haruhi-ss 俺的ベスト(おれべす)

1. 10年越しの手紙
2. 1日遅れのひな祭り
3. 25
4. 25年前の七夕
5. B級ドラマ~涼宮ハルヒの別れ~
6. DoublePlay
7. for Heroines, Kyon losing filters (AA)
8. Girl's Day 
9. HARUHI!
10. I believe…
11. imouto
12. Legend of Necktie
13. Lost my music
14. MASAYUME
15. Petit-haruhi
16. proof
17. Special Window
18. あ~ん
19. あたし以外の
20. ある『幸せ家族』
21. ある雨の日のハイテンションユッキー
22. ある女子高校生の二ヶ月間の乙女日記
23. イチバンニアナタヘ
24. ウソとホントの狭間で
25. お互いの気持ち
26. お前がいるから
27. お悩みハルヒ
28. カエルのたましい
29. カチューシャ
30. ぎゅ
31. キョン1/2
32. キョンがアンケートから情緒不安定になりました
33. キョンとハルヒの事実婚生活
34. キョンならOK
35. キョンにとって
36. キョンのベタ告白
37. キョンの弁当
38. キョンの誘惑
39. キョンの涙
40. キョンは死なない
41. ご褒美ごっこ
42. ジュニア
43. ジョン・スミスの消失
44. スッキリおさめる
45. それから
46. それは誤解で勘違い
47. ただの人間
48. ダブルブッキング
49. ツンデレの気持ち
50. どうして
51. ねこねこ
52. ばーすでぃ
53. はい、メガネon
54. パパは高校1年生
55. ハルキョンズカクテル
56. ハルキョンのグダデレ
57. はるひ の のしかかる こうげき!
58. はるひすいっち
59. ハルヒとバーに
60. ハルヒと長門の呼称
61. ハルヒの悩み
62. ハルヒは俺の──
63. ファーストキスは誰のもの?
64. ふっくらふかふか
65. フラクラ
66. フリだけじゃ嫌!
67. まだまだ
68. ミヨキチが長門とキョンの娘だったら…?
69. モノマネ
70. やきもち
71. やれやれ
72. ヨイコク
73. リスペクト・ザ・ハイテンションユッキー
74. 悪夢を食べる聖獣
75. 雨宿り
76. 花嫁消失
77. 覚めざらましを
78. 完璧なポニーテール
79. 許婚と最愛の人
80. 距離
81. 教科書と嫉妬
82. 迎えに行くから
83. 結婚記念日の怪
84. 月で挙式を
85. 月と徒花
86. 犬も食わない
87. 古泉の陰謀
88. 古泉一樹の親友
89. 孤島(原作版)にて
90. 幸せの連鎖
91. 幸運な日
92. 佐々木IN北高
93. 思い出はおっくせんまん
94. 射手座の日、再び
95. 習慣化
96. 充電
97. 女、時々酒乱につき
98. 女の子
99. 小さな来訪者
100. 小春日和
101. 少女の願い
102. 消失if else
103. 笑顔の花嫁
104. 心配
105. 新春到来
106. 酔いどれクリスマス
107. 生き物ってつらいわね  
108. 醒めない夢
109. 宣戦布告?
110. 前日の酔っぱらい
111. 素直になれなくて
112. 素敵な旦那様の見つけ方
113. 谷口のミニ同窓会
114. 谷目
115. 暖かな2人
116. 朝比奈みくる、十七歳です。
117. 朝比奈みくるの最後の挨拶
118. 長門さんとミヨキチ
119. 長門さんと花
120. 長門有希さんの暴走
121. 長門有希の嫉妬
122. 長門有希の憂鬱
123. 通行人・涼宮ハルヒ
124. 冬のあっため方 
125. 動揺作戦
126. 二度目の消失日
127. 日記と六月の第三日曜日
128. 濡れ衣だなんて言えない
129. 猫は同じ夢を見るか
130. 彼の決意
131. 不思議戦隊SOS
132. 普通の日
133. 報復の仕方
134. 北高生人気投票
135. 未来からの電話
136. 無題(Disappearance of Yuki Nagato)
137. 無題(テクニシャン)
138. 無題(ハルヒ以外の……女には…興味がねえ!!)
139. 無題(ホスト部)
140. 無題(今日は春休み初日…)
141. 無題(暑いからくっ付けない)
142. 無題(席順)
143. 無題(湯飲み)
144. 無題(閉鎖空間)
145. 無題(別視点からはバカップル)
146. 遊園地は戦場と心得よ
147. 様
148. 裸
149. 涼宮さんとキョン子さん
150. 涼宮ハルヒと生徒会
151. 涼宮ハルヒの影響
152. 涼宮ハルヒの改竄
153. 涼宮ハルヒの軌跡
154. 涼宮ハルヒの疑惑
155. 涼宮ハルヒの強奪
156. 涼宮ハルヒの決心
157. 涼宮ハルヒの結末
158. 涼宮ハルヒの催眠術
159. 涼宮ハルヒの終焉
160. 涼宮ハルヒの出産
161. 涼宮ハルヒの正夢
162. 涼宮ハルヒの喪失 
163. 涼宮ハルヒの泥酔
164. 涼宮ハルヒの転換
165. 涼宮ハルヒの糖影
166. 涼宮ハルヒの独白
167. 涼宮ハルヒの微笑
168. 涼宮ハルヒの邁進
169. 驟雨

佐々木IN北高


引用URL:【涼宮ハルヒの憂鬱】佐々木ss保管庫 @ Wiki 15-341「佐々木IN北高」

転校生

人間の適応力と言うのはたいしたもので、この毎朝の強制ハイキングコース踏破も今ではさほど苦にならなくなっていた。まあ、
SOS団の活動やそれに付帯する事件の数々を経験してきた俺の適応力が強化されてるってのもあるんだけどな。
『もう一つのSOS団』騒動も片付き久々に穏やかな気持ちで俺は坂を上って行った。学校に着いて数分でその穏やかな気持ちが
打ち砕かれるとも知らずに。



