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涼宮ハルヒの正夢
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「もう、何考えてんのよ!バカキョン!」
それはいつも言ってる挨拶みたいな言葉だった、でもその時のキョンは、なぜかいつもとは違う反応をした。
「そうか…そうだよな。俺は、バカだ…」
そうポツリと言うと、椅子からガタっと立ち上がった。
いつもと雰囲気が違う。あんな顔は、初めて見たかもしれない。
「ちょっと!まだSOS団の今日の活動は終わってないわよ!何所へ行く気?」
「外に行くだけだ。心配するな」
そう言いながら、部室のドアまで歩いていき、ドアノブに手を掛けて、団長席にいるあたしに振り向いた。
「もう2度とここへ来ない。お前も、俺の事を、2度と誘わないでくれ」
バタンとドアを閉め、静かに出て行ってしまう。
「待ちなさいよ!団長の許可も得ず、勝手にそんな事、許されないんだからね!」
あたしは急いで後を追いかけて、部室の外に出た。
廊下には既にキョンの姿はなかった。以外にすばやいのね、あいつ。
「隠れてないで、出てきなさいよ!キョン!」
廊下を走って追いかける。でも、いくら進んでもキョンの姿は見当たらない。
「戻ってきなさいよ!キョン!」
ひたすら廊下を走る。キョンは見当たらない。
「何所に隠れてるの?キョン」
もう何分も廊下を走ってる。それでもキョンは見当たらない。
「キョン、出てきてよ。どこいっちゃったのよ…」
息が切れるぐらい走り続けた。それでもキョンは見当たらない。
「キョン…戻ってきて…おねがいだから…」
もうだめだ、これ以上走れないぐらい走った。それでもキョンは見当たらない。
ガバッ……夢…。
そうよ、こんなの夢に決まってる。キョンがあたしを置いて出て行っちゃうなんて、考えられない。
でも、その時、ふと映画を撮影している時のワンシーンが頭の中に浮かんだ。
みくるちゃんと古泉くんとで、ラブシーンを撮影している時、あの時キョンは本気で怒ってた。
もしも古泉くんが止めに入っていなかったら、どうなっていたんだろう。
あたしは頭をブンブンと振って嫌な考えから頭を切り替えようとした。
夢だ。こんなのは夢にすぎない…でも、正夢っていうのもあるかもしれない。
身体に変な汗が浮いている。気持ち悪い。
涼宮ハルヒの正夢
さて、今日も色んな意味で楽しい学校生活が始まるわけだ。
俺は延々と坂道を登っていくという、朝の苦行を終え、自分の教室へと向かった。
「うぃーっす」
途中で出会ったクラスメイトに適当に挨拶して、教室のドアをくぐると…。
「!?」
いつもの、窓際最後尾の位置に座っているハルヒの姿、なのだが。
髪型がポニーテールになっている。
こんなことは、あのフロイト先生が爆笑した時以来だ。
まてまて、今日は何かの記念日だったか?誰かの誕生日?…いや違うな、記念日でも誕生日でもない。
じゃあ、昨日、なにかあったっけ?…いや、特に何も無い、SOS団的一日だった。
ならなんでお前はポニーテールにしているんだ。単なる気まぐれか?それならそれで…ま、嬉しいのだが。
「おいキョン。教室のドアで立ち止まるなよ。中に入れないだろうが」
すまん谷口、思わず考え事をしてしまっていた。
俺は、なるべくいつもと変わらないふりをしながら、ハルヒの前の席に座った。
よう、どうしたんだ。その髪型。
「べ、別に?なんとなく、したいと思ったからしただけよ」
そ、そうか。
「悪い?」
そんなことはないぞ。…よく似合ってる。
最後の部分は小声で付け加えておいた。
いつもと変わらないハルヒ。しかし、妙に違和感を感じるのは、俺の考えすぎだろうか。
「ねえ、キョン。今度の不思議探索、どこか行きたい所はある?」
めずらしいな。いつもはお前が勝手に行き先を決めてしまうのに。
「団長として、たまには団員その1の意見も汲み取ってやろうと思ったのよ。で、何所が良い?」
そうだな…最近は商店街や駅前ばかりに行っていたから、たまには山の方とかはどうだ。
「いいわね。またみくるちゃんにサンドイッチか何かを作ってもらって…」
朝比奈さんのサンドイッチか、いいねえ。またあれを食べる事が出来るなんて、至福の時に違いない。
「ちょっとキョン。いま、デレっとした顔してなかった?」
そ、そんなことないぞ。
「もう、変なこと考えてたんでしょ、バ…」
そこまで言って、急にハルヒの動きがピタっと止まった。
「バ…馬超についてどう思う?三国志の」
突然なんなんだよ。
まあ、三国志大戦じゃあ良く使うけど、それがどうした?
