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やきもち
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「あ、あの~キョンくん。いますか~」
聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえる。ドアの方向を見ると朝比奈さんが立っていた。
「珍しいですね。どうかしましたか?」
駆け寄ると朝比奈さんは不安げだった顔をぱぁっと綻ばせた。ううむ男冥利に尽きるね。
「あの、これ昨日忘れていったでしょ」
差しだされたペンには見覚えがある、っていうか俺のだ。昨日部室で使って…そのまま記憶にない。
「はい、忘れちゃダメよ」
お姉さんオーラを振りまく俺より小さい先輩というのはなんというかロマンを持て余すね。
幸せな気分に浸りつつ席に戻るとその気分をぶち壊す冷たい視線。
「なんだよ」
「別に」
ハルヒはガタンと椅子を鳴らして教室を出て行ってしまった。相変わらずわけのわからない奴。
「あの涼宮がねぇ」
谷口が近づいてきた。複雑な表情でハルヒが去ったドアを見ている。
「涼宮でも嫉妬とかするんだな」
「嫉妬?ハルヒが誰に?」
「お前バカにしてんのか。お前とあの巨乳の先輩にだよ」
「そうは言うがな谷口、俺はハルヒに嫉妬されるような関係を築いた覚えはないぞ」
「嫉妬が言いすぎならやきもちでもいいって。お前だって俺が涼宮とやけに親密に話してたら気になるだろ」
残念だがそれは俺の想像できる限界の外であったので俺は何も思わなかった。
しかし、やきもち、か。あのハルヒが?ずいぶんと普通の女の子らしいじゃないか。
そんなことを考えていたらハルヒが帰ってきた。
「さっき谷口と話してたんだがお前もしかしてやきもちやいてるのか?」
「はぁ!?何いってんの!?バッカじゃない?そんなことあるわけないでしょ、バカキョン!」
「わかったからそんなに叫ぶな。別に俺も本気にはしてねえよ」
「ふーん、ホントにわかってるの?」
「ああ、朝比奈さんと話してると機嫌が悪くなって邪魔しに来るのも関係ないし、長門と話してると妙に睨み付けてくるのも関係ないよな」
「…当たり前じゃない」
「そうか、鶴屋さんの家に行ったり、佐々木や橘たちの喫茶店へ行ったのも問題ないよな」
「な!?聞いてないわよそれ!」
「だから別にいいんだろ?」
「う…」
ハルヒはなぜかとても悔しそうだった。
「言ったらまた怒るんじゃないかと思ってなかなか言い出せなくてな。よかったよかった」
「…ダメ」
「ん?」
「ダメったらダメ!何勝手なことしてんのよ!あんたはSOS団団員その一なんだから!もうちょっと意識しなさい!」
「そりゃ活動中はやるけど関係ないときはいいだろ」
「ダメ!あんたはいついかなるときでも団員なの!だから女といちゃついてる暇なんて許さないわ」
「…それはやきもちじゃないのか?」
「そんなわけないって言ってるでしょ!これは…そう!団長としての責任よ」
「なんだその屁理屈」
「その態度、まだわかってないみたいね…。いいわ、今日はあんたに誇り高きSOS団団員としての心構えをみっちり仕込んであげる」
「いらん。そんなもの。それだったら他の団員にでも教えてやれ」
「みんなはちゃんとしてるわ。あんただけダメダメなのよ。だから今日は二人だけで講習会よ!」
「あからさまに理不尽だろ、それは。なんで俺だけ」
「なによ!まだ文句言う気!?」
ハルヒの目に宿る挑戦的な炎。こうなったら誰にも止められない。
「わかったわかった。もう好きにしてくれ」
「ふふん」と勝ち誇るハルヒ。
やっぱりこいつのはやきもちなんてもんじゃないぜ。ただのわがままだ。
怒らせるようなことは言うもんじゃないな、まったく。
まあしかし、ハルヒがやけに楽しそうなのでよしとしよう。
俺なんかと二人きりで何が楽しいんだかな。 |
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やきもち続き
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キョンにからかわれた気がする。キョンのくせに生意気。
何かぎゃふんと言わせたいわね。なんて考えながら部室に入る。有希と古泉君が来てた。
あ!古泉君ならいい案が浮かぶかもしれない。キョンと仲いいみたいだし何か弱点とか知ってるかもしれないし。
さっきのことを古泉君に話してみる。古泉君は「なるほど…」と小さく言って考え込んだ。
「では逆にやきもちを妬かせるというのはいかがでしょう。まあ彼は鈍感ですからあまり効き目はないかもしれませんが」
「それよ!」
キョン。見てなさいよ絶対にぎゃふんと言わせてやるんだから。
キョンが来た。作戦開始だ。
「ねえ古泉君。今度の日曜日は二人で出かけましょうか」
ごふっと咳き込んだのは古泉君。なんで古泉君が動揺してるのよ。それじゃ作戦の意味ないじゃない。
「い、いえ、その、僕は遠慮します。急用がありまして、彼と一緒に行ったらいかがです?」
だからそれじゃ意味ないじゃない、もう!