教室に入ると、ハルヒの姿がなかった。カバンは机の横にかかってるから、またどこか校内を徘徊してるんだろうが朝っぱらから
余計な事件を見つけてきてくれないことを祈ろう。そう思いつつ席に着いた瞬間、教室の扉を荒々しく開いてハルヒが入ってきた。
その顔に浮かぶあの赤道直下の太陽のような笑みを見て、俺は自分の祈りが天に届かなかったことを確信していた。
「キョン!遅かったじゃい。大事件よ!」
はいはい、今度はなんだい。裏山にUFOでも落ちてたか?それとも阪中のトコの犬が人間の言葉でもしゃべりだしたか?
「アンタ朝から寝ぼけてるの?転校生よ、転校生!」
ちょっと待て。謎の転校生の枠なら古泉で埋まってるだろ。古泉の時に比べれば不自然ってほどの時期でもないし。
「違うの。時期がどうとかじゃなく、その転校生、どこから来たと思う?」
「外国か?カナダとかホンジェラスとか」
そう言うとハルヒは心底あきれた顔で俺を見つめた後、この辺では知らない者はいない名門進学校の名を挙げた。
「あんな入学するのも大変な超難関校に合格しながら、こんな普通の公立校に移ってくるなんて、これは何かあるわ!あ、そうだ!
SOS団の噂を聞きつけて監視のために送り込まれたスパイかもしれないわ!」
その想像力には感心するよ。まあ、コイツが気づいてないだけで、SOS団の団員自体、ハルヒを監視するために送り込まれてきた
宇宙人と未来人と超能力者なんだけどな。最近は俺もそれを忘れそうになるくらいみんな仲間として溶け込んでいるが。
「で、どこのクラスに入るんだ?男か?女か?」
あまり興味もないが一応そう尋ねると
「もちろんウチのクラスよ。女の子らしいわ」
それを聞いていて、ふとあることに気がついた。それと同時に、俺の第六感が警報を鳴らし始めたことも付け加えておこう。
ハルヒが名を挙げた名門校、そこには俺の知っている奴がいる。そいつとは一ヶ月ばかり前に、妙な形で再会したばかりだ。もしも
そいつが急に転校してきたとなると、ハルヒの陰謀論が若干だが現実味を帯びてきちまうじゃないか。
いや、偶然さ。そんな遠くの学校でもないし、転校生がいたのと同じ学校に知ってる奴がいたっておかしくはないさ。いや、偶然で
あってくれ。俺は今日二回目の祈りを天に送った。
どうやら、天界の郵便局は俺の祈りを宛先不明で送り返してきたらしい。
担任岡部と共に教室に入ってきた転校生、北高のセーラー服を身に纏った少女、そいつは俺の目か脳が故障してしまったのでもない
限り、俺の親友、佐々木以外の何者でもなかった。
「ちょっと!キョン、あれ・・・!」
ハルヒが俺の背中をつついて小声でささやく。
「どういうことよ!?」
その答えなら俺が知りたい。そう思っているうちに佐々木らしいソツのない自己紹介も終わり、担任岡部が
「うーんと、席はどうするかな。そうだ、席替えの時期だし一緒にやっちゃおう」
と言い出してクラス委員が毎度おなじみゴーフルの缶を取り出した。
席替えの結果は言うまでもないだろう。俺は窓側後方2番目、そしてその後ろにハルヒ。ただ、今までと違うのは俺の隣に佐々木が
座っていることだった。
「おはよう、キョン。また君と机を並べて学校生活を送れるとは嬉しい限りだよ。この学校の事に関しては君のほうが先輩だ。色々
教えてもらうこともあるだろうがよろしく頼むよ」
佐々木は笑顔を浮かべてそう声をかけてきたが、俺は生返事しか出来なかった。色々と懸念事項が出来ていたからだ。ふと気づくと、
主に中学時代からのクラスメイト連中が俺と佐々木、一部はその次にハルヒに視線を走らせては薄い笑みを浮かべたり、前後左右の
奴と何か話したりしている。なんなんだろうね。
1限目が終わり休み時間になると、佐々木の席は再会を喜ぶ中学時代の同級生を中心とした女子たちに囲まれていた。俺は不機嫌な
顔で教室を出て行くハルヒの後ろ姿を見届けてから廊下に出た。そこにちょうどやってきたのは古泉だった。いいタイミングだな、
こっちから出向く手間が省けた。
「おや、あなたが僕のところに用事とは珍しいですね」
俺なんかにじゃなく、そこら辺の女子に向けて見せたらさぞ有効的だろうと思うような笑顔を浮かべて古泉は言った。
「で、用事と言うのはなんでしょう?」
しらばっくれるな。お前も同じ用事で俺のところに来たんだろう。
「ご明察です。こないだの一件の直後でもありますしね」
「じゃああれか?また橘京子の組織あたりの工作か?」
勢い込んで尋ねる俺を制するような手振りを見せた古泉は軽く首を振りつつ答えた。
「いや、向こうの組織の動きとは関係ないようです。ご存知のように佐々木さんはその神的能力を失くし、涼宮さんの能力を自らに
移す可能性もなくなったわけです。ですから向こうの組織が何らかの目的で佐々木さんを北高に来させた可能性は薄いでしょう」
「そうは言うが、こんな時期に佐々木が転校してくるのはどう考えても不自然だろ」
俺がそう食い下がると、古泉もそれには同意し『機関』の方で鋭意調査中だと告げた。
「昼休みまでには判明するでしょう。あなたにもちゃんと御報告しますよ。そうですね、学食では涼宮さんが昼食に来るでしょうし、
中庭のベンチで待ち合わせと言うことでいかがですか」
OK。もしまたなにかゴタゴタに巻き込まれるとしても、覚悟を決めるには早い方がいいからな。あとは…そうだ、もう一つの
懸念事項を聞いておこう。
「お前や長門、それから特に朝比奈さんのクラスに転校生が来るような様子はないか?」
俺の質問の意図をすぐに理解したらしい古泉は
「そのような動きはないようです。一応長門さんを通じて同じTFEIの喜緑さんにも万が一の場合に備えてもらうよう依頼はして
ありますが」
と言った。ハルヒのクラスに佐々木と言う事は、もしあの第2SOS団の連中が後を追って来るとしたら古泉のクラスに橘、長門の
クラスに周防九曜、そして朝比奈さんのクラスに藤原と言う組み合わせが一番あり得るだろう。そして誘拐騒ぎの一件から考えても、
狙われるとしたら一番危ないのは朝比奈さんだからな。よろしく頼むぜ。
「お任せください。もしそうなっても『機関』の全力を挙げてSOS団の団員に危害が及ぶような真似はさせません」
そう言い残し、古泉は去っていった。よろしく頼むぜ。
その時ちょうど休み時間終了を告げるチャイムが鳴り、俺は自分の席に戻った。そしてどこからか戻ってきたハルヒは佐々木の席の
脇に立つと不敵な笑みを浮かべ
「あんた、今度は何を企んでるの?」
と言い放った。しかし佐々木も落ち着いたものでそんなハルヒの態度に気圧されることもなく笑顔を浮かべると
「何も企ててなんかないわよ。これからよろしくね、涼宮さん」
と言ってのけるんだからたいしたもんだ。しかしハルヒは間髪を入れず
「信用できないわ!」
と言い放った。そりゃまあこないだの騒動の中心人物がいきなり転校してきたんだからそれもわからないではないが、などと考えて
いると佐々木は俺の方に向き直ると
「どうだい、キョン?君も僕の事を信用してはくれないんだろうか?」
と聞いてきた。正直に言おう。一瞬、俺は答えに困った。佐々木を疑いたくはない。とは言えあんな出来事の直後だし・・・。
口ごもる俺を、佐々木はまっすぐに見詰めていた。その瞳を見たとき、俺は自分に腹が立った。俺を親友と呼んでくれ、これほどに
まっすぐな瞳で俺を見つめてくれる友を、一瞬でも疑った自分に。
「ハルヒ」
俺は首をひねり、佐々木の脇に立つハルヒの顔を見つめて聞いた。
「お前、俺やSOS団の連中が言った事に疑いを持つか?」
「え、な、なによ急に。そんなの疑うわけないじゃない。SOS団の仲間を疑うような真似はしないわ」
「そうだろう。ならば言おう。佐々木は俺の親友だ。そして、佐々木も俺を親友と言ってくれる。今の佐々木の瞳は、親友に対して
嘘をついている奴の瞳じゃない。俺親友としては佐々木を信じる。団員の俺が言うことだ。お前もそれを信じてくれ」
ハルヒは一瞬あっけにとられたような表情をしたが、すぐにいつもの不機嫌な時のアヒルのような口をして
「・・・アンタがそこまで言うなら信じてあげるわよ。ただし、あとで何かの罠だったりしたらSOS団団長の名において罰ゲーム
フルコースを用意しとくから覚悟しなさい」
と言って自分の席に戻った。
佐々木は微笑みながら俺に小声で
「ありがとう」
と囁き、俺が何か返事をしようと思っているところで2限目、英語の教師が入ってきてとりあえずはそこまでとなった。
3・4限目は体育で、体育前の休み時間といえば1年ちょっと前のあの日以来男子はチャイムがなるや否や着替えを持って教室から
走り出る習慣がついている。今回ももちろんそうだったわけだが、俺はしっかりと体操着の袋の他にもう一つ、弁当箱の入った袋も
持ち出した。古泉の調査結果が気がかりだし、ヘタに教室に戻ってハルヒや佐々木に捕まるより、隣の教室で着替えた後中庭に直行
した方が安全確実だからな。
今日の体育はサッカーで、幸いにもサッカー部のレギュラー連中と同じチームのDFとなった俺は試合時間の大半を自陣で棒立ちと
なって休養に充てることに成功した。その上、敗軍の罰ゲームである校庭5周も回避できたんだからたまにはサッカー部に感謝して
おこう。せめて県大会で1勝でもしてくれるレベルならもう少し応援してやるんだが。



そんなわけで体力を無駄に浪費もせずに昼休みを迎え、古泉の待つ中庭へ足を向けた。古泉はもう来ていてテーブルのあるベンチに
座り、俺の姿を見つけるといつものように笑みを浮かべ軽く右手を上げた。
「前の時間は体育でしたね、お疲れ様です。お飲みになりませんか?」
そう言って差し出された、自販機で買ったばかりらしい冷え切ったお茶を遠慮なく頂戴しつつ、早速調査結果を聞いた。
「その件ですが、最初にお詫びしておくことがあります」
バツの悪そうな苦笑を浮かべた古泉は
「お詫びと言うのは、佐々木さんの能力に関する件です」
と言葉を続け、それを聞いた俺も思わず缶から口を離し、
「佐々木の能力?なくなったんじゃなかったのか?」
と聞き返した。
「我々の機関でも橘京子の組織でも、ああ、向こうの組織にも我々の内通者がいましてね、そこからの情報なのですが佐々木さんの
能力は失われたと言うのが共通認識でした」
「『でした』ってことは、じゃあ、佐々木はまだハルヒと同じようなけったいな能力を持ってるって言うのか?」
思わず声が大きくなるが、古泉は淡々と続けた。
「実際、彼女の能力はほぼ失われているのは事実です、ほぼ、ね。ただ、先程長門さんに聞いたところ、3週間前にごく微弱な情報
フレアとなんらかの改変がこの世界において観測されたと言う話でした。涼宮さんのそれに比べて、本当に小規模なもので特に報告
するような変動は見られない程度のものだったと言うことですが」
それが佐々木が転校してくるきっかけ?だとしたら、佐々木は何かを知っていて、それを俺にも隠しているのか?そんな疑問を感じ
俺の表情が曇ったのを察したのか古泉はフォローするかのように付け加えた。
「涼宮さんと同様、佐々木さんも自分が世界を改変していると言うことに気がついてはいないはずですよ」
そうであってくれ。俺はさっきの佐々木のまっすぐな視線を信じているし、これからも信じ続けたい。



「さて、その佐々木さんに残されていたわずかな能力についてもご説明しておくべきでしょうね」
もちろんだ。
「その前に、あなたは1年前に閉鎖空間に言った時のことを覚えていますか?」
ああ、お前が赤い光の球になるような奇妙奇天烈な奴だと知ったのはその時だったな。
「懐かしいですね。だけど違います。僕が言っているのはその後、あなたと涼宮さんが二人で行った時のことですよ」
やっぱりそっちか。覚えてない、と言いたいところなんだけどな。悪夢を見てたってことにしておいてくれないか。
「ふふふ、悪夢、ですか。まあそれはさておき、あの時窓越しに僕が言った台詞も覚えてらっしゃいますか?」
アダムとイブ云々なら忘れてやる。って言うか、お前も忘れろ。
「いえ、そちらではありません。僕は言いましたよね。あなたは、涼宮さんに望まれてあの空間に行ったただ一人の人物だと」
ああ、忌々しいことにはっきりと覚えてるぜ。
「佐々木さんの今回の能力の発動はそれと似て非なるもの、いや、同じことを裏返しにした、と言うべきかも知れませんね」
…もう少しわかりやすく言えないか?いつものことだが。
「これは失礼しました。要するに、涼宮さんはこの世界に不満を持ち、新世界を作り出した。そしてその世界に、こちらの世界から
一緒にいたい人を呼び寄せたわけです。一方、佐々木さんはこの世界を作り変えたいと思うほどには不満には思っていない。だから
わざわざ新世界を作る必要はないわけです。ただ、涼宮さんと同様、『自分の傍にいてほしい人』が存在して、涼宮さんがあなたを
自分の世界に呼び寄せたのと反対に佐々木さんは自分の方がその人がいる場所、つまりこの北高に転校できるよう世界を改変した、
と言うのが今回の事態に対する『機関』の見解であり、これは情報統合思念体の見解とも一致しています」
古泉の説明を聞いていて、俺には一つの疑問が生まれていた。それを聞いてみる。
「なあ、それが正解だと仮定すると、佐々木は元の学校に『一緒にいたい』と思う相手がいなかったってことか?」
古泉は一瞬あっけにとられた表情をしたが、一つ軽い溜息を漏らすとすぐにいつもの笑顔に戻り言った。
「どうでしょう。正確なところまではわかりかねますが少なくとも向こうの学校よりこちらの方により強く『一緒にいたい』と思う
人物がいるのは確実なようです」
向こうでイジメでも受けて、こっちに来たくなったわけじゃないだろうな。もしそうなら俺はソイツをただでは済ましたくない。
「それは心配ないでしょう。佐々木さんはあの通り魅力的な方です。クラスで孤立したりもしていなかったようですし。ただ、あの
学校はバリバリの進学校ですから、同級生と言えども受験戦争においてはみんなが敵、とでも言うような雰囲気はあるようですし、
真に心を許せる友人はいなかった可能性はありますが」
なるほど。それで居心地の悪い向こうの学校より、中学時代の友人も多い北高に移りたくなったわけか。佐々木も案外かわいらしい
ところがあるんだな。でも、休みの日に中学時代の友人を呼び出してパッと騒ぐ程度じゃ駄目だったのかね。
そう言うと古泉はもう一度溜息をついた後
「あなたの口癖を一つお借りしていいですか?」
と聞いてきた。なんでもいいぜ。利子不要、返済期限なしで貸してやる。
「やれやれ」
古泉は肩をすぼめ、両手を肩の前にあげて手のひらを広げるようなポーズを取ってそう呟くとクラスの用事があるからと席を立った。
いったい何が言いたかったんだろう。そんな疑問も空腹感の訪れと共に消し飛び、俺は傍らの弁当箱に手を伸ばした。

