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長門さんと花
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放課後。
俺はいつも団室で読書に励んでいる宇宙人と教室に二人きりでいた。
「あなたに話がある」
「話?」
改まった態度でそう話を切り出した長門は、
しかし、そこから先の言葉をなかなか発しようとはしなかった。
むしろ口を開くことさえ躊躇うような表情をしているようにも見える。
「……」
「長門?」
「私の……」
俺が名前を呼んだことを切っ掛けとするかのように、
無口な少女はぽつぽつと霧雨のような声を出した。
「私の中に……」
「……」
突然始まった独白に、
俺は神妙な面持ちで拝聴していた。
そんな俺の耳に、
予想だにしない返事が返ってきた。
「花が咲こうとしている」
「……花?」
思わず普通に聞き返す。
どういうことだ?
見た目にはいつもどおりのお前にしか……
混乱しながらも、真剣そのものの長門の顔を見て、
冗句の類でないと悟り、もう一度聞き返した。
「どんな……花、なんだ?」
「……」
俺の質問に再び困惑気味な無表情を浮かべる文学少女。
「うまく、説明……できない。
でも……」
「?」
俺に分かる程度に逡巡するような素振りを一瞬見せたあと、
長門は少しだけはっきりした声でこう続けた。
「……咲かせてはいけない花」
「咲かせてはいけない?」
そりゃ、体の中に花を咲かせるわけにはいかないだろうが……
明瞭な回答が見つからない俺の返事に、
長門は小さく頷いてさらにこう付け加えた。
「咲かせることが許されない花」
辛そうにそう告げる長門の表情を見て、
俺はますます混乱の度合いを強めていった。
この普段は万能少女にどんな『花』が……
「その『花』は……本当に咲こうとしているのか?」
「してる」
小さく頷きながら答える長門。
「その……間引いちまうとか……」
「無理。もう芽を出して私の中に深く深く根付いている」
「そもそもどうして咲かせることができないんだ?
いや、そりゃ自分の中にそんなものがあれば困るだろうが……」
「……」
俺の質問に少し頭を下げて口をつぐむ長門。
その様子に何事かを感じ取った俺は、
『花』に対する疑念の解決よりも長門を助けることを優先することにした。
「……お前はその『花』をどうしたいんだ?」
「……」
「こうして俺に相談してくれるってことは、
何かしら手伝えることがあるってことだろ?」
「……そう」
頷きながらもなぜか寂しげな様子の長門。
「あなたに頼みたいことがある」
「俺に?」
「そう」
俺ごときに出来る事ならお安い御用、
いや、長門のためならかなりの危険でも即承諾だが、
いったい何を……
そんな風に疑問に思う俺の耳に、
小川のせせらぎの様な声が聞こえてきた……
「探さないで」
突然の言葉に思考が停止した俺の前で、
優しげな表情を浮かべて長門は小さく手を振り……姿を消した。
なだらかな丘陵地に広がる緑の海の中に、
両手で数えられるような年齢の女の子と共に、
その少女は座っていた。
「ユキお姉ちゃん!花飾り作ろ!」
「花……飾り?」
「そう!えっと、こうやって、こうや……れれ?」
長い髪を揺らしながら思ったとおりに組み合わさらない花束に苦戦する女の子に、
少女は静かに手助けを申し出る。
「貸して……」
両手に溢れんばかりの花を受け取った彼女は、
静かに1本ずつ編み合わせていく。
「わぁ~きれ~!さすがユキ姉ちゃん!!」
寸分の狂いも無く整った花の冠を見て、
嬉しそうにはしゃぐ女の子。
「ほんとにユキ姉ちゃんは何でもできるね!」
「……」
褒められているのが分かっていないのか、
怪訝な表情をする彼女をよそに、女の子は話を続ける。
「花冠はティアラみたいに綺麗に作っちゃうし、
料理は見ただけで何でも作っちゃうし、
パパが冗談で『薪割り手伝ってくれ』って言ったら、
一人で1か月分くらい作っちゃうし……」
「……」
そういえばそんなこともあったな、といった顔で、
幼子の話に耳を傾ける少女。
そんな彼女に、女の子はふと疑問に思ったことを尋ねた。
「でもユキ姉ちゃんって、この辺の人に見えないけど、
どこから来たの?あじあ?」
「そう」
「来たのはいつ?あたしたちが会ったのってちょっと前だから、
それより前、だよね?」
「そう」
「む~、『そう』ってイエスってこと?」
「そう」
淡々とした口調で答える彼女の様子に呆れながらも、
健康的で端正な顔立ちの女の子は質問を続けた。
「じゃあ、どうしてここに来たの?