「古泉君あたしと行くの嫌なの?」
古泉君の袖を握って聞いてみる。古泉君はなぜか引きつっていた。
「そ、その大変光栄だと存じ上げますが僕などでは身に有り余る所業と言いますか…」
日本語がおかしくなってる。変な古泉君。
ちらっとキョンをほうを見たらいつもと同じやる気のない顔してた。
「ハルヒ」
そのままキョンが声をかけてきた。
「そこらで勘弁してやれ。何を企んでるか知らないが古泉が可哀想だぞ」
古泉君は目は泳いでるしそわそわしてるしキョンに何か言いたそうだしで大変なことになっていた。
作戦は失敗?でもまだ!
「じゃあキョンでもいいか。まあ他にもキョンよりいい男はいるんだけどね」
キョンがあたしを横目で見る。ズキリ。
「昔付き合った男はろくなのいなかったけどそれでもキョンよりマシなのいたしね」
キョンが一つため息をつく。ズキリ。痛い。
「顔がいいのとか、お金持ちなのとか、優しいのとか」
キョンが肘を付く。ズキリ。痛い。痛い。
「だからキョンなんていらないんだから」
キョンがもういい、というように目を逸らした。ズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキズキ。
なんでこんなに苦しいんだろう。ひざの上に置いた手を握り締める。
キョンを騙すためのちょっとした嘘。そのはずなのにすごく辛い。なんで?なんで?
それにキョンは何も言わなかった。それは、どういう意味なんだろう。
キョンはあたしが誰と一緒にいようが興味ないってこと?
視界がにじんできた。こぶしに力が入る。なんで、こんなこと、しちゃったんだろ。
声を漏らしそうになる。でもその前に頭に手が乗せられた。
「お前は嘘が下手だな。下手過ぎて見てられなかった」
嘘だって、本心じゃないってわかってくれた。
騙そうとしてたのに見破られて嬉しいなんてどうかしてる。そうあたしはどうかしてた。
キョンにやきもちなんか妬かせたってしょうがないじゃない。一緒にいるだけでいいのに。
悔しくて、情けなくて、キョンの手が暖かくてまた泣きそうになった。
あたしの髪をくしゃってなでながらまたキョンが言う。
「嘘でよかった」
え?顔を上げるとキョンは顔を逸らせたままだった。
キョンの顔が見たくて体を寄せる。キョンはむりやり首をねじって顔をさらに逸らせた。
だからもっと体を寄せる。抱きつくくらい、ううん、もう抱きついてる。
肩に右手を置いて、胸と胸が触れ合っていた。それでもキョンは顔だけは見せないようにしていた。
回り込めば顔が見れるかもしれない。でもキョンが嫌ならこのままでいい気がした。
でも一つだけちゃんと言って欲しかった。
左手でキョンの手を握る。古泉君からはどんな姿勢に見えるのかちょっと怖い。
「ねえ、キョン。ちょっとでも、やきもち、妬いた?」
キョンは長い長い沈黙の後小さく言った。
「……………………………………………………………………………………………少しだけだ」
作戦は失敗だったけど、結果は上々だった。
たぶんあたしのほうがダメージは大きい。これからもっとやきもちを妬いてしまいそう。
けど、キョンのあの一言を思い出せばあたしはいつだって大丈夫。 |
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