昼飯を済ませた俺はそのまま中庭でぼんやりとしていた。なんだろう、さっき古泉が聞かせてくれた話、そのどの部分かは自分でも
わからないんだが、とにかくその何かが俺の胸になんとも言いようのないモヤモヤした感じを残していた。
その原因がわからないまま昼休みは終わりに近づき、俺は教室に戻った。教室の扉を開ける前に一呼吸、気持ちを落ち着かせる。
もしこの世界が陳腐な学園ラブコメみたいになっていたとしたら、この後に起きる出来事は決まっている。覚悟を決め、扉を開ける。
「「キョン!」」
ほらやっぱりだ。ハルヒと佐々木、俺の最も身近な二人の少女が偶然にも示し合わせたかのように同時に俺の名を呼ぶ。次の展開は
こうだ、二人は一瞬顔を見合わせると、今度は恥ずかしそうな表情を俺に・・・
「アンタどこほっつき歩いてたのよ!」
前言撤回。ハルヒにそんな展開を求めた俺が悪いんだよな、うん。まあ、佐々木がそんなラブコメを好きだとも思わないし、そんな
世界に改変したりしてないらしい事にも感謝しておくべきか。ただハルヒ、前にも言っただろ。そう言う台詞は幼馴染が照れ隠しに
怒っているような感じで言ってくれ。
「バカ言ってんじゃないわよ。我がSOS団に敵対した勢力の敗残兵が送り込まれてきたのよ。団長を守るのは下っ端たるアンタの
重要任務でしょうが!それとも、まさかもう買収されてたりしないでしょうね。裏切り者とスパイは極刑よ」
俺はさっきの古泉とまったく同じポーズを取り、同じように呟いた。やれやれ。
「なあハルヒ。さっきも言っただろ。佐々木は特になにかを企んでこの学校に来たわけじゃない。それは俺が保証するし、おまえも
一度俺を信じると言っただろ。一度そう言った話を蒸し返すのはおまえらしくねーぞ」
そう言うとハルヒはアヒル、いや、ペリカン並みに口を尖らせて不満タラタラと言った感じで
「そうだったわね。じゃあそう言うことにしといてあげるわよ」
と言うとプイと横を向き、窓の外を見つめはじめた。その様子になにか嫌な予感を感じつつ、今度は佐々木に話しかける。
「悪かったな、佐々木。で、おまえもおれに話がある様子だったが」
「ああ、別に謝ってもらうことはないよ。涼宮さんやSOS団の皆さんに迷惑をかけたのが僕たちなのは事実だからね。話のほうは、
そうだね、また次の機会でいいよ」
そう言うと佐々木はハルヒのほうに向き直り、
「ごめんね、涼宮さん」
と声をかけたがハルヒから反応は返ってこなかった。俺と佐々木はお互いに顔を見合わせ苦笑するしかなかった。気がつくと、また
クラスメイト達がこちらの様子を窺ってはニヤニヤしていた。なんだって言うんだ、いったい。
予備校に行くからと終業早々に帰宅した佐々木と別れ俺は部室へと足を運んだ。珍しくハルヒの姿はなく、長門と古泉の二人だけが
そこにいた。古泉は俺の姿を見ると、
「すみません。今日はアルバイトが入ったもので休ませていただきます。涼宮さんにもそうお伝えください」
と言って俺と入れ違いに廊下に出て行こうとした。その古泉を呼び止めて、俺も廊下に出る。
「どうしました?ああ、昼休みにお話した件ならあれ以上の情報はまだ入ってきていませんが」
いや、それはいいんだ。おまえがアルバイトってことは、またハルヒのアレだろ?そう尋ねる俺に古泉は微笑を浮かべたまま答えた。
「ご明察です。ただ、今回もこの間の騒動の時と同じように神人は出ているのですが暴れたりはしていないようです」
そうか。ハルヒの不機嫌な様子を見たときの嫌な予感は的中しちまったようだな。
「悪いな。まあ俺のせいみたいなところもあるし、お仲間達にも謝っておいてくれ」
俺がそう言うと古泉は一瞬唖然としたもののすぐにいつもの笑顔に戻ると
「これはこれは。あなたからそのような事を聞けるとは思いませんでしたよ」
と言いやがった。見損なうな、俺だって男だ。自分が悪いと思ったときは素直に謝るさ。
「いえ、そうじゃありません。あなたが今回の閉鎖空間出現の原因が自分にあると思っているとは予想外だったもので」
そんなのはすぐに想像がつくだろ。コンピ研とのゲーム大会やおまえがセッティングした対生徒会長戦でもわかるように、ハルヒは
敵を見つけてはそれに勝利を収めるのが好きなのさ。そして今回、こないだの騒動の中心人物だった佐々木が転校してきたんだから
ハルヒにしてみればうってつけの「敵発見!」って感じだったはずだ。それを俺が全面否定しちまったからな。せっかくのおもちゃを
取り上げられたような気分なんだろうよ。ん、どうした、今度は苦笑してないか、おまえ?
「この分だと今回のアルバイトはしばらく続きそうだなと思いましてね。たしかに今回の発端は佐々木さんが転校してきたところに
あると思いますし、それに火をつけたのはあなたです。ただ、火のつけ方に関してあなたと僕に見解の相違があるようですが。では
そろそろ行かないとまずいので失礼します」
そう言い残し、古泉は去っていった。相変わらず、判りやすいようで判りにくい解説をする奴だ。



入れ替わるように朝比奈さんが天使のような笑顔を見せてやってきたので、俺はそのまましばらく廊下で待機することになった。
着替えを終えSOS団専属メイドモードになった朝比奈さんに呼ばれ、部室に入る。すぐに差し出されるお茶をありがたく頂きつつ
朝比奈さんと会話する至福の時間、しかしそれは台風上陸、いや、ハルヒ登場と共に消えうせた。
全身から不機嫌オーラを発するハルヒは無言で団長席に座りパソコンを立ち上げる。おそらくSOS団ホームページのカウンターを
1回回し、空っぽのメールボックスを覗いた後はネットサーフィンって流れだろう。いったいどんなページを見ているのか知りたい
気もするが、履歴を覗き見するのはジェントルマンじゃないからな。
朝比奈さんはと言えば、先程までの天使の笑顔はどこへやら、沈むのがわかっている船から逃げ遅れたねずみのように青い顔をして
隅の席で縮こまっている。長門は相変わらず無表情に読書中だ。まあこいつが慌てふためくような事態になったら俺は真っ先に命の
危機を感じて遺書を書き出すだろうね。
古泉欠席を報告しても無言のままだったハルヒは15分足らずでネットにも飽きたのか椅子の音もけたたましく立ち上がり
「帰る」
とだけ言い残して、いつものように集団下校もせずにとっとと姿を消した。
着替えた後鶴屋さんと待ち合わせがあると言う朝比奈さんに戸締りを頼み、俺は長門と一緒に部室を出た。
夕暮れ時の通学路。元気よく坂を駆け下りていく生徒達に追い抜かれながらゆっくりと俺の後ろを歩く長門を振り返り、声をかけた。
ハルヒには悪いが、先にいなくなってくれて助かった。ハルヒのいるところじゃできない質問を長門にしなきゃいけないからな。
「なあ長門。今回の件についてもう少し詳しく聞いていいか?やっぱり佐々木が転校してきたのはあいつの『能力』のせいか?」
「そう。古泉一樹から報告されていると思うが、三週間前にこの世界のごく一部に改変が加えられた。改変の対象は四人。いずれも
その生活に大きな影響を及ぼすほどの改変は受けていない」
四人、か。それはやっぱり佐々木の周囲の人間なんだろうな。
「まずは彼女の両親と前の学校の担任教諭。この三人は彼女の転向したいと言う意思を簡単に受け入れるようその部分だけの思考を
改変されたと情報統合思念体では判断している。もう一人はこの学校の学年主任。成績的に、彼女が北高の編入試験に合格するのは
容易な事。その点において何らかの能力を使う必要はなかった。ただし、逆に試験における得点や前の学校での成績から判断すると、
古泉一樹のいる特進クラスに編入されるべきところだった。それを学年主任があなたのクラスに振り分けたのは彼女の能力」
そうか。じゃあそれで希望がかなったなら、もうこれ以上世界を改変したりすることもないだろう。
「そうとは言えない。これをきっかけに、再度世界が改変される可能性が発生している」
つまり、佐々木はまだ何かやり残してるってことか?
「彼女とは限らない。涼宮ハルヒによって改変が行われる可能性もある。いや、現時点ではその可能性のほうが高いと判断できる」
…なんてこったい。佐々木の起こした極小の世界改変が古泉曰く『だんだん弱くなっている』はずのハルヒの能力まで刺激して
寝た子を起こしちまったわけか?
ちょうど下り坂が終わったところの交差点。俺の横で足を止めた長門はそれには答えず、赤信号を見つめたままこう言った。
「あなたは二人にとっての鍵」
二人、って言うのはハルヒと佐々木両方ってことか?
「そう」
以前長門に俺がハルヒにとっての鍵だと言われたときの事を俺は思い出していた。どのように鍵としての役割を果たしているのかも
わからないまま、今度は佐々木にとっても鍵だって言うのか。じゃあ、俺はどうすればいいんだ?
「それはあなたが考えること。私が教えられるのはここまで」
信号が青になり、長門は振り向きもせずにそう言い残して自分のマンションの方角へと歩いて行った。俺はその背中を見送りつつ、
何か妙な気分を感じていた。例えるなら、胸の中に完成図のないジグソーパズルのピースが一片一片溜まっていくような気分を。

