぶらぶらとさせてから、日記の続きを書き始めた。
 
『今日のことは、古泉くんにも、みくるちゃんにも、もちろん有希にも秘密。朝一番であいつにも口止めしよう。まぁあいつはバイトの事はそもそも内緒にしたがっていたから問題ないだろうけど。
 言い訳は、そう「団長が特定の団員に食糧供給するなんて不公平に思われたら困るから」でいいかな。つっこまれたら「団外活動の特別支援よ! 人道配慮に感謝しなさい!」……我ながら強引だ。
 それから口止め料代わりに、明日からおにぎりを作っていこう。金曜日でバイトは終わりらしいから、五日間分ね。ご家族にも一切内緒だから、お弁当増やしてもらうわけにもいかないだろうし。これは我ながら名案。
 今日はここまで、おしまい。』
 
 書き終えてから、少し悩んだけど、もう一行だけ追加する。
 
『おやすみキョン。明日も頑張ってね! 応援してるよ』
 
 最後にハートマークを描きかけたけど、急に気恥ずかしくなって極太のエクスクラメーションマークで塗りつぶす。日記の中じゃ素直になれてはいるんだけど……まだ、そこまでは恥ずかしい。
 日記を閉じ、引き出しにしまって、施錠。
 壁掛け時計の長針は、そろそろその周回を終えようとしている。いけない、いけない。ハンガーにかけた制服を指さし確認。目覚ましをチェック。おふとんに潜り込みながら、リモコンで消灯。
 明日、学校に行くのが楽しみ――久しぶりに、そう思える日曜の夜が終わった。

「参ったなあ……こんな事になるとは思ってなかった……」
 キョンは、まさに慨嘆って感じで空を見上げてから、がっくりと肩と顔を落として深い溜め息を吐いた。あたしも同じ気分。確かに予想外だったわ。
 商品はある、お金も足りている、なのに買えない。
 別にナゾナゾを出したいわけじゃない。今、あたし達が直面している現実が、まさにその通りっていうだけのことなの。ホントに困ったわ……。
 
 六月十八日、土曜日。
 父の日を明日に控えた今日。バイト日程を終了したキョンの復帰第一回目の不思議探索を終えた後、あたし達は二人で集まってデパートに来ていた。
「贈答品だっつってもダメとはねぇ……考えが甘かったな」
 そう。さっきのナゾナゾのような現状は、そういうことなのだ。
――失礼ですが、学生さんでいらっしゃいますか?
 さっきのメガネのおっさんの言葉が頭に甦る。
 それに素直に返答しちゃったのが全ての原因。そう、あたし達はまだ未成年。まぁ学生服を着てるわけじゃないんだけど、ウソをついたところで、やっぱり一目瞭然なんだろうと思う。
 それにしても融通が利かなさ過ぎるわよ。あたしは無性に腹が立ってきていた。
 贈答品よ? しかも父の日の贈り物なのよ? なのにダメってどういうこと? 
――未成年の方への酒類の販売は禁止されておりまして……大変申し訳ありませんが……。
 怒りはまだ煮えくり返っていたけど、どこかで納得する気持ちもあった。未成年者だとわかっていてチューハイを売っちゃったバイト店員が書類送検された、なんてニュースを見た事もあったしね。
 店員のおっさんも、事情はわかってくれたんだろう。随分悩んでいたみたいだし。
 でも、やっぱり納得いかないわ。別にキョンが飲むわけじゃないのよ? それなのに。キョンは自分で稼いだお金で、お父さんにウイスキーをプレゼントしたくって、それであんなに頑張ったのに。
 店内の休憩ベンチに座って、俯いてるキョン。膝の上にのせた肘、その先で組まれた指を見る。ここから見てもわかるくらい荒れてる。ちっちゃい傷があるのもわかるし、絆創膏も貼られてる。怪我もしたんだわ。
 なのに、それなのに――。
 
