|
カエルのたましい
|
|
ハルヒがSOS団団員全員のバイト契約を(勿論俺たちには何の断りもなく)
取り付けてきたのは長い夏休みも終盤の、8月も下旬に差し掛かる或る日の事だ。
連日祭りだ、セミ捕りだと俺たちを巻き込んで全力フルスロットルで遊び惚けてる癖して
いつどうやって話を纏めてきたんだか。ひとさまに迷惑を掛けてなきゃいいのだが。
まあ一日で終わる仕事らしいし、なにぶん団の集会のたびに財布をダイエット
させている身としては、報酬が貰えるなら正直結構嬉しい事ではある。のだが。
「なんだこれは」
ここはとあるスーパーの裏手倉庫である。
「今日の衣裳よ!」
どこから見てもカエルの着ぐるみだ。それぞれ種類を変えて4着。…ん?
「これを着て風船を配るのが今日の仕事ね。気合入れて頑張ればスグ終わるわ。
ちゃっちゃと片付けるわよー!SOS団の魂を見せてやりなさい!」
…俺たちの魂はカエルの形をしてるのか?
「このアマガエルがみくるちゃん用ね!後はまあ…各自好きなのを着なさい。
じゃ、後でね~。あたしはおっちゃんに段取りを聞いてくるから!」
うお、やっぱりコイツ微塵も着る気ねえ。団長様はそのままどだだー、と走り去ってしまった。
やれやれ。
「まあ…、諦めて励むとしましょう」
うるさい太鼓持ち。たまには暴走馬鹿ストッパーの役割を俺から奪ってみせろ。
「ははあ…遠慮しておきます。馬に蹴られそうですので」
殺すぞ。
「ていうか炎天下で着ぐるみってのは結構な重労働だろう。脱水症状の危険もある。
俺たちは大丈夫でも、長門や朝比奈さんは大丈夫なのか、これ」
ま、長門に関しては俺がいちいち心配するのも片腹痛い話なんだろうが。
「そこは我々の頑張り次第でしょう。幸いといっていいのかは分かりませんが…
長時間の拘束を約束されたものではなく、ノルマ消化型の仕事のようですから」
「あ、あたしがんばりますから!」
真面目な未来人さんは気合を入れている。その健気な姿に心打たれるものの、
俺としては泳げない子供がプールに飛び込むのをハラハラ見守る父親の気分だ。
…決して過剰な期待はするまい。
長門は俺たちの会話の間、じっとアマゾンツノガエルとにらめっこしていたので
そのまま親睦を深めてもらう事にした。朝比奈さんはハルヒの希望通りのアマガエル。
古泉はトノサマガエルを選んだ。俺は特に希望はなかった…というかどれも着たくは
なかったので自然残りものを着る事になったのだが…ガマガエルの着ぐるみになった。
「…せめてもうちょっと選択の幅が欲しいもんだ」
というか何でカエルなんだよ、とぶつくさ言いながら店内に戻る。視界が狭いし、
慣れてないので商品棚などに引っ掛けないように結構気を使う。…後から考えれば
まだ仕事の段取り説明もあるのだし、頭まで被る必要は無かったと思うのだが、俺たちは
律儀にもフルに着込んでいた。まあ、中途半端だと逆に妙に恥ずかしかったのもある。
「あ…」
ん、ハルヒだ。何か入った袋を抱えてこっちに来る…途中でこちらに気付いた。
その顔が恒星じみた笑顔を形作っていく。嫌な予感がする。あれは…
獲物を見つけた肉食獣の目だ。
と思うが早いか、年中無休脳内ハレ日女は凄い勢いでこちらに走り出した。
メーデー!メーデー!ハルヒは途中で袋をほうり、減速すらもせずそのままの勢いで
「うりぁーー♪♪」
錐揉み式のドロップキックで俺をけっとばしてきた。ぶほあ…ッ!
たたらを踏むどころでは済まず、後方にでんぐり返って轢死体さながら腹ばいに突っ伏す。
「怪人ガマキョンヌはあたしが成敗したわ!これでこのスーパーにも平和が戻るわね!」
どんな設定だ。ガマスーツの肉厚がなかったら正直シャレになってねえぞこれ!
うぐ、頭が重くて起き上がるのが大変だ。と、ごろりとカエル頭が抜けて床に転がった。
つーかお前、何の加減もなしに蹴りやがって。もし相手が朝比奈さんや長門だったら
どうするつもりだったんだ。古泉ならいいけどな。ていうか何で古泉にいかなかった。
「ふふーん。あたしがそんな初歩的ナミスを犯すと思う?あたしはSOS団の団長なのよ!
団員を取り違えたりはしないわ。雑用のあんたと違って、古泉君は団への貢献著しい
大事な副団長なの。いきなりドロップキックなんて狼藉を働くわけないじゃない」
狼藉という自覚はあるのか、と思いつつ、さて。こいつが鼻高々で手で示しているのは
アマゾンツノガエルである。中に入ってるのは対有機生命体コンタクト用以下略だ。
「それは長門だ」
「え、嘘。…浅はかな虚言で団長をたばかろうなんていい度胸じゃない!ね、古泉君?」
「………」
沈黙が痛い。
というより冷静に見れば丸分かりなのだ。何しろ古泉と長門では身長が20cm以上違う。
頭にでっかい被り物をしてるから惑わされそうではあるが──
「つまり、結局当てずっぽうだったんだなお前」
「ち…違うわよ!あんただけはなんかはっきり分かったの!」
「どうだかな」
「…!あんたは分かりやすいの!動きがキョンっぽいっていうか、ぼけぼけしてるっていうか、
やる気ないっていうか、とにかく…そう、ざ、雑用オーラが出てるのよ!」
だんだん、と子供のように足を踏み鳴らしながら。雑用オーラて。
「とにかく、どんな恰好してようが、あたしはあんただけは、間違えたりしないんだからっ!」
そんな捨て台詞を残し、ぶりぶり肩を怒らせて団長様はあっちへ歩いて行ってしまった。
完全に言い負かされた小学生である。バイト内容の説明はどうした。
「いやはや…」
ん、どうした古泉。
「相変わらず、と申しましょうか、何と申しましょうか…」
…なんでそんな歯切れが悪い。ああ悪かったな、どうせ喧嘩してるとアイツの機嫌を
損なってお前の超常的バイト出勤が増えちまう、っていういつもの小言だろ。
だが俺がそう言うと古泉はやれやれ、という感じに肩を竦めた。なんか腹立つな。
しかも今のお前はカエルの顔だ。ハンサムぶった動きをするんじゃない、気持ち悪い。
「あなたは果報者ですよ。僕が言いたいのは、それだけです」
なんだそりゃ。こんな虐待を受けるような立場は今すぐお前に譲ってやる。
「遠慮しておきますよ。それこそ文字通り、馬に蹴られそうですから」 |
|
|
|
|
|
|
|
|
|