胸の中のピース

「おあいにくさま。現在我がSOS団は人気絶頂満員御礼、目下空席のできる目処無し、キャンセル待ちも
受け付けてないわ」
朝、教室に着いた俺の耳に最初に飛び込んできたのは不機嫌そうなハルヒの声だった。やれやれ、相手はまた
佐々木か。どうしたんだ、今日は。
返事もせずそっぽを向いて座るハルヒの代わりに、佐々木がその答えを教えてくれた。
「やあキョン、おはよう。いやね、今涼宮さんに、僕もSOS団に入れて貰えないか聞いたところなんだよ。
残念ながら断られたけどね」
そう言って苦笑する佐々木に俺は囁いた。
「悪いことは言わん。ハルヒがこういう調子の時はそっとしておけ。触らぬ神に祟りなしってやつだ」
「くっくっ。君は涼宮さんの心理状態に関しては相当のエキスパートのようだね。羨ましいよ」
羨ましい?散々引きずり回された結果だぜ。小声でそう言うと佐々木は
「いや、羨ましいのは君じゃなく・・・いや、そうかい。うん、そうなんだ」
となぜかしどろもどろになった。佐々木らしくないな、俺はそう思った。
そして佐々木は急に取り繕うかのように
「もし君がよかったら、の話だが、今日は一緒に帰れないだろうか。あ、用事があるようなら図書館ででも
待ってるけど」
と言った。用事ね、まあ特にあるわけでもないが、用事があろうとなかろうとSOS団が絶賛不正占拠中の
文芸部室へ顔を出すのが日課と言えば日課だが。でも古泉や朝比奈さんだって時々はいない日があるんだ。
俺が久々に机を並べることになった親友の頼みを聞いて、一日休むくらい構わないよな。
そう思いつつ後ろを振り向くと、俺の心を読んだかのようにハルヒはチラと視線だけ向けて
「勝手にすれば」
と呟いた。
「じゃ、一緒に帰ろう」
小声で佐々木にそう告げると、佐々木は今度は苦笑ではない素直そうな笑みを俺に見せて
「うん」
と返事をした。その笑顔を見て、なんでだろうね、俺の胸の中にまたあのモヤモヤが戻ってきたのは。
放課後、俺は佐々木と肩を並べて強制ハイキングコースをゆっくりと歩いていた。中学時代と同じように
取りとめのない話をして、時々顔を見合わせてはクスクス笑いながら。それはSOS団の活動をしている
時とはまた違った、楽しい時間だった。
それなのに、俺の胸のモヤモヤは減るどころか増加の一途をたどっていた。なんなんだ、一体。
そんな気持ちが顔にまで出ちまっていたのか、ふと気がつくと佐々木はちょっと不安げな顔で
「どうした、キョン?やっぱり迷惑だったかな?」
と聞いてきた。そんなことはないぜ。こうしておまえと一緒に家路に向かうのも久々なんで、つい中学
時代を懐かしく思い出してね。
そんなふうにごまかした後、俺は懸念事項を一つ佐々木にぶつけてみる事にした。いつかは聞かないと
いけないことだからな。
「佐々木、おまえ、まだこないだの連中とは付き合ってるのか?いや、それをどうこう言うわけじゃないし、
仮に付き合っていても俺はそれでおまえを疑ったりはしない。ただちょっと気になるだけなんだ」
そう尋ねると佐々木はちょっと寂しそうな微笑を浮かべて答えた。
「正直に言うよ。あれ以来ほとんど接触すらないんだ。橘さんだけは今でも時々メールをくれるんだけどね」
佐々木の表情を見て、俺は思った。昼休みに古泉が言っていた話が事実なら、佐々木は前の学校で『親友』と
呼べるような友人は作れなかったのだろう。だからこそあの連中、俺もなんとなく根っからの悪人ではない気が
しつつあったあの三人が、佐々木の持つ力を目的にしていたにせよ、学校の成績なんかのために余計な対抗意識を
持ったりせずに話せる貴重な仲間だったのではないかと。
そう考えれば、佐々木の性格からして乗るはずのないような奇妙な話、世界の改変だの閉鎖空間だのも含めて
受け入れていたんじゃないかと納得がいく。そして、佐々木に寂しげな表情をさせる結末を与えたことに、
ちょっと憤りも感じていた。
「そうか」
俺にはそれ以上何も言えなかった。佐々木も黙ったまま、長い坂道が終わる場所までゆっくりと歩き続けた。
その途中、俺はふと佐々木に尋ねた。なんでそんな事を聞いたのか、その質問を口にした瞬間に後悔するような
事を。それは俺自身にもわからなかった。
「佐々木。ええと、前の学校の頃のことなんだが」
そこで一瞬躊躇したが、俺の口はそのまま質問を続けちまった。
「おまえ、付き合ってた男や、好きだった男はいなかったのか?」
本当に、なんでそんな事を聞いちまったんだろうね。返ってくる答えは予想がつくのに。
「キョン。君は中学の頃僕が言っていたことを忘れちゃったのかい?」
ああ、やっぱりだ。どうせこう続くんだろう。恋愛感情なんて精神的な病の一種だ、と。
「なんだ、覚えてるんじゃないか。それなのに何でまたそんな事を」
あきれたような声を出して笑う佐々木に、それでも俺は念を押した。
「じゃあ、そう言う相手はいなかったんだな」
「当然じゃないか。どうしたんだい、キョン?君らしくもないよ」
そう言いながら笑う佐々木の、なんだか嬉しそうな、でもなんとなく悲しそうなよくわからない表情を見ながら、
俺はなぜか奇妙な安堵感を覚えていた。ただ、同時に胸の中のモヤモヤがまた増えた気がした。
坂の下での別れ際に、俺はもう一つの懸念事項についても聞いてみた。さっきのこともあって、ちょっと躊躇
したが、聞くなら早い方がいいだろう。
「なあ佐々木。おまえ、なんだって急にウチの学校になんか転校してきたんだ?」
「もっともな疑問だね。君の質問には誠実に答えたいところでもあるんだが、実際のところ僕自身にもよく
わからないんだよ」
怪訝そうな表情を浮かべているであろう俺を納得させるかのように、佐々木は一言一言言葉を選ぶように話を
続けた。
「君や涼宮さん、そしてSOS団の人たちを見ていてちょっと羨ましく思ったのは事実なんだ。毎日が楽しそうで、
いや、僕も別に毎日を不満を持って生活してたってわけじゃないんだけどね。ただ、僕よりも君たちの方が楽しそう
には見えた。それでなんとなく、北高に行ってたら僕もキョンたちと一緒にこんな感じの学校生活を送ってたのかな、
と思ったんだよ。うん、ちょっとだけ、本当にちょっとだけだけど、北高に行けばよかったかな、とも思ったんだ」
楽しそう、か。ハルヒと出会って以来、俺はずいぶん色々な経験をしてきた。クラスメイトに殺されそうになったり、
異空間の館に閉じ込められたり、散々な目にも逢ったがそれも含めて、そうだな、たしかに楽しかったさ。
「あれはいつだったかな。確か3週間前だったか、朝起きた瞬間に僕は北高に転校したいと両親に告げようと言う
気分になったんだ。
何故だかわからないけど、そうするべきだ、そうしなきゃいけないんだって感じで、自分自身に背中を押されてる
ような気分だった。おかしいだろう?僕は別に前の学校が嫌になるほどつまらなかったわけじゃないんだ。それなのに
あの朝突然、そんな気になったんだよ」
やっぱり3週間前か。間違いない。長門の言っていた、極小規模の世界改変。佐々木が今ここにいるのはそのためだ。
「食卓について、両親に話を切り出す時はそりゃあ緊張したよ。安くはない入学金や学費を出してくれてるんだから、
反対されると思うのが当然だろう?それなのに、自分でも不思議なくらいすんなりと自分の思いを告げることができた。
そしてもっと不思議だったのは、両親があっさりと、むしろ積極的に賛成してくれたことなんだけどね」
佐々木は遠くの空に浮かぶ、夕焼けに染まった雲に視線を向けつつ、俺にと言うより自分自身を納得させるためのように
話し続けた。
「その後はとんとん拍子ってやつさ。ちょうど北高は定員割れしてて、あっさり編入試験を受けることもできた。それに
合格してこうやって君と同じクラスの一員になれたんだ」



佐々木の言った、最後の一言がなにか引っかかる。それが何かを掴みかける前に、佐々木は言葉を続けた。
「橘さんは、僕を神様だと言っていた。僕は自分がそんなたいそうなものじゃないと思うけど、今回の件で、神様って
のはどこかにいるんじゃないかな、と思うようにはなったよ。そうだ、さっきは自分自身にって言ったけど、あの朝、
僕の背中を押したり、自分の願いを両親にすんなり告げさせてくれたのは神様なのかも知れない。・・・どうした、
キョン?こんなことを言うなんて僕らしくはないかい?」
いや、そんなことはないぜ。俺も最近、神様って奴を信じないでもないのさ。俺の願いは聞いてくれないようだがね。
「そうかい。そう言ってくれるとありがたいよ。・・・でもね、神様ってのはちょっと意地悪かもしれないね」
でも、おまえの後押しをしてくれてるんじゃないのか?
「いやね、どうせ後押ししてくれるなら、両親に転校したいって切り出す時なんかじゃなくもっと大切なことを、
伝えたい人の前で言おうとした時に押してくれればいいのにな、って思うんだよ」
なるほどね、だがな、佐々木。本当に大切なことは他人の力を借りずに自分自身の意思だけで伝えてみろってこと
じゃないのか。
その方が、伝えられた相手も真剣に受け止めてくれるはずだぜ。
「・・・キョン」
佐々木は視線を雲から外すと、俺の方を振り返って呟いた。その表情はなにか真剣な雰囲気を漂わせていた。
「今日はありがとう。延々と長話に付き合ってもらって感謝するよ」
すぐに笑顔に戻った佐々木は、そう言った後も俺の顔をじっと見ていた。そのまっすぐな視線を受けて、さっきまで
忘れかけていた胸の中のモヤモヤが戻ってくるのを感じた。
「じゃ、また明日」
佐々木はそう言い残して去って行った。遠くの方で踏切の音が鳴っていた。どこまでも赤い夕暮れの空、俺はその
赤い空の下でしばらく立ち尽くしていた。
胸の中のモヤモヤが、またジグソーパズルのように形を変えて、俺の中に溜まっていった。
次の朝、正体不明のモヤモヤした感じを胸の中に抱えながら登校した俺を待ち構えていたのは、団長様の不機嫌度
MAXな顔だった。俺の席の前に立ちはだかったハルヒは俺にこう告げた。
「キョン。アンタは最近SOS団の活動を疎かにしているわ。そんな事では他の団員の士気に悪影響を及ぼすから、
今日からしばらく団長の名において無期限謹慎を申し渡すわ」
やれやれ。反論したところで無意味なのは百も承知さ。わかったよ、無期限ってのは、いつになるかわからんが、
おまえの機嫌が良くなったときなんだろうね。
まあ正直言って助かった。なんでだかわからんが、どうもこの重苦しい気持ちが取れないままで部室に行っても
朝比奈さんや長門、もう一人はどうでもいいがあの二人に心配をかけたくはないからな。かと言って俺の方から
休ませろって言えば言ったでハルヒがまた不機嫌になるのは目に見えてるし。
そう考えていた俺が視線に気づき横を見ると、隣席の佐々木が俺に微笑みかけていた。口には出さないが俺には
わかった。その表情は「君も大変だね」って言ってることが。
俺も苦笑交じりの笑顔を佐々木に返した。なんだろう、たったそれだけのことで気持ちが落ち着く気がした。