「まーしょうがねーか。こればっかりはな。店の方針とかだったら、別の店にいきゃいいけど、そういうわけじゃないしなー」
 空元気。わかんないとでも思うのかしら。あんたの横顔なんてずっと見てきたんだからね。これで、いつも通りの表情のつもりなのかしら?
 あんたは、それでいいの? 諦めてどうすんの?
「しゃあないだろ。幸いデパートだしな。適当になんか選ぶさ。悪いがハルヒ、一緒に選んでくれないか? 一本に絞ってたから、なんにも思いつかん」
 キョンと二人でショッピング、なんていうのは、普段ならかなり魅力的な提案だ。彼のお父さんのことを聞きながら、喜んでくれそうな物を選ぶ。それはきっと楽しい時間だろう。でも、今はそうすべきじゃない。
「あんた、そんなに簡単に諦めちゃっていいの? そんなに単純なもんじゃないでしょ? いくつの時にやらかしたんだか知らないけど、十年越しとかの弁償なんでしょ? 簡単に諦めるんじゃないわよ!」
 思わず口調がキツくなってしまう。本当に悪いクセだ。
 でもキョンの悲しい顔をなんとかしたいという強い想いと、非情な現実問題への憤りが綯い交ぜになって、口から音になって飛び出してしまった。出しちゃったものは、今更引っ込められないわ。
「そうは言ってもな。誰かこんなことを頼める大人に心当たりがあるわけじゃないしなぁ……」
 キョンは思案顔だけど、その考えが空回りしているのはよくわかった。
 思い出したように「ウチのおふくろは、今日はでかけてるしな。多分明日の買い物だろうけどさ」と付け加える。一人ペケってことね。かといってお父さん本人じゃ意味がないし……。
 あたしも思案顔を作ってはいたけど、実は心当たりがないわけじゃなかった。それに、そうするしかないし、そうしようとも考えていた。
――でも……。
 ポーチからケータイを取りだして時計を見る。五時過ぎ。閉店時間までは、まだまだあるし、夕飯の支度をし始めようかと、そろそろ考え出すくらいかしら。
 あたしは自分の家から、ここまでの所用時間や、彼女の支度にかかるであろう時間なんかも考慮して……それから意を決して、短縮2を呼び出した。
 
 prrrrr……prrrrr……。
 
「もしもし、マ……お母さん?」

 駅の時計は7時過ぎを示している。別に急いでるわけじゃないんだけど、なんとなく所在なくそれを見上げているあたしの左向かいでは、あいつが仕切りに頭を下げている。
「本当にありがとうございました。助かりました。なんか……こんなことしか言えなくて、申し訳ないです。本当にありがとうございました」
 左手に持ったデパートのロゴが入った、ちょっと立派な紙袋の中身は、十年越しのあいつの贖罪。あいつのお父さんへの贈り物。無事に買えたのはよかったけどね……なによ……そのニヤケ面は。ふんっ。
 あたしは右手側に立って朗らかに笑っている、ゴージャスな女性を横目で見た――あたしのママである。
 電話で事情を説明すると、ママは二つ返事で「一時間待ちなさい。ついでにお買い物もお願いね」なんて弾んだ声で言って、買う物を指示すると電話を切った。
 で、食品売り場を二人で回った後、合流したママと一緒にもう一度酒類売り場にリベンジして、無事ウイスキーを買えたってわけ。
……そこまではよかったんだけどねぇ……そこまでは……。
 そりゃ確かにあたしのママは見た目かなり若いわよ。しかもどういうわけ? あたしとどっかにお出かけするときより、バッチリオシャレしてきちゃってさー。もー参観日とかそういうのじゃないのよ?
 うっわ、香水までつけてるし……なによあんた、年上萌えだと思っていたら、こんなところまでストライクゾーンだっての? まったくもー……。
 あ、あたしだってね、あと五ね……十年もすれば、ママなんかに負けない大人の女に……ちょっ! なによママ! 別に我が儘なんか言ってないってば! 困らせてるとかそんなこともないの! コイツは雑用係なんだから!
 こらキョン! 否定しなさいよ! 迷惑ばっかかけてるのはあんたの方でしょ?! やめてよママ! 娘に恥かかせないでよーっ!
 
 あたしは駅前の雑踏の中で、顔に熱を感じて一人暴れていた。
 もー……絶対にこうなるってわかってたのよ。だから迷ってたの! 頼めばママはすぐに来てくれるってわかってたけど。キョンなんかに会わせたら、絶対こうなるって!
 ちょっとお! 誰がいつも家でキョンの話なんかしてるのよ!
 ああああああんたもあんたで、なんで真っ赤になってんのよ! 忘れなさい! 絶対によ! 聞き間違いの空耳なんだからね! 悪評しか言ってないんだから!
 もうやだあー! 宇宙人でも未来人でも超能力者でも異世界人でもいいから、誰かこの場からあたしを助け出してーっ!
 