観光じゃないんでしょ?」
「……」
今度は何も言わず、少しだけ寂しそうな顔を浮かべる少女。
そんな彼女の顔を怪訝な表情で女の子が覗き込む。
その幼い娘の顔に見つめられた少女は、
いつもの無表情を少し緩めてこう答えた……
「花を咲かせたくなかったから」
「花?なんの?」
予想だにしない答えにきょとんとした表情をする女の子に、
少女はもう少しだけ詳しく答える。
「私の中で咲こうとしていた花」
「ユキ姉ちゃんの中?」
「そう」
「その花ってあたしの中にも生えてるの?」
その質問に少し考えながらも、
彼女は小さく頷きこう言った。
「いつか、咲くかもしれない」
「えぇ~どうしよう!!」
「大丈夫、あなたは綺麗な花を咲かせればいい」
「でも、ユキ姉ちゃんは花を咲かせなかったんでしょ?」
「私の花は……咲かせてはいけない花、だったから……」
「?」
少女の言葉に首をかしげる女の子。
その頭を優しくなでながら少女は話を続ける。
「私の花は咲くことは許されないし、
きっと咲く前に茎が折れて腐ってしまうから……」
「どうして?」
「どうしても……」
「でも花はいつか咲くんだよ?」
当たり前のことを当たり前のように言う女の子の言葉に、
少女は返事を返そうとした。
「それでも私の花は咲かせては……」
「どうして最初から諦めるの?花は咲くから花なんだよ?
最初から咲いちゃダメな花なんて無いよ!」
幼い子供の言葉に、
過去の自分の行動を戒められた少女の耳に、
別の少女の声が聞こえてきた……
「やっと見つけたわ!!」
「どうして」
「あぁ、それなら飛行機とか車とか徒歩とか……」
「そうじゃなくて、どうしてここに……」
突如大きな声と共に自分の名前を呼びながら、
ふもとから駆け上ってきた少年少女たちに、彼女の問いかけた。
「決まってるじゃない、有希を探しに来たのよ」
「どうして……」
その言葉と共に、彼女は別れ際に『探すな』と伝えたはずの少年の方を見る。
「言っておくが探し当てたのはハルヒだからな」
そんな詭弁のような答えで、
約束を反故にしていないと主張する少年。
「丁度僕の知り合いがこのあたりに住んでいましてね。
涼宮さんが予想したあなたの居場所を見つけたと教えてくれたんです」
もう一人の少年が、差しさわりのない説明を付け加える。
「そ、それ、で……みん、なで……長門さん……迎えに……」
いまだ全力疾走の影響で呼吸がまとまらない別の少女が、
それでも力を振り絞って言葉を出す。
「そういうわけだから一緒に帰るわよ、有希!」
「でも……」
集団の中の一人の少年と目の前に立つ少女を交互に見る彼女の様子に、
もう一人の少年が何事かに気づいて助け舟を出す。
「ここは涼宮さんにまかせて、僕らは朝比奈さんを外へ」
「いや、だが……」
名残惜しそうにそう言う少年だったが、
息も絶え絶えの少女の様子を見て、承諾した。
「わかった……ハルヒ、頼んだぞ」
「あんたに言われなくても分かってるわよ」
その言葉を聞いた少年たちは、
もう一人の少女を連れて外に出て行った……
「さて、じゃあ有希!帰る準備しなさい」
「……」
「なに、何か不満でもある?」
「帰りたくない」
だれが聞いても嘘だと分かるような口調で、
少女は答える。
「有希が帰りたくなくても、
SOS団員がいるべき場所は古今東西SOS団室って決まってるの!」
「でも……」
そう渋る彼女に、
少女は少しだけ顔を背けながら、
はっきりとこう告げた。
「あんな譲られたような形であたしの『花』を咲かせたくないわ」
「!!」
「キョンは鈍いから気づいてないけど、
あたしが気づかないわけないでしょ」
そう言うと再び正面を向いて、
少女は話を続けた。
「だから、正々堂々と……と思ったのに……」
「……」
「それなのにいきなり……」
「……ごめんなさい」
いつの間にか俯いていた少女を前に、
彼女は謝罪の言葉を口にした。
その言葉を聞いた少女は、
顔を上げると目を滲ませたまま元気な声でこう言った。
「わかったなら、帰るわよ!いい!?」
その言葉に彼女はいつものように静かに頷いた……
空港へ向かう列車の中。
にぎやかな若者の集団が話をしていた。
「いや~でも、こんな遠くにいるなんてね」
「ごめんなさい」
「いや、初めての海外旅行ができたと思えばいいと思うぞ」
「でもほんと綺麗なところでしたね~」
「そうですね……ところで皆さん……」
一人の少年が、
そっと別の席を指差した。
「彼女はいったい……」
「「「「あ……」」」」
その指先には少女と仲良く話していた女の子が、
すやすやと眠っていた……
空港前までその娘の両親に迎えに来てもらったのはまた別の話…… |
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