昼休み、俺は文芸部室兼SOS団アジトのドアの前にいた。この時間ならハルヒはいないだろうし逆にアイツは
いてくれるはずだ。ドアをノックし、答えが返ってこないのを確かめた上で俺はドアノブを回した。
予想通り、窓辺の椅子に座って分厚い本のページをめくる長門の姿がそこにあった。
「長門、ちょっといいか」
本に目を落としたまま、長門は答えた。
「なに?」
「ハルヒの機嫌が一層悪化してるようなんだが、正直どうしていいのかさっぱりわからん」
「そう。でも私にしてあげられることはなにもない」
そうか。そうだよな。いつもおまえに頼ってばかりじゃいられないもんな。悪かったな、長門。
「別にいい」
「ただ、なんでハルヒはあそこまで不機嫌なんだかなあ。俺が佐々木を敵じゃないって言ったのをまだ根に持ってる
わけでもないだろうに。相変わらず扱いが難しいやつだ」
何気なくそう愚痴った俺は、その時初めて本から顔を上げた長門を見て息を呑んだ。
長門の黒い硝子球のような澄んだ瞳の中に見える、わずかな感情。それは明らかに俺を諭すようなものだった。
「あなたはもっと本を読むべき」
初めて長門のそのような視線を向けられ動揺していた俺は、一瞬その意味がわからなかった。
ホン・・・?ああ、本、ね。そう言えば前に借りたSFは結構面白かったぜ。そうだな、久々に読書するのもいいな。
なにかお勧めの本はあるか?
「ここにはない」
長門は淡々とこう言った。
「あなたが読むべきなのは、涼宮ハルヒが以前あなたに書かせようとしたものと同一のジャンルに分類されるもの」
ハルヒが、俺に?それって、つまり・・・。
再度本に視線を落とした長門の横顔はそれ以上の情報提供を拒否していた。俺は仕方なく、団活動無期限謹慎処分を
受けたことを報告し、しばらくここに来れない事を朝比奈さんと古泉にも伝えるように頼んで部室を出た。



ハルヒが俺に書かせようとしたもの。恋愛小説。長門はなんでそんなものを読めと俺に薦めたんだろうか。パズルの
ヒントを聞きに来て新しい問題を渡されたような心境だった。
その日の夜、夕飯後のことだった。
「キョンくーん、お客さーん。女のひとー」
妹に呼ばれ、俺は玄関へ降りていった。いったい誰だ?
「知らないひとー」
どちらさまですか、くらい聞いておけよ。家に訪ねて来るような女性で妹が知らないって言うと、あ!
もしや朝比奈さん(大)か?またなんかヘンテコな事態になってるようだし、アドバイスとかしに来て
くれたのかもしれないな。
そう思いつつドアを開けると、そこに立っていたのは意外な人物だった。表情が硬くなるのが自分でも
わかる。何の用だ、おまえ。
「こんばんは。今日はお話があって来たのです」
そいつ、橘京子は笑顔でそう言った。
話、か。どうせ佐々木のことだろ。佐々木がなんらかの能力を発動したってのを聞きつけて、もう一度
ハルヒに代わる神に祭り上げようとでもしてるのか?随分と勝手なもんだな。
ここしばらく、あの『第二SOS団』の連中との接触がほとんどないと言った時の佐々木の寂しそうな
顔を思い出してなんとなく腹が立った俺はぶっきらぼうにそう言った。
「違います。今日は佐々木さんの友達として来たのです」
友達。その言葉を聞いた瞬間、もう一度あの時の佐々木の表情が頭に浮かんだ。
「ふざけるな!佐々木の『能力』とやらが無くなった途端ロクに連絡もしなくなって、その能力がまた
戻ったらしいとなったら舞い戻ってきて友達面か」
吐き捨てるように言った俺に険しい視線を送り、橘は叫ぶようにこう反発した。
「違う!あなたは何もわかってない!あたしは本当に・・・」
今までの、朝比奈さん誘拐未遂の時や喫茶店での会合の時に見せた事のない、感情の高ぶりをそのまま
ぶつけてくるような口調に俺はちょっと気おされ、
「わかった。話も聞かないうちから悪かった。とりあえず夜の住宅街だし落ち着け」
と、なんとか橘を宥めて近所の公園に連れて行った。妹にでも見られたら後でどう尾ひれがついて話が
広まるかわかったもんじゃないからな。



入り口の自販機で買ったペットボトルのお茶をベンチに座って待つ橘に渡し、俺も自分の分のボトルの
キャップを捻りながら隣に座る。橘はお茶を一口二口飲むと小さな溜息を一つついて話し出した。
「さっきはすみません。ついカッとなって・・・」
いいさ。俺の方もそっちの話を聞かないうちに早合点して悪かったな。
「ええと、お話っていうのは佐々木さんのことで間違いないんですけど、その、今日は、キョンさんを
安心させたくて来たんです」
安心?俺を?
「最初に喫茶店でお話した時言いましたよね。佐々木さんなら神になっても涼宮さんのようにこの世界を
壊したりはしない、って。それだからこそあたし達は佐々木さんに神になってほしかったんです」
「佐々木さん自身がそれを望まなかったし、少しだけ持っていた力をなくしたこともあってあたし達の
組織でも大多数はそれを諦めました」
ぽつりぽつりと言葉を選ぶように橘は話し続けた。
「この間、佐々木さんが世界を改変したと知った時、あたし達は驚愕しました。そんなことをするはずが
ないと信じていたから」
「そして、たった一人のためにそんな事をする人間を神にはできない。まだ少し残っていた『佐々木さん
待望派』も、そう納得せざるを得ませんでした。だからもうあたし達の組織が佐々木さんにちょっかいを
出すことはありません」
ん・・・?ちょっと待て。「たった一人のために」って言ったよな。俺がそう聞き返すと橘は怪訝そうに
「え?はい、言いましたよ?キョンさんだってわかってますよね?」
と逆に聞いてきた。一体俺が何をわかってるって言うんだ?
「・・・本気で言ってるんですか?佐々木さんは、あなたのそばにいるために世界まで変えたのに」
おい、ちょっと待てよ。それはおまえの思い過ごしだ。あの佐々木がそんな理由で世界を変えたりなんか
するわけが無いじゃないか。長い付き合いとは言えないが、その中でも親友と呼びあう信頼関係を作って
きた俺にはわかる・・・
「わかってない!」
橘は急に立ち上がり、俺を睨みつけてそう言った。その橘の目に溢れんばかりに溜まった涙を見て、俺は
言葉を失った。
「あなたは佐々木さんの仮面の上しか見てない!それなのに自分が佐々木さんの理解者だって思い込んで、
佐々木さんの本当の心や、本当の痛みをわかってない!」
橘はそう言うと少し荒くなった呼吸を鎮めるかのようにしばらく沈黙し、またポツリポツリ話し出した。
「あたし達と、あなた達SOS団が完全に敵対関係になった日の夜です、あの晩、あたしは佐々木さんに
呼び出されました。佐々木さんは泣きながら言ったんです。『もう嫌、キョンに嫌われてまで、私は神に
なんかなりたくないの』と。あなたと話してる時の男の子みたいな話し方じゃなくて、一人の女の子に
戻って。あたしは正直言って、あなたのことを妬ましく思いました」
俺は何も言えず、橘の話を聞くだけだった。涙を見せたくないのか、視線を逸らした橘は続けて言った。
「確かにあたしは組織の指示で佐々木さんに接近したのです。それは否定しません。でも次第に佐々木さんの
魅力に惹かれていきました。そして、佐々木さんが、中学を卒業して疎遠になってからもあなたのことを
想っているのを知って、あなたが羨ましかった。佐々木さんの事なんか忘れたかのように、涼宮さんたちと
楽しそうにしているあなたなんかじゃなくあたしが佐々木さんの親友になりたかった。でも、佐々木さんの
心の中には、いつもあなたがいた」
「だから、この間の一件が終わったあと、あたしはなるべく佐々木さんに連絡をしなかった。佐々木さんが
世界を改変したって知ってからは特に。だって、あたし達が近くにいたら、あなただって警戒するでしょ?
佐々木さんが世界を変えてまで叶えたかった願い、その邪魔になるくらいなら冷たい奴と思われてもいい、
そう思ったから・・・」
橘は、堪え切れなくなったのかこぼれる涙をハンカチで拭い取ると、もう一度俺の方に向き直った。
「お願い!佐々木さんを支えてあげられるのはあなただけ!あの、あなたが見てる仮面の下には、弱くて
折れそうな、本当の佐々木さんがいるの!佐々木さんにとっては、あなたは親友なんかじゃない!もっと
大切な人なの!」
真剣な顔で言う橘に、俺は心の中で答えていた。おまえこそ、本当の佐々木の親友だよ。お前の言うとおり、
俺は何にもわかっちゃいなかったんだ。
それを言葉に出す代わりに、俺は言った。
「橘、・・・ありがとう」
それを聞いて橘は立ち上がると、
「これであたしの役目は終わりなのです。あとはあなたにお任せします」
と言い残して帰ろうとした。
俺は橘を呼び止めて言った。
「なあ橘。たまには佐々木に連絡して、一緒に遊んだり買い物に行ったりしろよ。もしおまえが佐々木に
直接連絡しにくいなら俺も誘え。そうだな、周防九曜や藤原が暇ならあいつらも誘え。昨日の敵は今日の
友、って言うだろ。友達は多い方がいいからな」
橘は振り返ると笑顔を見せて
「やっぱりあなたには勝てないのです。あたしの完敗ですね。・・・その時はよろしく!」
と言うと小走りに駅の方へ向かっていった。

キョンの憂鬱

「キョンくんどこ行ってたのー?さっきの人とデート?」
チョコアイスを口元に付けたまま顔を出して聞く妹に生返事をして俺は自分の部屋に駆け上がるとベッドに
飛び乗った。
仰向けに寝転んで天井を睨みつけたまま、俺はここ数日の様々な記憶を呼び起こしていた。
古泉の思わせぶりな態度、まあそれはいつものことか。
長門の言った一言、あいつは俺に恋愛小説を読めと言った。
そして、たった今聞いた橘京子の一言。親友よりも大切な人。俺がどんなに鈍くても、その意味はわかる。
だが、しかし、だ。本当に、あの佐々木が俺をそう言う風に見ていたんだろうか。
橘の表情からして、あれは嘘でも罠でもない。俺よりは正確に、佐々木の心の中を理解した上であいつは
俺にそれを告げたんだろう。だとしたら、佐々木は、俺を・・・。
そしてもう一つ。それなら俺自身は佐々木をどう見ていたんだろうか。中学時代のクラスメイト、親友。
俺はたしかにそう思っていた。だけど、本当にそれだけか?どうなんだ、俺よ!
ふと、佐々木と一緒に下校した時の光景が頭をよぎった。あの時、俺は佐々木に何を聞いた?前の学校に、
付き合ってた奴や好きだった奴はいなかったのか。俺はそう聞いた。その答えを聞いたとき、俺はなんで
あんなにほっとしたのか。あの時、たしかに俺は思っていた。佐々木の横に他の男がいる、そんな光景を
見たくはないと。親友に恋人ができる。目出度いことじゃないか。なんでそれを嫌がるんだ?なあ、俺。
…問いかける必要はないだろう。答えは一つだ。俺もまた、佐々木を・・・。
胸の中のジグソーパズルが、一つ一つあるべき場所にはめ込まれていく気がした。
でも、本当か?佐々木は昔から俺に言っていた。さっきもそう言った。恋愛感情なんて精神病の一種だと。
あれも橘が言ったように、素顔を見せない佐々木の仮面の一部なのか?考えれば考えるほど、答えの出ない
泥沼に嵌っていくような感じがした。