「そう。意味は特にないんだけどね。あはは…」
やっぱ変だ、今日のハルヒは。
餅は餅屋。こういうときは専門家に意見を求めるのが吉だろう。
というわけで、昼休みの時間に、俺はスマイル男の教室までやってきた。
「涼宮さんの様子ですか…。昨日までは、特におかしな点は見当たりませんが」
閉鎖空間の方はどうだ?
「明け方に、最近にしてはわりと大きめの物が発生しましたね。それでもイレギュラーというわけではありません」
俺は今朝のハルヒの様子がちょっとおかしい事を説明した。
「なるほど。…では、こうしましょう。今日の部活は、僕と朝比奈さんと長門さんは少し遅れて入ります。最初はあなたと涼宮さんだけにしますから、その間に少し探りを入れてみては、いかがですか」
そうだな。誰も近くに居ない方が、あいつも話しやすいかもしれん。
「しかし…。あなたも、やっぱり気になるんですね、涼宮さんの事が」
そうじゃねえ!俺はまたあいつが面倒な事を起こしやしないかと思ってだな。
俺がそう言うと、古泉は苦笑しながら、
「解りました。…そういうことにしておきましょう」
どういう事だ、まったく。
かくして今日の授業も滞りなく無く終わり。部活の時間となる。
俺とハルヒは連れ立ってSOS団の部室に入り、それぞれの指定席に座った。
さて、今日は他の3人は遅れてくるはずだからな。お茶は自分で入れることにしようかね。
と、思っていると。めずらしい事にハルヒが自分でお茶を入れ始めた。
「はい、キョン」
ああ、ありがとう。ハルヒ。
「団長自ら入れてあげたんだからね。感謝して、よーく味わって飲みなさいよ?」
確かにレアリティあふれるお茶ではあるな。
2度と無いかもしれんし、ゆっくり飲む事にしよう。
2人しかいない部室に、ハルヒがマウスを動かす音だけがカチカチと鳴っている。
さて、どうやって話を切り出そう。
いざ切り出すとなると、妙に緊張するな。
なんとなくチビチビとハルヒ特製のお茶を飲んで時間を浪費していると、湯飲みが空っぽになってしまった。
とりあえず、湯飲みをテーブルに置き、カバンから本でも取り出すか。
と、その時、変な緊張をしていたせいか、広げたカバンが湯飲みに当たり、湯飲みがガタンと倒れた。
よかった、中身がからっぽで。
「もう、なにやってのよ、バカ…」
そこまで言って、急にハルヒの動きがまたもやピタっと止まった。
「バカ釣り日誌って映画なかったっけ?」
なんだよ、その変な倒置法もどきの改題は。釣りバカ日誌だろ。
「あー、そうだったわね」
バカという言葉に敏感に反応しすぎなんじゃないか?
ハルヒの事が本気で心配になってきた。
もう回り道は無しだ。ずばり聞いてしまおう。
…なあ、ハルヒ。今日のお前はやっぱ変だぞ。
なにか悩み事でもあるのか?もし、相談できる事なら、聞かせてくれないか。
「な、悩み事なんか、何も無いわよ」
そうか?なんか隠してないか?
