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無題(湯飲み)
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過ごしやすくなってきた春の日の放課後。
俺は花を摘みに行ってから部室に向かうこととした。
その旨をハルヒに伝えると。
「わかったわ」
の一言で終わった。尊大な一言でも聞けるのかと思ったが少し意外だった。
まぁ用を足すだけで文句を言われてもどうしようもないのだが。
遅くなって機嫌を損ねてもいいことは無いから寄り道はしないでおくかな。
男子トイレを出ると見知った奴を見つけた。
「あれ、古泉。珍しいじゃないか。」
俺はリミテッドサイキッカーの背中に声を掛けた。
「どうも」
人によってはイヤミに見えなくも無いスマイルで振り向く古泉。
わかってるさイヤミに見えるのは俺の心が狭いんだろうな。だが谷口辺りも同意してくれそうだなこの意見には。
それよりどうしてここにいるんだこの男は、こいつのクラスからじゃ部室と反対方向だ。逢引でもしてたんじゃなかろうか。
「いえいえ、僕はそんなに器用ではありませんよ。機関への報告をしていたんです」
「どんな報告だ。気になるぞ」
「至極簡単ですよ。『いつも通り』です」
進展も何も無しってことか。いいことなのか悪いことなのか微妙だな。
「いいとこではありませんか。毎日が平和なのは誰にとっても喜ばしいことです」
クラスで俺の後ろに座っている奴はどうだろうな。
「涼宮さんもいまの状態を気に入ってらっしゃいますよ。長門さんや朝比奈さん、恐れながら僕、そしてあなたがいるこの状態を」
と言う古泉の笑顔が少しやわらかくなって見える。それでも十分キザだがな。
「そろそろ向かいましょう。長門さんと涼宮さんが待ってますよ」
「ん?朝比奈さんはどうしたんだ?」
「3年生の方々は順番で2者面談だそうで。今日は朝比奈さんの番ですよ」
それは残念だ。部室に向かう気力が一気に減るぞ。120から95まで落ちたな。
「今日のゲームはどうしましょうか?バックギャモンでもやりましょうか」
やれやれ、今日は勝てないかもしれないな。幸運の女神様がご不在とあっては。
といいながら部室に向かう。
部室の前に差し掛かる。と部室手前のドアが開いた。
「よぉ長門。コンピ研にいたのか」
「・・・」
深海に良く似た瞳のSOS団所属万能選手は俺を見ながら肯いた。
このところ行ってなかったようだが、今日は出張の日か?
「・・・終わった」
そうか、って早いな。相変わらずコンピュータに関しては呪文抜きでも凄まじい。
ま、終わったんなら部室に行くとするか。長門は定位置で読書するだけだろうが。
そうして3人で部室に向かう。
いま中にいるのはハルヒだけか。ならノックはいらんな。
「きたぞ」
「おっそいわよバカキョン。トイレに行くだけでどれだけ掛かってるのよ」
何を言っている、部室に来たのは3位だぞ。長門はいったん部室に寄ったから俺と古泉の同率だ。
「小さい事いってんじゃないわよ。それよりもお茶を淹れなさい」
事前に報告しておいた用を足しに行った奴を遅刻呼ばわりするのは小さくないのか?まったく、やれやれだ。
「・・・私の分も」
「では僕のもお願いします」
なんだなんだお前ら、代わりにやってくれる気は無いのか。まぁいいさ、そこまで小さい男じゃないからな。
まずはお湯を沸す。そして湯飲みをならべて・・・ん?なぜか俺のが濡れてるな。
「おいハルヒ。俺の湯飲み使ったか?」
「!?な、何言ってるのよ。使うわけ無いじゃない。あんたのなんか!」
いやでもな、今まで部室にいたのはお前だけだぞ。
長門も一度寄ったようだがコンピ研に行ってた時間を考えるとお茶を飲んでる余裕は無い。
「つ、使ってなんか・・・!」
「うそ」
長門がハルヒと俺を見ながら言う。
「彼女は私が部室を出るときあなたの湯飲みを使っていた」
それを聞いたハルヒは真赤になって俺を睨む。おいおい、俺は一片も悪くないぞ。
「うるさいうるさいうるさぁーい!間違ったのよ、いいでしょ別に!」
悪いなんて一言も言ってないんぞ。洗ってあるようだし、確認しようとしただけだ。
しかし飲むときに気がつきそうなもんだがな。めんどくさいからってそのまま飲まずに替えれば良かったのに。
「もったいないし、それにあんたのなら別に・・・・・・。」
最後の方が聞き取れなかったんだが。
「うるさい!」
やれやれ、怒ってそっぽを向いちまったよ。
ん?古泉と長門がいないな・・・。いつの間に出て行ったんだ?まぁいいか鞄はあるし戻ってくるだろ。
「おいハルヒ。いつまで怒ってるんだ?お茶を淹れてやるから機嫌直せよ」
古泉が出て行った理由がストレスからの神人発生かもしれないと思った俺はとりあえず機嫌を直させることにした。
「・・・」
こりゃ相当ヘソ曲げてるな。やれやれだ。
「ほら、飲めよ」
「・・・」
ハルヒは俺が差し出したお茶を睨んでいる。そんなに睨んでも味は変わらんぞ。
「こっちがいい」
「は?」
何言ってるんだ?どれも同じ量で味だぞ?
「こっちの湯飲みがいいの!」
そう言って俺の湯飲みを取るハルヒ。おい、それじゃ俺はどれで飲めばいいんだ。
「わたしので飲めばいいじゃない。いえ、飲みなさい」
何言ってるんだお前は。
「いいから!これからあんたとあたしの湯飲みは日替わりで所有者が替わるわ。いいわね」
いやそれはまずいだろう。別に俺は構わないが、普通イヤじゃないのか他人のなんて。
そうは言ったもののハルヒの満足そうな赤い顔を見てたらそれでもいいかなと思えた。
「・・・暇。本を持ち出せなかった」
「そうですね。僕達はいつまでこうしてればいいのでしょうか」
「え~っと?なにがあったんですかぁ?」
遅れてきた朝比奈さんと長門、古泉が部室の前で立ち尽くしていたのを俺が知るのは2時間後だった。すまん。
「おや、桜が咲いてますね」
それからしばらく、俺がハルヒに桜が散る時期だと自覚させるまで、桜は咲き続けた。 |
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