幸いと言うべきか、翌日は休日だった。俺は一日中、部屋の中で天井を眺め続けていた。見つからないままの
答えを探し出すために。
どれくらいの時間が経っただろう。俺は跳ね起きるように上半身を起こすと、自分が苦笑いをしているのに
気づいた。
簡単なことじゃないか。佐々木の気持ちがどこにあるにせよ、俺の気持ちがどこにあるかは見つかった。
それならそれをぶつけてみればいい。それを佐々木がどう受け止めるか、それは神のみぞ知る、ってやつだ。
正直言って怖さもある。真正面から受け止めてくれれば一番だし、いつものようにスルリとかわされたのなら
それはそれだ。それならば今まで通り、親友として接してくれるだろう。問題は、俺が佐々木に対して抱いた
感情をぶつけることで、佐々木が逆に俺を遠ざけてしまった場合だ。その場合、佐々木を完全に失ってしまう
ことになるのは予想がつく。それならば、今のまま、親友としてのポジションにいた方が・・・。
クソッ!俺は思わず枕にこぶしを叩きつけていた。横で寝ていたシャミセンが迷惑そうに俺を見上げる。
俺は、自分の女々しさに腹を立てていた。ここまで来て、最後の最後で逃げるのか?どうなんだ、俺よ!?
静まり返った部屋の中。時計の秒針だけがカチコチと時を刻んでいた。
いいさ。たとえどんな結末が出ようがそれは藤原がよく口にしていた台詞、「既定事項」ってやつだ。どうせ
決まったようにしかならないんなら、逃げ回って捕まるよりこっちから討って出てやる。
そう決意した瞬間、胸の中のジグソーパズルはすべて組み合わさり消えていった。



ところが、だ。
その途端、俺の脳裏に一人の少女の横顔が浮かんで消えた。
涼宮ハルヒ。
数日前、長門が俺に言った一言。俺は佐々木とハルヒ、二人にとっての鍵だと長門は言った。あの意味は
どこにあるのか。そう言えばハルヒも佐々木と同じ事を言っていた。「恋愛感情なんて精神病の一種よ」と。
佐々木のあれが仮面なんだとしたら、ハルヒのそれも仮面なのか?だとしたら、俺が鍵だという意味は・・・。
いや、別に自惚れている訳じゃないさ。佐々木だけじゃなく、ハルヒまでが俺に恋愛感情を抱いている、そんな
都合のいい話があるものか。谷口じゃあるまいし、何を考えてるんだ、俺は。
そう思いながらも、俺の脳裏には一つの光景が映し出されていた。閉鎖空間。神人。校庭。もう、あの時の
事を夢だ悪夢だと言って逃げては行けないだろう。あの日、あの場所で俺はハルヒと唇を合わせた。
恋愛感情、そんなものを持っていたかどうかはわからない。だが、少なくともあの時、俺はハルヒを同級生や
SOS団の仲間、そんなもんじゃない、一人の女性として見つめ、魅力を感じた。それは事実だった。



再び俺は天井との睨めっこを再開していた。今まで、事あるごとに古泉は言っていた。俺とハルヒの間には
強固な信頼関係があると。
確かに俺は最近のハルヒを信用していた。決して世界を壊すようなことはもうしないと。そしてハルヒも俺を
信用してくれていた。自分が何をやっても俺は付いて行くはずだと。それは、恋愛感情かどうかはわからないが、
俺にとって、そしてハルヒにとって大切なものだったはずだ。
そして先日、閉鎖空間が発生した原因が俺にあると言った時、古泉は否定しなかった。
なんてこった。
俺は知らないうちにハルヒを傷つけ、あいつをまた昔のあいつに戻しちまったのか。俺は叫びだしたいような
衝動を懸命に抑え、天井を睨み続けた。
佐々木の顔、そしてハルヒの顔が浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
時計の針は、真夜中を差していた。
何も気がつかず今までのように、仲間として、親友として二人に接する。それはもう選べない選択肢だった。
そんな事をする奴は、最低の男だ。いや、今でも俺は最低なのかもしれない。でも。だが。だけど。
せめて今からでも、俺は自分の心を素直にさらけ出したい。たとえそれで、すべてを失うことになっても。



どうやら俺は佐々木が好きならしい。



馬鹿野郎。またそうやって、「どうやら」や「らしい」で逃げるのか。それでも男か、俺よ!
俺は。俺は・・・佐々木が好きだ!



ただ、一つだけ気がかりなことがあった。俺がハルヒに嫌われるのは構わない。なんと罵られようが、それは
自業自得ってやつだ。
ただ俺のせいで、ハルヒが1年の春のように誰にも笑顔を見せない、今のハルヒのままになってしまったら。
それだけはつらかった。

遠まわしな告白

結局、その晩は一睡もできなかった。
ハルヒや佐々木と顔を合わせるのもつらくて、数日間、俺は遅刻寸前に登校し、休み時間は用もないのに
教室を出ては時間を潰していた。



そんなある日の放課後、佐々木は予備校がある日で先に帰っちまったし、相変わらずSOS団謹慎中の
俺もとっとと帰ろうかと思っていると国木田がやってきた。おう、久しぶりに一緒に帰るか?
「いや、キョンを呼んできてって頼まれたんだよ。3年の朝比奈さんに」
え?朝比奈さんがわざわざ?俺は急いで廊下に出た。そこには、久々に見る天使の笑顔があった。
「キョンくん、ちょっと時間ありますか?部室にはまだ来れないみたいなんでこっちに来たんだけど」
もちろんです。朝比奈さんに言われて時間のない奴なんかこの世界に存在しません。
朝比奈さんはクスクスと笑うと周りを見渡し
「ええと、ここじゃ人が多いし・・・」
と言うので俺達は美術部の倉庫代わりとなっている屋上への階段の踊り場に移動した。
朝比奈さんは自分の足元を見つめながら小声で色々と呟いている。
「あの、こういうことって私が口を挟むことじゃないきもするんだけど、でも、あの、ええと・・・」
ひとしきり悩んだ後、顔を上げた朝比奈さんは何かを決意した顔で俺を見つめ、口を開いた。
「キョンくん。お話があります」
自分が未来人だと明かした時の表情とは少し違う雰囲気。そうだ、朝比奈さん(大)を髣髴とさせる、
大人のお姉さんっぽい雰囲気を漂わせて朝比奈さんは言った。
「あのね、女の子って、とっても弱いの」
その一言を聞いたとき、俺の胸に痛みが走った。朝比奈さんが何を言わんとしているのか想像がついた
からだ。
しかし、その後の台詞は俺の予想とは違ったものだった。
「でもね、とっても強いのも女の子なの」
「これは例え話なんだけど、ある人が何か選択しないといけなくなったとするでしょ。そして、その
選択がある女の子にとっては自分の望まないものになっちゃうの。その時、女の子は弱いから、きっと
すごく悲しむと思う」
「だけどその選択をした人が、真剣に考え、悩み、自分自身もつらい思いをしながら出した結論なら、
それを受け入れて、悲しさを乗り越えられる強さを持ってるのも女の子なの」
「涼み・・・あ、ううん。ある女の子の話なんだけど、その子はすごく察しのいい子で、ある人が
自分の望むものとは違う選択肢を選ぼうとしてるのに気がついてるの。でも、それ以上に、その人が
自分のためにその選択を躊躇してる、そっちの方がもっと悲しいと思ってるの」
時々言葉に詰まっては足元に視線を落とし、そしてまた俺の瞳を見つめて諭すように語る朝比奈さん。
その顔を見ていられなくなり、視線を落とそうとした俺の両頬に朝比奈さんの暖かい手が添えられる。
そうやって自分の方に俺の顔を向かせた朝比奈さんは、あの天使のような微笑を浮かべてこう言った。
「だから、キョン君は自分の気持ちに素直になって、自分の選ぼうとした選択肢を選んで。後の事は、
私達もなんとかする。・・・だって、私達は仲間でしょ」
そして朝比奈さんはぎこちないウインクを一つ残すと、身を翻して片手を軽く振りながら、
「近いうち、また部室で会うのを待ってます」
と言って階段を駆け下りていった。俺はその後姿に心の中で語りかけた。
「今まで、長門や古泉にはずいぶん助けられたけど、どっちかって言うと俺が守る側になってるような
つもりだったあなたにも、結局は一番大事なときに助けられることになっちゃいましたね。ありがとう
ございます、朝比奈さん」
朝比奈さんの言葉に背中を押されるように、俺は通学路の坂を下りながら携帯電話を手にしていた。
アドレス帳から佐々木の番号を呼び出しては通話ボタンを押せずにキャンセルする。それを繰り返して
気がつけば坂の麓まで来ていた。
意を決して通話ボタンを押す。数回のコール音の後、聞きなれた声が電話機の向こうから聞こえてきた。
「なんだい、キョン。さっき別れたばかりなのに君が電話してくるとは珍しいね」
俺はどう話を切り出そうかと悩んだ末、こう聞いた。
「佐々木。今日の夜、ちょっとでいいんだが時間あるか?予備校が終わってからでいいんだが」
「ふむ。明日も学校で逢うと言うのにそう言うからにはなにか大切な用件でもあるようだね。今日は
8時半に予備校が終わるからその後でよければ」
俺は断られなかったことに安堵して、9時に光陽園駅前で会う約束をして電話を切った。