「隠し事なんてしてない!もう、何考えてんのよ!バカキョン!」
その瞬間、ハルヒは顔を硬直させて、眼を見開いた表情で俺の顔をにらみ付けた。
どうしたんだ、何か触れてはいけない事に、俺は触れてしまったのか?
どうすればいい、何でもいいから話すんだ、この場をまぎらわせろ、俺。
「そうか…そうだよな。俺は、バカだ…」
俺がそう言うと、ハルヒは顔をますます青ざめさせていき、体をプルプルと振るわせ始めた。
まずい。なにかわからんが、俺は地雷を踏んだ。
こういうときは36計逃げるにしかず、だ。昔の人は良い事を言った。
いや、逃げるわけじゃない。一時的な戦術的後退だ。少し時間を置いて、ハルヒが落ち着いてから、また話をしようじゃないか。
俺は椅子からガタッと立ち上がった。
俺が立ち上がると、ハルヒは身体をビクッと震わせた。
ハルヒの顔は、もう蒼白といった感じになっている。ここまで動揺したハルヒを、俺は初めて見たかもしれない。
「まだ…活動は…終わって…何所へ行くの?キョン…」
蚊の泣くような小さな声。どうしちゃったんだよ、いったい。
とにかく、なにか、お前を落ち着かせるような説明を…。
「外に行くだけだ。心配するな」
次の瞬間、ハルヒは団長席から飛び上がるようにして立ち上がった。
だめだ。観測史上過去最大級のカミナリが来るぞ。もう、防ぐすべはあるまい。
俺は逃げるためにドアへ向かおうとした。
するとハルヒは全速力で俺に向かって突進してきた。
ちょ、ちょっと待ってくれ。
俺の願いもむなしく、現役のアメフト選手なみのタックルを決めて、部室の床に俺を押し倒す。
痛ってえ。なんで、お前、こんなに。
ハルヒは俺の身体にギュッとしがみ付きながら、学生服に顔を埋めて、
「行かせない」
え。
「SOS団を辞めるなんて、絶対に許さない!あんたはあたしと、ずっと一緒にいるんだから!」
何を言ってるんだハルヒ。ちゃんと順序立てて話してみろ。
…そんな理由だったのか。
ハルヒ、俺はSOS団を辞めたりなんかしないぞ。
こんな面白い団、お前が辞めろって言ったって、絶対辞めたりはしないからな。
「キョン…」
夢の話なんかあてになるもんか、正夢だの逆夢だのと言った話は、話半分ぐらいで聞いておけ。
夢なんかに人生を左右されるもんじゃないぜ。
あの神人の夢を、本気にされても困るしな。
ハルヒは俺の身体にしがみ付いたまま、顔だけを上げて俺の方を見て、
「辞めろなんて言わないわ。あたしのSOS団から、脱退者なんて1人も出させないんだからね」
そう言いながらニヤリとしたハルヒスマイルを見せた。いいね、いつものお前らしくなってきたぜ。
ポニーテールのハルヒが、俺にしがみ付いている。
しかも身体を密着させているせいで、ハルヒの胸の部分が、俺の腰に当たっていてだな。
いや、だからその、なんだ。
「失礼します、遅れてしまいまし…」
「キョンくん!」
「…ユニーク」
うわ、お前ら急に…って、今の俺の状況は、ハルヒに床に押し倒されている、まさにその現場なわけで、
「どうやら僕たちは邪魔者のようですね、行きましょう朝比奈さん」
「キョンくん、お幸せに」
「…録画開始」
ちょっとまて!誤解だ!それから長門!こんな場面を保存すんな!
ハルヒ、お前もなんか言えよ!
ギュッ。
ちょ…お前…。
長門、早く保存を終了しろ!
「録画停止」
おわり |
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