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思い出はおっくせんまん
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会社で先輩と大喧嘩し、そのまま会社を飛び出してしまった。我ながら何やってんだという気もするが、やっちまったもんはしょうがない。
帰って謝らなきゃ不味いよなあ。だがそう思う度にあの嫌みったらしい先輩の顔が脳裏に浮かぶ。
なんで俺こんな会社に入っちまったんだろ。偶然入れたような会社だったのが不味かったのかなあ。
なんてことを考えながら夜道を歩いていると、目の前にかつて通っていた大学があった。
「ここには二度と来ないと思ってたんだがなあ」
人間、精神が不安定な時には無意識に一番安らぎを得られそうな場所に行ってしまうらしい。俺にとってそれは大学なのだろうか。
しばらく探索しているとサークル棟に辿り着いた。そう言えば4年間サークル活動なんてしてなかったっけ。今思えば勿体無いことをしたもんだ。
「…あれ?」
部屋の一つに灯りがついている。確かあそこには何のサークルも入ってなかったはずだ。新規サークルか…こんな夜中に何をしているのだろうか。
「……ちょっと覗いてみるか」
卒業してまだ1年、まだ後輩は見知った顔ばかりのはずだ。冷やかしがてら行ってみるのも悪くはない。
そうだ。飲み会の酔いざましとでも言えばいい。そう思って俺はその部室のドアを開けた。
「うぃ~っす、…………え?」
「………谷口か?」
「何であんたがここに…」
「…………」
そこにいたのは、高校時代(一人は中学時代)からの腐れ縁である、涼宮ハルヒ、キョン、そして長門有希だった。
途端に高校時代の記憶が蘇る…。
『キョン、お前もう大学は決めたのか?』
眠そうにしていたキョンが唸るように答える。
『一応○×大学一本だな。微妙な賭けだが』
○×大学と言えばこの地方でも指折りの難易度を持つ超名門校だ。はっきり言って今のキョンの成績で届く筈がない。
『やっぱあれか?涼宮が行くからお前も付いてくのか?いやぁ~健気だねぇ』
『そんなんじゃねーよ。ただ…あいつには手綱が必要だからな』
うぉ~い、涼宮が心配だから一緒に行くっていうメインで否定するべき場所が否定されてねーぞ。ったく素直じゃねぇなあ。
『そ、そんなことよりお前はどうなんだよ。まあ、お前の成績じゃ高卒就職だろうがな』
俺と似たような成績のくせになんて失礼な。俺と全国の高卒の人に謝れバカ野郎。
『ふっふ~ん聞いて驚くなよ!ジャカジャン!なんと、俺も○×大学目指すことになりました!拍手!』
『……』
お?あまりの驚きに全く言葉が出ないようだな。
『谷口…もうそろそろ昼休みが終わる。保健室も閉まるぞ』
『俺は正気だ』
本当に失礼な奴だな。
『まあなんつうの?実は俺もお前と似たような理由なんだけどな』
『………ああ、例の「本田さん」か。彼女も○×大学行くのか?』
『そうなんだよ!ま、あれだ。「離れ離れになるのは嫌!」なんて言うからよぉ。そこで頑張るのが彼氏の役目ってもんだろ!なあ!』
『別に俺はハルヒと付き合ってるわけじゃ…』
まだそんなことをブツブツ呟いているが絶賛スルーする。
『てなわけで、お互い厳しい戦いになりそうだが、一緒に頑張ろうぜ!』
『お前一人だろ厳しい戦いなのはぶっ!?』
いきなりキョンが席にうつ伏せになる。その後ろには…
『あんたもよ。未だに国語最低ラインにすら届いてないじゃない』
我らが北高が誇る怪物、涼宮ハルヒが凶器(歴史の参考書だ。痛そ~)を片手に仁王立ちしていた。
『案外谷口の方が勉強してるんじゃない?ああ見えて一度走り出したら突っ走るタイプだから』
お?これは誉められてるのか?なんつうか涼宮に誉められる日が来るとは思わなかった。
『痛た……谷口、お前こないだの模試』
『国語は158だ』
再びがっくり倒れるキョン。ざま~みやがれ。
『ま、あんたも身の程を知って頑張ることね。谷口ですら入れる大学に落ちたらあんたのこと死ぬまで笑ってやるわ』
その文章は俺を馬鹿にしてますか涼宮さん?さっきのすぐにこれだから困る。
『ま、お前も頑張れよキョン。愛しの彼女に笑われたくなかったらな』
『だ…誰が!!』
おっと、触らぬ涼宮に祟り無し、だ。ちょうどチャイムも鳴ったことだし俺は席に戻らせてもらうぜ。
「で、本田さんとは大学入ってすぐに別れたんだよな」
「なんでお前、人の回想を最悪な形で切るわけ?」
もちろんこの場にいる全員は大学に受かったわけだ。まあ、長門と…なんだっけ?そうそう、古泉一樹も来るとは予想外だったがな。
「で、こんな夜中に何してたんだお前ら」
「そりゃこっちの台詞よ。あんたこそ何してたのよ」
いや確かにこいつらはまだ大学生だから大学に居ても全く不思議じゃないが。
「もうすぐハルヒの教員採用試験があるんだよ。だから追い込み勉強会にここを利用させてもらってんだ」
利用っつうか不法占拠だろ。……ってあれ?