さて、どう言って話を切り出したものか。例によって天井と睨めっこをしながら俺は考えていた。
しかし名案が出るはずもなく、時間だけが流れて窓の外は次第に闇に包まれてきた。
結局結論が出ないまま、俺は駅前へと自転車を走らせた。
もう夕方のラッシュアワーは終わっているが、ヘッドライトを輝かせて到着した電車からは、結構多くの
乗客が降りてきた。その中に佐々木の姿を見つけ、俺は右手を上げた。
「待たせたかな?」
いや、こっちこそ疲れてるだろうにすまなかったな。
「家に帰るにもどうせこの駅を使うんだからね。親友の呼び出しに答えるくらいわけもないさ」
親友。佐々木は親しみを込めてそう呼んでくれているのだろうが、今の俺にはちょっと気がかりだった。
なあ佐々木。おまえは俺の話を聞いた後も、俺を親友と呼んでくれるのか?それとも・・・。
駅前の公園に移動し、二人並んでベンチに座る。何か言わなくてはと思いながら何も言えずにいる俺の
横顔を見つめていた佐々木は、ついに俺に聞いてきた。
「どうしたんだい。今日は学校にいるときから様子がおかしかったけど、なにか言いにくい相談事でも
あるのかい?」
いよいよ追い込まれた俺に、急にひらめくものがあった。俺は佐々木の方に向き直ると口を開いた。
「佐々木、おまえこの間、いや、ずっと前から言ってたよな。『恋愛感情なんて精神病の一種だ』って」
急にそんな事を聞かれ、キョトンとした顔を見せる佐々木に畳み掛けるように俺は聞いた。
「いや、それはいいんだ。ところで、佐々木。おまえ最近、精神病を患ったりしてないか?」
その瞬間の佐々木の表情を、俺は生涯忘れないだろう。不意打ちを食らうと、佐々木でもこんな表情を
するんだな。
だが佐々木はすぐに体勢を立て直したのか、いつもの薄い笑みを浮かべるとじっと俺を見つめた。
やっぱりバレバレか?ほんの数秒だったんだろうが、俺にとっては永遠にも思える間が空いて、背中を
冷や汗が伝った。佐々木はくっくっと笑い声を立てるとこう言った。
「君には適わないね。どうやら僕は最近精神病を患っているらしい。それもここ数日、病状が悪化の一途を
辿っている様子なんだ」
俺は全身から力が抜けるのを感じた。そして、佐々木の瞳を見つめ
「奇遇だな。俺もそうなんだ」
と言うと、佐々木はまたあっけに取られたような表情を見せた。
「それで、だ。どうも回復の見込みがなさそうなんでな。どうせ闘病生活を送るなら一人で送るよりも
同じ病気の仲間と励まし合いながらの方がいいと思うんだ。もしおまえの病状が俺と同じなら、どうだ、
一緒に闘病生活を送らないか?」
「キョン!」
驚いたような声を上げた佐々木は俺から視線を逸らすと足元に視線を落として言った。
「僕でいいのかい。いつ治癒するかもわからないのに」
「ああ、おまえで、じゃない。おまえがいいんだ。治癒するまで、ずっと、な」
我ながら驚くほどスムーズに、俺はそう言っていた。ふと気づくと、佐々木の肩が小刻みに揺れていた。
「すまない。ちょっと病気の発作が出たようだ」
涙声になるのを必死にこらえてそう言う佐々木の肩に俺は手を回し、自分の胸元に引き寄せた。
驚いて顔を上げた佐々木に俺は伝えた。
「悪いな。俺も発作が起きちまったらしい。こうしてると発作が落ち着く気がするんでしばらくいいか?」
佐々木はそれには答えず、俺の胸に顔を埋めて、嗚咽を抑えていた。俺はその佐々木の髪を、やさしく
撫で続けていた。
「キョン」
どれくらい時間が経ったろうか。落ち着きを取り戻したらしい佐々木は、か細い、でもしっかりとした声で
聞いてきた。
「本当に、僕でいいのかい」
ああ。俺は佐々木を抱きしめて、ただ一言そう言った。
結局、こうなっても話し方はいつものままなんだな。まあ、それは俺に弱いところを見せたくないって言う
おまえの意地なんだろう。構わないさ。それがおまえの仮面だとしても、その仮面を被った姿を見られるのは
俺だけなんだから。
駅を出て行く電車の警笛とモーターの音の間から、どこか遠くの花火の音が聞こえていた。夏の、雲一つない
夜の空に、星がちらほらと輝いていた。
次の土曜日、俺達は光陽園駅前で待ち合わせをして、電車で30分ばかり行った大きな街に出かける約束を
した。考えてみると、塾の行き帰りとかじゃなしにこうして二人で遊びに行くのって初めてだな。
いつもよりちょっとフリルとかの多い、なんて言うか、女の子らしい服に身を包んだ佐々木は恥ずかしそうに
「どうだろう。僕には似合わないかな」
と聞きながら、上目遣いに俺の様子を窺ってきた。
「いや、似合ってるぜ」
なんだか妙に照れくさくて、視線を逸らしながらそう答えた。
その後は、いつものように色々な話をした。中学時代の友人のことや、お互いが離れていた時の色々な経験。
ああ、『第2SOS団騒動』の話はしなかった。あれはあれで、そのうち懐かしい思い出になるだろうけど。
光陽園からのローカル線は本線との乗換駅に着いた。あいにく本線の列車は行ったばかりで、俺達はベンチに
座って列車を待った。そこでも色々な話をして、時々話の切れ間に視線を合わせては笑いあった。
佐々木は自販機にジュースを買いに行き、俺は何気なく反対側のホームに目をやった。
ハルヒがいた。
いつからそこにいたのだろう。ハルヒは俺と目を合わせると、そうだな、俺の目がどうかしたんじゃない限り、
あれは俺に笑いかけてきたのだろう。
何かを見つけた時の赤道直下の太陽のような笑顔でも、SOS団団長として何かを言う時のふてぶてしいまでの
笑顔でもない、優しげで、でもちょっとだけ寂しげな笑顔で。
次の瞬間、特急電車が通過して行った。最後部の車両が目の前を通り過ぎた時、もうハルヒの姿は消えていた。
「どうしたんだい、キョン?」
佐々木が缶ジュースを差し出しながら聞いてきた。いや、なんでもないさ、なんでも。

がんばれ古泉君

真夏の太陽が照りつける月曜日。慣れたとは言えさすがにこの時期の早朝強制ハイキングコースは
体力を激しく浪費させる。この坂道をなくすかエスカレーター化でもすればその分授業に取り組む
活力を温存できて、我が北高の進学実績も多少は向上するんじゃないかね。
そうぼやきつつ汗まみれになりながら下駄箱にたどり着いた俺を意外な奴が待っていた。
「おはようございます。もう少し早く来るかと思っていたのですが」
朝っぱらから無意味に笑顔を撒き散らす奴だ。それと、遅刻しない範囲で極力遅く家を出るのは
睡眠時間確保の王道だからな。
「あなたらしいですね。ところで、昼休みにでも少々お時間をいただけますか?」
ああ、特に予定もないし構わないぜ。そう言うと古泉は中庭で待っていると言って自分の教室へ
消えた。



昼休み。俺が弁当を片手に中庭に行くと、古泉は先に来ていてテーブルのあるベンチを確保して
いた。しかしなんだね。男同士で中庭で向かい合って昼飯食っても旨くもなんともねーな。
「そうですか?僕はあなたと食事していると楽しいですけどね。予想外のことを言い出されたり
しますから」
だからその笑顔はクラスの女子にでも向けてやれよ。それより用ってのはなんだ?
「あなたにお礼を言う必要がありましてね。『機関』の代表として」
なんだそりゃ。なんかの皮肉か?俺のせいでこないだからハルヒが神人を大暴れさせておまえや
お仲間達の手を煩わせてるんだろ?それとも、業務量増加で臨時ボーナスでも出たのか?
古泉はちょっと苦笑した後、言葉を続けた。
「この間ご報告した後、予想通り毎日のように複数回閉鎖空間が出現しました。そして神人も。
その神人は最初はなにかに戸惑っている様子でしたが、ちょうど涼宮さんがあなたを謹慎処分に
した日からでしたか、暴れ方が激しくなりました。何度も対応している僕たちでも手に余るほど
に。そして、さらに驚いたことが起きたのはその数日後です」
いつもなら、「分身変形でもしたか?」とでも茶化すところだが、そんな気分にはなれなかった。
「神人が、周囲を破壊するのを堪えるような素振りを見せたのです。あれだけ、感情の赴くまま
暴れ続けた神人が、です。その様子は、そうですね、なにか悲しみを乗り越えようとしているかの
ようでした」
それを聞いて、俺はこないだ朝比奈さんが言った言葉を思い出していた。
「女の子って、とっても弱いの」
「とっても強いのも女の子なの」
すると、ハルヒは・・・。そんな俺の様子を見て話をやめていた古泉に俺は問いかけた。
「で、その後神人はどうしたんだ?」
「先週の土曜のことです。閉鎖空間の中で、神人が立ち尽くしていました。まるで、自分に何かを
言い聞かせるように、空の一点をじっと見つめたまま。するとあの灰色の空の一部が割れるように
消えて、そこから一筋の光が差し込んできました。その光に溶け込むように、神人は消えました。
それ以来、神人は、いや、閉鎖空間自体が発生していません」
俺は何も言えず黙りこくっていた。
「『機関』でもこの現象についての解釈は様々です。ただ、森さんが非常に強く主張しています。
『涼宮さんはもう神人を暴れさせたり、世界を壊したりはしない』とね」
森さんが?怪訝そうな顔をしているであろう俺に説明するように古泉はさらに話した。
「彼女は言いました。『涼宮さんはひどくつらい思いをしてそれを乗り越えた。神人を暴れさせて
つらさや不満を解消するのではなく、そのつらさを真正面から受け止めた上で。これから彼女が
様々な事態に直面しても、今回の経験をした彼女にとって、それは乗り越えられるものになるはず』
と。恐らくは森さんの女性としての経験がそう言わせているのでしょう。ああ、僕もその意見に
賛成しています。どうやら、もうアルバイトも終わりになるんじゃないかな、と思っていますよ。
そして、その解釈が多数派になっているのも報告すべきでしょうね。ですから、『機関』に属する
者としてあなたには感謝すべきでしょう。我々の最大の危惧、涼宮ハルヒによるこの世界の破壊の
可能性をゼロに近づけていただいたわけですから」
「もういい」
俺は古泉の話を遮って言った。
「『機関』とやらの解釈はわかった。感謝とやらも額面通り頂いておこう。・・・だがな、古泉」
いつも通りの笑顔を浮かべている超能力者の顔を見つめ、俺は聞いた。
「おまえは他に俺に言いたい事があるんじゃないのか?いや、やりたい事かも知れんな。『機関』が
どうのとかじゃない、古泉一樹個人として、な」
「やれやれ。やはりあなたにはかないませんね。いつからお気づきでした?」
さあな。ただ教えといてやる。おまえの被っている仮面、佐々木のそれよりはバレバレだぜ。
「そうでしたか。それにあなたはあの長門さんの感情さえ読み取れる人でした。どうも僕は部室での
ゲーム同様詰めが甘いようですね」
それはそれとして、どうなんだ。たまには自分の感情を素直に出してみるもんだぜ、古泉。
「よろしいんですか?」
古泉の顔から笑みが消えた。ああ、構わないぜ。
次の瞬間、俺は古泉に頬を平手打ちされていた。平手、か。グーでくるもんだと覚悟してたんだけどな。
「あなたが、涼宮さんの気持ちに気づいていながらそれを弄んでいたのならば、グーどころじゃないん
ですけどね。そうでないことはよくわかっていますから。そして、あなたがここ数日、色々と悩んだのも
知っていますし」
そう言った古泉はふと笑顔を見せて言葉を続けた。
「だから、今のは、そうですね。僕の嫉妬と思っていただいて結構です。すみませんでした。あなたとは
これからも良き仲間として付き合いたい、本当にそう思ってるんですよ」
嫉妬、か。
「なあ古泉、俺の前だけじゃなく、ハルヒの前でも仮面を脱いだらどうだ」
去年の冬、長門が作り出したあの世界の中で、素直にハルヒへの思いを口にしたもう一人の古泉の表情を
思い出しながら俺は言った。古泉はちょっと苦笑して
「そのうち、そのような機会が来ることがあればいいんですがね」
と言って去っていった。