――屈辱の時間は、たっぷり20分は続いた。
 駅から家への帰り道。キョンと別れたあたし達はお互い会話もなく歩き続けていた。ウソ。黙ってるのはあたしだけ。ママはさっきから、ずーっとはしゃぎっぱなしだ。
 なーにが、久しぶりに若い男の子と話しちゃった、よ。ふん。
 まだ、あたしとしてはママを許せる気にはなれなかった。よりによって当人同士がいるところで、あんな風に娘に恥をかかせるなんて……ああもう月曜日が怖いわ……。どんな顔して会えばいいのよっ!
……でも、感謝は感謝なのよね。本当に助かった。団長としての面目とか、そういう問題だけじゃなかった。
 あたしはキョンをなんとかしてあげたくって、でもどうにもできなくって困っていて。それを助けてくれたママ。つまりママは、あたしとキョンの二人を助けてくれたんだ。お礼、言わなくっちゃね。
 ママ。ありがとうね。本当に助かっちゃった。
 う、うん。そう、あれがキョン。
 ほーんと下調べもしてないんだもん、どうしようもないわよねー。
 えっ? ちょっと! 気に入ったってどういうことよ?!
 む、むむむ息子ってどういうこと?! キョンはそんなんじゃないんだってば!
 いや、その、ち、違うってば!
 ええええっ?! いやよ! ダメ! 小学生じゃないんだから家に呼ぶなんてイヤよ!
 お食事でも……ってもー! だめっ!
 え?……うん。そ、それは……やだ……うん。
 うん……がん……ば……はい! わかったわよぉっ! 頑張る! 頑張りますってば!
 
――いつも通り賑やかな母娘の会話。あたしの大好きな時間の一つ。
 そんな中で、あたしは少し。そう、ほんの少しだけ、こどもみたいな疑問をママにぶつけてみた。
 キョンが選んだ父の日のプレゼント。そのエピソードを聞いたときに、キョンが眩しく見えて……それから、ちくっと胸に差し込んできた小さな痛みを。
 
 歩みを止めて、息を吸い込む。それを吐き出しながら、小さな、小さな声で。
 
――ママ、あたしが男の子の方がよかった……?
 
 口に出してから後悔する。うちのパパ……もとい、親父は相当な親バカだ。かなり溺愛されていると思う。過保護だとは思わないけどね。
 あたしが小さい頃から、野球やらプロレスやらに連れ回したりしたのは親父だ。キャッチボールもしたし野球もしたし、プロレスごっこもした。おかげで近所の悪ガキどもと対等に張り合えたけどね。体力もついたし。
 でも、それってやっぱり男の子に対する接し方よね? ウチは一人っ子だから、そう考えると親父は息子が欲しかったのかなって思うことが、これまでもあった。
 キョンの贈り物。自分でバイトしたお金で買ったウイスキー。想い出の贖罪。そんなことをされて喜ばない父親がいるだろうか? ウチの親父にあたしが同じ事したら、多分感涙の海で溺死するわね。
『成人したら、今度はそれを一緒に飲めたらいいな、とか思うよ。まーあと三年も残ってないだろうけどさ』
 そう言って笑ったキョンの笑顔は、あたしの脳に完全に焼きついていた。眩しすぎて。
 そして、その笑顔に……あたしは、ちょっとだけ嫉妬した。それが、あたしの胸の奥に刺さった小さな小さな棘だった。
 
 でも、そんなあたしのバカでガキっぽい問いかけを、ママは笑い飛ばした。
――ハルヒはハルヒであってハルヒ以外のなにものでもないでしょ。そこいらの男の子以上に元気で、こんなに綺麗な娘になって。優しくて、ね。 
 胸があたたかいもので満たされる。こういう応えが返ってくることなんてわかっていた。こういうママに育てられたから、あたしは今があるんだから。
――まぁそうね。
 あたしの頭を抱き寄せながら、ママは続けた。
――パパがハルヒが女の子として生まれた事を後悔するとしたら、あんたがお嫁に行くときじゃない? その前に彼氏連れてきたりしたときでも、そうかもね?
 そして、大きな声で笑う。心底楽しそうに。あたしもつられて笑ってしまう。心から。でも、次の瞬間、あたしはまた真っ赤に赤面することになったのだ。
 
――だからキョンくん連れくるときは、パパのいないときにしなさいね?
 ちょっとママ! どういうことよそれっ!? ちょっとーっ!!
 
 
<了>

今年は昨日15日が父の日ですが、ネタ的に入れたいのがあったので2006年の暦を使用しましたw

「涼宮ハルヒの憂鬱」の名称、画像、その他の著作権は、谷川流、いとうのいぢ、SOS団、角川書店、京都アニメーション、その他それぞれにあります。
また、SS、AA、画像の著作権も、それぞれの作者に帰属します。
問題がある場合には、pokka_star(アットマーク)hotmail.comまで、ご連絡下さい。可能な限り対処致します。
Last Update 2009/11/10
haruhi-ss 俺ベスト(おれべす)
inserted by FC2 system