「教員採用試験?お前先生になるのか!?」
「わ…悪かったわね!!」
驚天動地だ。予想も出来なかった選択肢って奴だな。
「お前まさか、教え子もSOS団に…!?」
「SOS団は現在新規メンバーは募集していません」
さいですか。ならどうしてだよ。
「別に…ただ、これから学校生活を送る後輩達に、あたしみたいなつまんない青春を送って欲しくないだけよ」
机に向かったまま早口で言い訳っぽく話す涼宮。
「高校時代はSOS団のおかげで楽しかったけど、その前は…。だからあたし、教師自身が毎日の学校生活がドキドキワクワク出来るような…そんな学校を作りたいの。だからその始めの一歩としてね」
随分壮大な計画だなおい。だが、かつてのお前よりは大人になったようで中学からの付き合いとしては素直に嬉しいがな。
「なら、SOS団の部室でいいんじゃないのか?こんなとこ使わなくても…」
それまでずっと本を読んでいた長門有希が顔を上げた。
「あの部室は「落ちる・すべる・転ぶ」の宝庫だから」
「どんだけ散らかってんだおい」
てゆうかお前そんな冗談を飛ばすような奴だったっけ?
「朝比奈さんがいないからなぁ~。飲むか?」
キョンが緑茶を差し出してきた。悪いな、ご馳走になるぜ。
「一回留年したのは本当響いたわね~」
「まったくだ。俺らが院に進んだからよかったものの、下手するとお前今日一人だったんだぞ」
逆だろ。涼宮が留年したから院に進んだんだろどうせ。
「そういや古泉の奴はどうしたんだ?」
「あ~古泉は~……ホンジュラスに留学中なんだ」
嘘くせぇな、ホンジュラスってどこだよ。メキシコの下か?
「そんなことより、就職した谷口は何で今大学に来てんだよ」
さあて何て答えるか。言えないよなあ先輩と喧嘩して飛び出したなんて。
「偶然近くで飲み会してたんだよ。酔いざましに散歩してたら懐かしくなってな。で前を通りかかったら灯りがついてたってわけよ」
「ふぅん、会社って大変なのか?」
さて、信じたのかなこいつらは。
「会社の愚痴とか言いたいんじゃない?」
「んなことねーよ。ただ…」
正直言いたかったわけだが。
「俺についた先輩が嫌な奴でさあ、同じことばかり注意してくんだよネチネチと。顔がにやけてたとか返事が小さいとか、今日も挨拶が聞こえなかったからって…」
気がつくとその場にいた全員がこちらを見ていた。
「それで?」
「……すまん、喋りすぎた。涼宮の勉強の邪魔に…」
「いいわよ別に」
素っ気ないが穏やかな言い方だ。
「キョンと有希ってほっとくと何も喋らないの。静かすぎて逆に気が散っちゃうわ」
「…喋る必要が無いのに喋るのは性に合わん」
「同じく……」
だろうなあ。大体わかるぜ。
「だから、あたしに気にしないでキョン達と喋ってていいわよ。積もる話もあるだろうし」
なんつうか…。
「涼宮…お前変わったな」
「別に変わってないわよ。久々にあんたに会ったから懐かしくなっただけ」
そうかい。
「一年なんてあっという間だからなあ。知ってるか?津川先生が再婚したの」
「マジかよ!いつかはすると思ってたが……」
気がつくと窓の外は既に明るくなっていた。
「やれやれ、帰って一眠りするか」
「そうね。ふああ~…」
時間が立つのは早いもんだなあ。まさに一瞬だった。
「谷口はこの後は?」
「あ、俺も家に……」
よし、やるしかないか。
「……じゃなくて直接会社行って来るわ」
「大変だなあお前も。じゃ、俺車とってくるわ」
「……私も帰る」
そんなわけで2人が出て行き、部室には俺と涼宮だけが残った。
「……涼宮、お前ら実は全部気づいてたんじゃないのか?」
「なんのこと?」
含みのある口調だな。
「あたし達は何もしてないわよ。ただ夜中に不景気な顔して迷い込んできた馬鹿の話を聞いてやっただけ」
戸締まりよろしくね。と言って涼宮が扉を開けたので慌てて引き止める。
「なによ」
「いや、その……なんつうか…そのポニーテールよく似合ってるな」
涼宮は一瞬キョトンとして、すぐに、……「あいつら」にしか見せたことがない飛びきりの笑顔を俺に見せてくれた。
「ありがと」
さて、謝りに行ってくっか。そして仕事に戻らないと。
これからもあの先輩はイヤミを言って来るのだろう。なら、すぐに昇進してイヤミなんか言えないくらい偉くなってやる。
今の俺は、何だってやれそうな気がする妙な自信があった。なんなら今からボクシングチャンピオンをボッコボコにしてやれるという確信もあったね。
なんだって出来るさ。あいつからとびきりのパワーをわけてもらったからな。
「パパー、パパー」
「おいおい、朝飯食ってんだから邪魔しないでくれよ」
「ねぇキョン、ちょっとこれ見て」
「だから結婚したらキョンと呼ぶなと何回言えば…なんだこりゃ、今朝の朝刊か?」
「この記事なんだけど」
「「一流若手社長に聞く!成功の秘訣とは!!」……これがどうかしたのか?」
「このインタビュー受けてる△□商事の社長って、どっかで見たことない?」
「はて…そう言われれば…ってこいつはっ!!」
『最後に谷口社長、読者にメッセージを』
『なにくそという根性さえあればなんだって意外にホイホイ出来る!GAGAGA頑張れよ!!イヤッホォォォォッ!!』 |
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