テーブルを離れ、植え込みの木に持たれかかって空を見上げる。流れて行く雲をぼんやりと見つめる俺の、
まだちょっとヒリヒリする頬に突然ひんやりとした何かが押し付けられた。
振り返ると、佐々木が悪戯っ子のような笑顔を浮かべ、頬に押し付けていたウーロン茶の缶を差し出した。
「ん?どうした佐々木」
「どうしたって事はないだろう。君が呼んでるって、わざわざ古泉君が伝えに来てくれたのに。なんだか、
頬が赤いようだがどうかしたのかい?」
ああ、別になんでもないさ。そう答えながら俺は思っていた。古泉のやつ、相変わらず余計なところまで
気を利かせてくれるなと。
「で、なにか用事でもあるのかい?」
この際だ。佐々木に聞きたかった質問が一つ残っていた。それを聞いちまおう。
「佐々木」
俺は佐々木の顔を見つめ、名前を呼んだ。
「なんだい?」
「おまえ、卒業するまでずっと北高にいるよな。元の学校に戻ったりせず、ずっと、その、俺と一緒に、
この北高に・・・」
佐々木は一瞬不思議そうな顔をした後、満面の笑みを浮かべて答えた。
「何を言ってるんだい、キョン。そんな簡単に行ったり来たりできるわけがないじゃないか。そうさ、
ずっと一緒にいるよ、君と、ずっと」
それだけ聞けば十分だった。そうか、そうだよな。俺達は顔を見合わせて笑いあった。

SOS団よ永遠に

昼休みが終わり、俺と佐々木は教室に戻った。
その途端、俺の横に仁王立ちになった人影。それは他ならぬハルヒだった。
「キョン。SOS団団長としてあなたに申し渡すことがあるわ。今日の放課後、最高顧問会議に諮ったうえで
正式に申し渡すから部室に出頭しなさい」
不機嫌そうな顔でそう告げるハルヒを見ながら俺は思った。ああ、これでSOS団とはお別れだな、と。
最高顧問会議も何も、SOS団の意思とはすなわちハルヒの意思だ。恐らく俺は除名処分ってトコだろう。
予想できた結末さ。悔いはないって言えば嘘になる。なんだかんだ言ってSOS団の活動は楽しかったしな。
まあ仕方ないさ。これも俺が選んだ道だ。
そう思って自分でも意外なほど落ち着いていた俺も、ハルヒの次の一言には驚いた。
ハルヒは俺の隣に座る佐々木のほうに向き直ると、重々しい口調でこう告げた。
「それと佐々木さん。あなたにも大事な用件があるの。今日の放課後、キョンと一緒に部室に来なさい」
お、おいハルヒ。佐々木は関係ないだろ。そう言おうとした俺は、ハルヒの突き刺すような視線に黙らされた。
「今日は掃除当番だからその後でいい?」
佐々木はハルヒの威圧的な態度にも動じずに受け答えしている。おまえ、俺より肝が据わってるな。
クラスメイト達のヒソヒソ話が嫌でも耳に入る。
「ねえねえ、いよいよ対決かなあ」
「修羅場って奴でしょ」
「どっちが勝つと思う?」
やれやれ、だ。横目で佐々木の様子を窺うと、佐々木も苦笑いしながら俺の方に視線をよこした。
放課後、正直に言えばちょっと重い足取りで俺は部室に向かった。俺の気分が乗り移ったのか、佐々木も無言で
俺の後をついてくる。
部室の前に立った俺は一つ深呼吸をして、古びたドアをノックした。
「入りなさい」
帰ってきた返事は、朝比奈さんのちょっと舌っ足らずな声ではなく、朝と同様に重々しいハルヒの声だった。
ドアを開け、室内に入る。団長席の前に仁王立ちのハルヒ、両脇には相変わらずの笑顔を見せる古泉と、ちょっと
おどおどした感じの朝比奈さん。長門はと言えば我関せずって感じでいつもの位置で読書中だ。
俺が佐々木を庇うようにハルヒの前に立つと、重々しい口調のままハルヒは話し出した。
「キョン。あなたの昨今の様子はSOS団団員として問題があるわ。そこで、只今開催された我がSOS団第1回
最高顧問会議において決定された処分を申し渡すから覚悟して聞きなさい」
来たか。俺は覚悟を決めて続きを聞いた。
「処分、一階級降格!」
へ?一階級降格?予想外の言葉を聞いて唖然とする俺にハルヒは言った。
なに?なんか不満でもあるの?」
いや、不満って言うか、元々俺は序列最下位じゃなかったのか?なにを今更降格なんだ?そう聞き返すとハルヒは
キョトンとした表情を浮かべた後
「あ、そうか。順番間違えちゃったわねえ」
と言って頭を掻いた。
「ま、いいわ。続いて佐々木さん」
急に名を呼ばれ、佐々木がぴくっと反応する。
「あなた、この間SOS団に入りたいって言ってたわよね。あの時は定員一杯だったんだけど」
ハルヒはそこで言葉を区切り、ニヤリと笑いながら
「只今の会議において、SOS団の活動強化のための定員一名増加が満場一致で可決されたわ。そこで、あなたの
新規加入を承認します」
と言った。
「涼宮さん・・・」
佐々木は一歩二歩ハルヒの方へ歩み寄ると、満面の笑みを浮かべて答えた。
「ありがとう」
「で、キョン」
ハルヒは再び俺の方に向き直り、処分の続きがあると言い出した。なんだい。罰ゲームかい?
「そんなんじゃないわ。あんたは一応SOS団の団員第一号だから、序列最下位にもかかわらず団長担当の雑用係の
座を与えてあげてたけど、中途加入の団員以下に格下げされた以上、その座は剥奪よ」
そうかい、アレは与えて頂いてたのかい。そんな俺の呟きを無視してハルヒは言葉を続けた。
「代わりに、そうね。序列上、あんたのすぐ上は佐々木さんだから、あんた今日から佐々木さん担当の雑用係に任命
するわ」
「す、涼宮さんっ!?」
珍しく動揺した様子で佐々木がハルヒに声をかける。ハルヒはそんな佐々木と俺にまたニヤリとした笑顔を見せて
「いい?任命された以上、あんたはなにがあっても佐々木さんに忠実に仕えなさい。任期はSOS団が存続してる
限り永遠よ。佐々木さんを困らせるようなことしたら・・・死刑だから!」
と言い放った。
佐々木が今にも泣き出しそうなのを堪えているのを察した朝比奈さんが
「あ、そうだ。今日はケーキ焼いてきたんです。キョンくんの謹慎も解けたし、みんなで食べませんか?今お茶を
入れますから手を洗ってきてください」
と言ってくれ、佐々木は急いで洗面所へ走って行った。
数分後に戻ってきた佐々木はすっかりいつもの調子を取り戻したらしく、他の団員ともおしゃべりしながらお茶や
ケーキを味わっていた。ちょっと目の周りが赤いのは黙っててやろう。



帰り道、久々の集団下校。先頭を歩く佐々木に朝比奈さんが、そして珍しく長門までがなにか話しかけている。
そのすぐ後ろを歩く古泉はふと後ろを振り返り、俺になにか言いたげな視線を送ってきた。
ああ、そう言うことか。長門まで気を使ってくれてるようだな。団員一同の配慮に感謝しつつ、俺は俺のすぐ横を
歩くハルヒに声をかけた。
「なあハルヒ」
「なによ」
「・・・」
「だからなによ」
「・・・ありがとう」
「・・・フン」
拗ねるように一度そっぽを向いたハルヒは、また前を見つめると淡々と話し始めた。
「あんた、SOS団の活動してる時、自分がどんな顔してたか知ってる?」
いや、自分の顔は自分じゃ見えねーからな。
「すっごく楽しそうな顔してた。そりゃ時々は疲れた顔もしてたけど、そんな時でもどっかしら楽しそうな感じは
残してた」
そうか。うん、言われてみればいつも楽しかったな。
「それともう一つ。あんた、佐々木さんと話してる時の自分の顔もわかってないでしょ」
急に佐々木の名を出され、俺はドキッとした。ハルヒはそんな俺に構わず話を続ける。
「佐々木さんと話してる時のあんたは、楽しそう、ってのともちょっと違うんだけど、なんて言うのか、そうね、
遊びまわってた子供が母親を見つけて駆け寄ってく時みたいな、すごい安心感のある顔をしてる。こないだの土曜、
駅のホームで見かけたあんたのその表情を見てて悟ったの。あんたの帰るべき場所はどこなのか、って」
「ハルヒ・・・」
何かを言いたかった。でも、なにも言葉が見つからなかった。
「でもねっ」
ハルヒは急に声のトーンを上げ、ちょっと小走りに俺の前に出るとくるっと振り返りいつもの自信たっぷりな態度で
こう言った。
「あんたに楽しい顔をさせることに関しては、あたしだって負けてないわ!これからも、たーっぷりと楽しい思いを
させてあげるから覚悟してなさい!」
そう言って、久しぶりに上空の太陽にも引けを取らない笑顔を見せるとまた体を翻し、今度は先を歩く4人の方へ
小走りに坂を駆け下りていった。
「みくるちゃーん。鶴屋さんに連絡取れる?せっかくみんな揃ってるんだし、夏合宿の打ち合わせやりましょ。
今回も鶴屋さんの別荘貸してもらえるように頼んであるのよ。伊豆にする?それとも沖縄?北海道?」
元気一杯なハルヒの背中に、俺はもう一度心の中で語りかけていた。
「ありがとう」、と。




                                    =佐々木In北高・完=

「涼宮ハルヒの憂鬱」の名称、画像、その他の著作権は、谷川流、いとうのいぢ、SOS団、角川書店、京都アニメーション、その他それぞれにあります。
また、SS、AA、画像の著作権も、それぞれの作者に帰属します。
問題がある場合には、pokka_star(アットマーク)hotmail.comまで、ご連絡下さい。可能な限り対処致します。
Last Update 2009/11/10
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